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11 アホはそれでは終わらない。

 浮かび上がった光の玉は、宿痾たちを叩きながら、凄まじい勢いで突き進む。

 シェードはミリアにしがみつき、必死に同じ色の光の玉を抱えている。時折入れ替えながら、それは順調に進んでいた。

 大変なのはローゼだ。自分が取り出した魔動機にしがみつきながら、なんとか光の玉のなかで体勢を維持している。


 自分が飛び回るならともかく、他人の急制動で自律を強制されると、どう考えても人間は酔う。特にローゼは弱いタイプだったのか、顔を真っ青にしながら、恨みがましそうにミリアを見ていた。

 己が出せなかった理論の答えをミリアに見つけられたという嫉妬も混じっているかもしれない。


「とりあえずやってみましたが、やっぱり感情一つだと思ったよりマナは得られません!」


「え、大丈夫なの!?」


「自前のマナだと完全に手詰まりで、変換できるものも手元になかったので、有ると無いじゃ完全に意味が変わってきます!!」


「やっぱりミリアちゃんからこんな納得の行く回答が返ってくるのはおかしいよぉ!!」


 違和感バリバリのミリアの発言に、シェードは泣き言をいいながらしがみついている。正直、限界が近いかも知れないとミリアは少し焦る。


「けど、得られているマナは明らかに戦姫一人分より多い。二人で一人のユニットとして考えれば、間違いなく革命よ、これは」


「そうかもしれませんけどー! 先生大丈夫ですかー!?」


 シェードは泣きながらもローゼを心配する。そもそもこの場で、一番地獄を見ているのはローゼなのだから。


「……できれば、置いてきてくれると助かったんだけど。私一人なら死なずに離脱できるし」


「ダメです! このまま行きますよ!」


 万が一を考慮してか、ローゼもこの場に巻き込まれることになったが、正直言って逃げ出したい。ただでさえミリアの平均スピードは通常の戦姫とは違う。

 カンナの飛行に引っ張られて高速で空を飛んだ経験がローゼにはあるが、あれと同じ感覚を今、彼女は味わっていた。


「それでミリアちゃん、この後は? このままこいつらを殲滅するの? でもそれって一時間かかるって……うえっぷ」


「せ、せんせ……耐えましょ? 一時間耐えるだけで生き残れるなら、ここは耐えたほうがいいですよ?」


 シェードはローゼに提案する。苦渋の決断になるが、方法はソレしか無いだろう。この場をどうにかできるのがミリアだけである以上、ミリアの行動を最優先するべきだ。


 それでも、


「きゃっほー! ぎゅんぎゅーん!!」


 ――ミリアは、アホに戻りつつあった。

 そんなミリアの縦横無尽が、ローゼの三半規管に壊滅的なダメージを与えつつあるその時、視界がひらけた。光の玉が、地上の宿痾たちを食い破りながら、空に上ったのだ。


 そして、そこにソレはあった。


 大きな大きな、満月の下に、



 数百メートルを超える、巨大な宿痾が浮かんでいた。



 城、とも表現できるような、


「な――」


「で、か……」


 巨大すぎる、二足歩行する昆虫型の宿痾。異様、ただそこに立っているだけで、恐怖というものがなんであったかを想起させる、怪物。

 すなわち、絶望。

 それは、


 シェードに驚愕をもたらし――



「主――」



 ――ローゼに、絶句をもたらした。


「な、んで……主が、こんなところに」


「主……って、宿痾たちの、親玉っていう……」


「そうだ、この世界において確認される宿痾における、最大級にして最強の種。全ての頂点、生態系をそのまま踏み潰す、理不尽の権化」


 即座に、ローゼはミリアに詰め寄る。

 焦燥に満ちた顔で、


「ミリアちゃん! 今すぐ本部に向かうの! 一人でも生き残って、この情報を本部に伝えないと、人類は滅びるわ!」


「そんなに、ですか……!」


「出現した場所が不味すぎる。ここは本部――人類最終生存圏にほど近い。こんな場所に主を伴った宿痾が出現したということは――」


 ――宿痾の脅威度には、幾つかのランクが存在する。

 はぐれ、レギオンと呼ばれるそれが、一般的。そしてその中で最も脅威とされ、人類の終焉とも言われる段階が――



「これは、宿痾災害(アポカリプス)よ!!」



 ――宿痾災害。


 かつて、これが起きた場所は、跡形もなく宿痾に滅ぼされた。

 すなわち人類の終わり。


「主は、未だに戦姫のみでの討伐例は存在しない。アルテミスシリンダーを使うの」


「そん、な――」


 アルテミスシリンダー、人類に残された戦姫と並ぶ最後の切り札。

 またの名を、有限の延命装置。


「だからミリアちゃん、すぐにあれから離れて、あいつがこちらに気づく前に――!」


「無理ですよ」


「ミリアちゃん!!」


 ――既に、気付かれていたか。

 ローゼの顔が悲痛に歪む。


 終わりだ。


 人類も、そして希望も。



 ミリアという最後の希望が潰えることで、終わりを迎える。



「あ、ああ……」


 顔を覆うローゼに、ミリアは呼びかける。

 まるで、普段と変わらない声音で、


「だから、ローゼ先生も私に掴まってて大丈夫ですよ、大事なところは触らないでくださいね?」


「……え?」


「………………あの、ミリアちゃん? 聞いてもいい? とっても嫌な予感がするんだけど」


「はい、想像通りなのでシェードちゃんも、しっかり掴まっててください」


 ミリアは、そう言って少しだけ姿勢を落とすと、



「あの主の下を通り抜けます、めちゃくちゃ揺れますからね!!」



 まるで、アタリマエのことのように、ミリアは言ってのけて、


 絶望へ向けて、突撃を始めた。


「ちょ、ちょっと――!?」


 直後、ミリアの光の玉に宿痾の主が気が付いたのか、視線を向ける。そして、巨体とは思えないほどの高速な動きで、手を光の玉に差し向ける。


 死。


 終わりが見えた。

 少なくともローゼは、これが最期の光景なのかと、天を仰ぎ――


 直後、その天が地面であることに気がついた。


「ひゃっほうのろまー!」


 言ってのけながら、ミリアは三次元的機動で主の手から逃れる。それからも、戦姫が出せる最高速を軽く超えた動きで迫る主の手を、軽々と避けていく。

 そして、ミリアの最高速は決して、通常の戦姫とはそう変わらない。

 それなのに、主はミリアを捉えられない。


 どころか、明らかにミリアを捉えようとする動きに精彩が欠ける。それはつまり、ミリアが主を翻弄しているということに他ならなかった。


「このまま、突っ切りますよー!」


「ど、どこに!?」


「あそこです!!」


 言うが早いか、ミリアは指差す方向へ光の玉を飛ばす。

 主はもはや完全に眼中にはなく、追いすがるそいつを、あしらいながら先に進む。


 目指す先には――


「カ、宿痾が塊になってるよ、ミリアちゃん!!」


「何だアレは!?」


 ローゼが見たこともないというほどに、巨大な塊となった宿痾の群れだった。

 アレは、一体いつからそこにあったんだ?

 そんな疑問が、ローゼに浮かぶ。そもそも。どうして塊になっている? これもまた、疑問。


「アレに、ツッコミます!!」


「だよねー!!」


 もはや諦めにも近い言葉とともに、手慣れた手付きで感情を入れ替えるシェード、泣きそうになるが同時に、先程主を翻弄したミリアに、希望を見出しているのもまた事実。


 きっと、何かある。

 シェードには確信があった。


「……待てよ?」


 そしてローゼは、


 今まで疑問にも思ってこなかった、


 そして疑問を覚えて然るべきその事実に、そこでようやく思い至る。


 おかしいと思った原因は、あの主。

 なぜ、ミリアはあいつに対してすら――



「ミリアちゃん、あなた、どうして魔導機を使わないの?」



 杖を抜かないのか。


 いや、そもそも。



 ミリアが杖を抜かなかったのはいつからだ?



 最初に、ローゼは杖に関する講義をミリアたちにした。

 その時ミリア以外の全員は杖を抜いた、そしてミリアは抜かなかった。


 抜く必要がなかったから?


 違うのではないか?


 そしてもう一つ。



 ――先程、円環理論を使ったとき、果たしてミリアに足りなかったのはマナだけだったか?



 違う。もしマナ以外のものも足りているのであれば、ミリアはシェードに円環の操作を任せたりはしない。する必要がないからだ。

 つまりミリアは今、ギリギリの状態で魔導を行使している。


 では、そこまで魔導の行使を切り詰めなければならない理由は何だ? ミリアは複数の魔導を容易に連続して起動させる事ができる。

 そんなミリアが、一つの魔導しか起動できない理由は?


 一つ一つは、小さな違和感。


 だが、それが重なり合って、


「あああ、――――あああああああああああ!!」


 そして今の、ミリアの必死な叫びによって、つながっていく。


「ま、さか……」


「……先生?」


 凄まじい勢いで掻き分けられる宿痾の波。

 ミリアは、それを強引に突き進む。そこに何が有るか解っているかのように。



「抜けろおおおおおおおおお!」



 叫び、そして、ミリアたちは宿痾を吹き飛ばし。



 無数の光の玉が浮かぶ場所にたどり着いた。



「――え」


「な――」


「はぁ、はぁ……やっっっっとたどり着きました! この人達が」


 ミリアは、大きく息を吐き出しながら、



「アスミル隊で間違い有りませんか!!」



 ローゼに、問いかけた。


 意識を失い、光の玉に包まれたまま、生存している戦姫たちを指差して。


「あ、ああ――」


 頷く。

 頷く他に無い、まさか、と思いながらも。

 現実は、容易に今を肯定している。


 そうだ、ミリアはこの宿痾災害に巻き込まれたアスミル隊を救出していたのだ。いつ? などと、問うまでもない。

 最初から。

 あれも、これも、全ては彼女たちを救出し、そしてこの場所にたどり着くためのもの。


 驚くべきことにアレほどまでにたかっていた宿痾の猛攻を、光の玉達は全て受けきって、戦姫を保護していたらしい。

 故に、


「……やった」


 安堵とともにため息を零すミリア。これで、目的を果たすことが出来た――と。


 しかし、直後。その視線は後方へ向けられた。


 少し遅れて、ローゼも直感が危機を告げる。

 死が、目前に近づいている。そう身体の感覚が訴えるのだ。


「これは……まずい、主よ! 避けられない!!」



 ――宿痾の主が、体当たりを敢行していた。



 いくら通常の宿痾相手には無敵と言ってもいい防御力を誇る光の玉も、流石にこれは受け止められないだろう。


「――先生」


 しかし、


「な、なにかしらミリアちゃん」


「一分って、いいましたよね?」


 ミリアは、まるで日常会話のような声音で、問いかけた。


「な――あ?」


「この宿痾の群れに対して、先生は一分防衛ができるって」


「え、ええ言ったけど、しかしそれは主がいない場合の話であって――」


 困惑しながらも、ローゼは断る。

 ありえない。ミリアは何を言っている? まるで、それでは―――



「なら、大丈夫です」



 ――それでは、ミリアにとって主は、一瞬すらかからない敵であるかのようではないか。


 ミリアは、いいながら迫りくる主へ向けて振り返っていた。


 その手には、何かが握られている。


 それは、杖。


「ぱぱっと、終わらせちゃいますから」



 ――蛇の彫像が巻き付いた、不思議な形状の魔導機だった。



 もしも、


 もしも、ミリアが魔導を一つしか使えないのが、魔導機が使えないからだとしたら。


 ――ミリアの杖から、大量のマナが溢れ出ていく。


 もしも、その理由が近くで襲われていたアスミル隊を保護するために、魔導機を遠隔パルスで動かしていたのだとしたら。


 ――それは、シェードも、ローゼも、そしておそらく主さえも観測したことのない膨大なマナ。


 もしも、その時むんむんと唸っていたミリアが、魔導を行使するために唸っていたのだとしたら。


 ――あまりにも膨大すぎるマナは、一つにまとまろうとしながらも、形を保てず溢れていく。


 もしも、ミリアがシェードとローゼをこの場に必要とした理由が、アスミル隊を助けるという一点によるものだとしたら。


 ――それら一つ一つが、迫ろうとする宿痾たちを消し飛ばしていた。


 ミリアは、そもそも杖を攻撃につかえていたら、はたして戦闘はどうなっていたのだ?



「吹き飛べ」



 軽く、一言。

 ミリアはまるで当たり前のように口ずさみ、直後。



 主は、土手っ腹に風穴を空けて停止していた。



「――――」


 現実に、ローゼは認識を拒否する。

 ミリアは、そんなローゼに笑いかけて。



「それじゃあ、一分で片付けますから、ここはお願いします。先生」



 さらに現実を拒否させるようなことを言ってのけて、その場から、一瞬にしてかき消えた。

 直後に、宿痾たちが塊ごと消し飛ぶさまを見せつけながら。


 ――なお、直後シェードにひっぱたかれて理性を取り戻したローゼは、きっちり一分、宿痾の猛攻をしのぎきって見せて、


 一帯の宿痾は、殲滅された。

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[良い点] やっぱミリアだけ世界観違うな?
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