13 誰も知らない黙示録
ゲームにおける初陣実習は、凄惨な結果で幕を閉じる。
アスミル隊は罠にかかり、宿痾たちによって人類生存圏の近くまで誘導された。そして、偶然そこにミリア隊と、引率である教師カンナが居合わせたのだ。
この世界におけるミリア隊とは違い、ゲームでのミリア隊は、決して結束が出来ているとは言えなかった。これは他のクラスにおいては自然なことで、ミリア隊はその一例に過ぎなかった。
基本的に、結束とは一年や二年、長い時間をかけて培っていくものだ。ミリアという特異な存在がいたために、彼女を中心に結束が固まる……というのは異例も異例。
そして、ゲームではローゼがミリアに興味を持つこともなかった。ゲームのミリアも杖無の天才だったが、ローゼの目に止まるほどのものではなかった。
だから本来の予定通りカンナは引率として帯同し――
命を落とす。
それはそうだ。相手は主の伴った宿痾群体、宿痾災害。通常の戦姫では対処法のないこれを相手に、そもそも時間稼ぎができる時点でカンナは十分に異常だ。
だが、それでも助けることの出来たのは、ミリアだけだった。
ミリア以外のクラスメイトは、本部への宿痾災害発生報告を任され、最初にこの場を離脱したアツミ以外、全て全滅するという形になった。
当然、シェードもだ。
というよりも、奇しくもシェードはこの世界と同じように、一人で外を出ていたところに宿痾と遭遇。戦姫としての役割を果たして散った。
最後まで、生まれてきたことを呪いながら。
――このときシェードが隊を離れた理由が、ミリアとの喧嘩であったことが、ミリアの人生を大きく歪めることとなる。
ゲームにおけるミリアは、クールで周囲からそのかっこよさを一目置かれるような、そんな少女だった。逆に、プライドの高さから遠巻きに煙たがれる存在でもあった。
故に、初陣実習の頃までシェード以外の友人はおらず、また初陣実習において、シェードとも衝突、彼女を一人でキャンプの外に送り出してしまう。
それが――
ゲーム開始から一年前の出来事。
英雄カンナ、そしてミリア隊のクラスメイトを失いながら、なんとか間に合ったアルテミスシリンダーによって主は撃退され、人類は首の皮一枚で生き残った。
ミリアと、アツミ。生き残った二人の少女に一生癒えない傷を残しながら。
一年後、主人公が学園に入学することで、物語は始まる。
それは、誰も知らない黙示録。
この世界のミリアすら、記憶の欠落によって失われ、知る由のない本物の地獄。
それが、記憶を得て、アホになった――なお、ゲームにおけるミリアもクールではあったが天然ボケの極みのような性格をしていた――ミリアによって、跡形もなく変革した。
ゲームにおいては生存どころか、生きた痕跡すら残らなかったアスミル隊は一人も欠けることなく、健在。シェードも、カンナも、どころか代わりに来ていたローゼすら生き残り、
人類は、新たなフェーズへと移行する。
それはこれまで、一方的な殲滅ゲームでしかなかった宿痾との戦いの舞台に、人類がプレイヤーとして、ミリアというコマを盤上に叩きつけたということでもあった。
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――荒野だった。
なにもない荒野に、二人の少女が立っている。
互いに、瞳に生気は感じられず、少女たちはまるで、人形のように立っていた。そして、その口元だけが不気味に感情を紡ぐ。
<どうしよっか、兄さん>
<どうしよう、もないだろう――弟>
おかしなことに、二人は互いに自分のことを男であるかのように呼び合う。
服装も、カッチリとした軍服のような――男装であることが遠目に見ても解る。癖のある短めな赤髪が特徴の、豊満な体格の女性と、青髪のいたずら好きな子供、と言った様子の小柄な少女。
前者が兄で、後者が弟だ。
<主が討伐された。それ以上でも、ソレ以下でもあるまい>
<いやいや、一大事じゃん。ボクたちのゲーム始まって以来のいち大事だよ?>
<始まって以来、ではない……二回目だ>
<だから一大事って言ってるんじゃん!>
二人は、互いに人ではない声音でまるで宿痾の行動がゲームかなにかであるように、言葉を交わしている。
<一回目は、半年前だったか? あちらもシリンダー使用の反応がなかったとか、姉さんが言っていたな>
<あのときはなにかの気の所為だって結論になったけど、今回はそうも言ってられないよ。二人で観測しちゃったんだもん>
<……調査の必要がある、ということか>
<そうそう。“月光の狩人”が機能を始めるのは来年のはずでしょ? それまでにイレギュラーは排除しないといけないし、シリンダーと狩人以外に、人類に僕たちに反抗する手段があるとか――>
弟は、声音を低くして、
<ナマイキだよね>
殺意を込めて、そういった。
兄はそれを無視して、遠く――自分たちが追い詰めた、最後の生き残りである人類が飼育されているケージに目を向ける。
<……ああ。それは、あってはならないことだ。人類は我々の飼育物であり、我々に歯向かうことは許されない>
<アハハ、兄さんも解ってるぅ! じゃあ、ボクが――>
<まて、オレが行く>
<えー?>
不満げな弟に、兄は一つ息を吐きながら、けれども油断なくつぶやく。
<嫌な予感がする。ここは、オレが行くことで万全を期す>
<ボクじゃ遊びすぎるってこと? 心配しすぎでしょ>
<そう言って、犬に噛まれて退散したのは誰だったかな>
<ぶー>
弟――と言っても、その身体は女性のもので、むくれる姿は完全な男をからかう幼子といったところなのだが――は、文句は言いながらも反対はしない。
痛いところを突かれたのは事実だったからだ。
<兄さんだって、足を掬われないでよ>
<オレはお前や姉さんとは違う。……オレが人類に足を掬われるなんてことはありえないよ>
<兄さん酷いや>
言いながら、弟は立ち上がる。
弟が背を向けて、
<じゃ、頑張ってね兄さん>
黒いなにかに包まれて、その場からかき消えた。
<ふん、心配しすぎだ、あいつは>
それを受けて、死んだ目で口元だけで表情を変える兄は、やたら豊満な胸を押さえるようにしながら、腕組みをして不敵な笑みを浮かべる。
<オレが人類に遅れを取るわけがないだろう。もしも遅れを取ったら、小型宿痾を丸呑みしてやる>
言い放ち、
<ク、ククク……ハハハハハ!>
まるで何かに引き寄せられるように高笑いをして、
<待っていろ人類。このオレが、宿痾操手の実力というものを見せてやろう!!>
宿痾操手。ゲームにおいて、人類――戦姫たちが激突する最強の敵。
その特性は、人類――戦姫の意識を乗っ取り操作する事。故に、万が一その操手を撃破しても、意識は彼等の本拠地にセーブされており、倒したところで意味がないというもの。
最悪なことに、戦姫は戦場から攫って適当に肉体として仕立て上げる。故に、洗脳している戦姫と、激突する戦姫が知り合いということは極稀に存在する。
そして、本当に万が一に万が一を重ねて、洗脳戦姫を救出したとしても、操られていたときの記憶は残る。
まさに、最悪としか言いようのない相手。プレイヤーも、彼等には何度も苦渋を飲まされ、ヘイトを稼がされた。
しかし、
彼等は知らない。
この世界には、彼等の想像を軽く超えるような、別種類の――彼等にとっての最悪が、存在していることを、まだ知らない。
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ミリアです!
初陣実習から帰ってきて、学園は色々と慌ただしいです。
原因は私達が……というか私が宿痾の主をシリンダーなしで討伐したことが明るみに出たことなのだけど、渦中の私達が忙しいか……というと別にそんなことはなかった。
本来なら、色々と報告書とかを書かなきゃいけないらしいけど、残念ながら私達はこれが初めての実習で、報告書に関しては書き方を習っていない。
今回はことがことなので、私達の初々しい報告書は逆にノイズ。なので書かないことと相成り、結果として普通の子たちよりも、むしろ私達ミリア隊は暇になった、というのが現状だ。
そういえば、ミリア隊は正式にミリア隊として私を隊長とすることが決まった。それでいいのかとアツミちゃんは最後まで反対していたけど、なんだかんだキャンプのときに皆を上手くまとめていたのが評価されたらしい。
逆にアツミちゃんは普段の私を珍獣と思いすぎだと思う。
真面目なときは、私だって真面目だ。いや、いつも真面目なんだけど!
暇も暇なので、今は自主訓練とお料理教室で時間を過ごしている。
自主訓練の方は正直うまくいっていないけれど、お料理教室はかなり好評だ。というか、自主訓練は皆私の言っていることが理解できないと言います! 頑張って現実に存在するもので喩えているというのに!
さて、そんなこんなでそわそわしてる学園や世間とは少し離れたところでほのぼのしている――渦中ど真ん中どころか、自分で渦を起こしておきながら――私達。
そして、そんな私は、最近あることを思います。
「アツミ! どうしてまた黒い服を別の服とわけないの!」
「っせーな、別にいいだろ」
「アツミがそうだから、他の院の子たちが真面目にやらないんじゃないの!?」
「……チッ、あいつらはいいだろ」
「だったら真面目にやってよね……」
今、私の視界の先で、シェードちゃんがアツミちゃんの面倒を見ています。初陣実習から帰ってきて以降、シェードちゃんはああやって周りの子達の面倒を見ていることが多くなった。
というか、私も色々と面倒を見てもらっている。朝が弱かったりするから……
それはアツミちゃんのように邪険に扱う子もいるけれど、概ねクラスの子たちからは好評で、最近は上級生の人たちとも、シェードちゃんは果敢にやりあっている。
ああいう行動力とかは、素直に憧れるところだ。
そこで、ふと思う。
「……シェードちゃんは、他の人とはどこか違います」
ぽつり、
「いろんな人と仲良くなるっていう才能は、まるで物語の中心人物みたいで」
ぽつり、
「ときには嫌われもするけど、好かれもする。……私も、シェードちゃんは大好きです」
ぽつり。
「いつかは、あの行動力で学園で一目置かれる存在になるのではないでしょうか……」
あれ? つまり?
「……そして、一部は、一部は平凡じゃないですが、容姿は一部以外は地味めで、平凡だけどとってもかわいい子でもあります」
つまりつまり?
「……この世界の主人公はシェードちゃんなのでは?」
私は、乙女ゲーの世界に転生し、その主人公を探していました。
今の今まで、ずっと見つからないでいたけれど、もしシェードちゃんがそうなのだとしたら……うん、似合います。
とっても似合うし……似合う……
むか。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! シェードちゃんをどこの馬の骨とも知らないやつにくれてやるのはいやですううううううううううううううううううううううう!!」
「きゅ、急にどうしたのミリアちゃん!? 落ち着いてミリアちゃーん!?」
発作を抑えきれなくなった私と、それに駆け寄ってくるシェードちゃん。
呆れた目で見てくるアツミちゃんと、自主練から帰ってきたらしく、入り口ですごい目をしているクラスメイトの子たち。
……しばらく、こんな日が続けばいいのにな、と私は思いました。