97 決着
<どうして! どうしてどうしてどうしてよ! どうして人類ごときに私の宿痾が敗れなきゃいけないのよ!!>
ヘルメスは錯乱していた。
ありえないことが起きた。
宿痾が敗れる? ありえない。どころかそもそもあの戦闘で、果たしてどれほど戦姫たちに被害が出た? まさか一人として殺せていないのではないだろうか。
流石にそれはないにしても、被害と言えるほどの被害でないだろうことは確かだ。
これでは、そもそも宿痾をあそこに集結させた意味がない!
ヘルメスが宿痾を集結させた狙いは、月光の狩人を確保しながら人類を殲滅することだった。しかし、その場合数で攻めると問題が出る。
月光の狩人を殺してしまうかもしれないのだ。ヘルメスは宿痾を操作することはできるが、流石に凄まじい数の宿痾を精密に操作することはできないし、ましてやミリアと対決しているとなれば、それは困難どころの問題ではない、不可能である。
であれば、まず過去にミリアたちが転移している間に、人類を滅ぼせばいいのではないか、とも思うが――
<んふふ、私も頑張ったかいがあったよ。感謝してよね、人類を滅ぼそうとお母様がけしかけた宿痾を、私が殺してあげてたんだから>
「あ、やっぱりやってくれてたんですね、それ」
――アイリスに防がれていた。
誤算だった。まさかアイリスがそこまでミリアに加担するとは思わなかったのだ。
<アイリス――! 私が創ってあげた恩をわすれたの!? 貴方は宿痾の完成形。私の手足として動く使命があるのよ!>
<だったら私に意志なんて持たせちゃだめだよお母様。ま、たとえ意志が奪われたって、私はお姉ちゃんのために世界だって救うけど>
ああ、思い通りにならないことばかりだ。
今もこうして、ミリアに何かしらの魔導を突きつけられている。今すぐこの場を離脱してもいいが、結果何が起こるか予想がつかない。
だったら――
<……これで、終わったなんて思わないことね!!>
ヘルメスは、切り札を切る他にないだろう。と、いうよりも――
<来るよミリアちゃん!>
「解ってます!」
即座にミリアが対応しようとするが、一歩遅い。
そもそもこの魔導は、自動的に発動する魔導だ、ヘルメスが意志を持って行動を起こすのでは、ミリアに先手を打たれる可能性もあるが、ヘルメスの意志に関係なく、特定の条件で発動するこの魔導は、ミリアにだって止められない。
直後、世界の時間が“歪んだ”。
「な、これ、は――」
時間の進みが、遅い。
ヘルメスを除く全てが、世界が遅くなったのだ。
<これが、私が窮地に陥ったときに発動する魔導、時間停滞! ああ、これで!>
ヘルメスは即座に、ミリアの前から転移する。
これならば、ミリアの魔導は間に合わない!
<――貴方は一方的になぶられるのよ、ミリア・ローナフ!>
勝ち誇る。
時間の流れが遅くなった世界、これさえ発動すればミリアだろうがなんだろうが、ヘルメスの敵ではない。なんだったら、このままミリアを殺して月光の狩人回収に向かってもいいだろう。
もはやヘルメスが眠りにつく時間は終わったのだ。
だから――
ヘルメスは勝ったと思っていた。
時間を遅くするというマナに対する最大級の干渉を止められるものはいない。いくらミリアとて――これを前にすれば、ただ一方的になぶられる他ないだろう、と、そう思っていた。
しかし、ヘルメスがミリアの居た場所を目にした時、
そこに居たのは、埴輪だった――――
<は――>
「はにわーん」
――埴輪だった。
どこからどう見ても、どう切り取っても埴輪だった。
巨大な埴輪が鎮座していた。
<今更こんなもの……バカにしているの!?>
即座にヘルメスは埴輪を破壊する。
「はにーん」
「はにーん」
――二つに増えた。
<な、なによ……それ>
怒り。
溢れ出る怒りとともに、ヘルメスは更に埴輪を破壊する。
<|限界突破《コード:トライオーバー》ぁ!!>
限界突破すら使用して、念入りに埴輪を破壊する。
「はにはにー」
「はにはにー」
「はにはにー」
「はにはにー」
<ああああああああああああああああ!!!!>
――結果、埴輪は数百まで膨れ上がった。
なぜ? なぜ埴輪?
どうして? 一体何の意味がある? 脈絡は? ここは決戦の舞台なのに、なんで埴輪がなくちゃいけない!? わからない、何事もわからない。
わからないことが多すぎる!
ヘルメスは理解するべきだった。
――ミリアに脈絡なんてない。そして、ヘルメスは論理的な展開を重視する。想像できる事態に対する対応を全て用意している人間が、ロジカルを重視していないはずがないのだ。
ここまでのミリアの行動は、全てミリアの分身だとか、巨大化だとか、ミリア自身の変化による行動がほとんどだった。
だから、何かあったとしても、次もまたミリアのはずなのだ。
そうでなければ論理的ではない!
だが、ミリアがそんな手を使うはずがない。
「はーにはー」
<この、クソ、埴輪があああああ!>
だからこそ、ヘルメスは誤った。
判断ミス、戦術のミス。何とでも言えるが、何にしても――そこでようやく、ヘルメスは致命的なミスをした。高いスペックと対応力故に、晒してこなかったヒステリック女の隙が、ようやく生まれた。
ヘルメスは埴輪を吹き飛ばすために、終焉機を引き戻したのだ。
その瞬間。
「やっと、馬脚を表しましたね!」
ミリアが、ヘルメスの足元からヘルメスに対して針を突き出す。
<な、どうしてそこに――!>
変化を感じ取れなかった。そこにいることをヘルメスが察知できなかったのだ。
――激突する。出現した終焉機と、出現したミリアのメルクリウス。
終焉機の転移は――不可能だ。ミリアが妨害している。ヘルメスだけなら転移もできるが、そうした場合ミリアの眼の前に終焉機を放置することになる。
「ヘルメス! 確かに貴方の対応力は凄まじい! 普通にやったのではどんな攻撃も対処されてしまうでしょうね。今のように極限まで錯乱させても、貴方に対する“攻撃”ならば」
<なにが、いいたい!>
「貴方の弱点は、《《自分に変化が起きた時》》の対処しか考えなかったことです。相手がどのような行動を取るかを想像して対処法を作らなかったこと!」
<だとしても埴輪になるとか想像できるわけがないでしょう!>
はーにー、とあちこちを飛び回る埴輪。そりゃあこんなもの、想定するほうがどうかしている。しかし、そうではないのだ。
<バカだねえ、ミリアちゃんが埴輪を創ったのは貴方の冷静さを奪うため。本命はミリアちゃんの姿を隠すため――どうやって隠したかなんて、冷静になればすぐに解るでしょ>
<…………マナを隠蔽して、透明化した?>
<正解。さっき貴方に突きつけていた魔導は、隠蔽と透明化の魔導だったんだよ>
――あの魔導は、決してヘルメスに対する魔導ではなく、ミリア自身に向けての魔導だったのだ。それによって姿を消して、埴輪で意識を奪い、ヘルメスが終焉機を取り出すのを待った。
ミリアがしたことは、たったそれだけのことなのである。
「これで終わりです、ヘルメス。終焉機から手を離しなさい。今から私達は、この終焉機を破壊します」
――チェックメイト。
決着だった。
もちろん、
<――な>
「……ヘルメス?」
<ふざけるなああああああああああああああああ!!>
――ヘルメスがそれを認めるはずもないが。
<私は! ヘルメス・グランテ! 世界の支配者にして管理者! 無敵の神! それをお前が! お前ごときが!!! ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああ!!!>
絶叫。
往生際が悪いにも程がある。
しかし、
<――まだよ! まだ終わってない!>
その往生際の悪さが、ヘルメスの強みでもある。
ヘルメスは終焉機にマナを送ると、
<終焉機ヘルメス!! |限界突破《コード:トライオーバー》ァッ!!>
限界突破を起動する。
<限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破突破限界限界限界ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!>
錯乱し、もはや言葉の意味もわからないくらいにぐちゃぐちゃになりながら。
やっていることは、的確極まりないものだ。
<これ、マナがすごい勢いで膨れ上がってる!?>
<――終焉機に代償はいらない! だから! 永遠に奇跡を起こし続ける! 終焉機こそ無限のエネルギータンクなのよおおおおおおおおおお!!>
代償の奇跡、限界突破。
終焉機ヘルメスにはその制限がない。ならば、それを使ってマナを無限に生み出せばいい、自分を破壊しようとするミリアを逆に破壊してしまうくらい!
<な、バカじゃないの!? そんなことしたらアンタの歴史改変も全部無駄になるじゃん!!>
<知るかあああああ!! お前を! お前たちを消すことが優先だああああああああああ!!>
「気でも触れましたか!」
もはや目的すら放棄したヘルメスは、目の前の敵にしか意識は向いていない。
ミリアを消し飛ばすためならば、ヘルメスは何でもするだろう。
瞳が、雄弁にそう語っていた。
「く……っ! ですが!」
<……ミリアちゃん!>
「――ええ、こちらも行きます!」
ミリアはメルクリウスを構え、そして、
「命滅機メルクリウス! |限界突破《コード:オーバーフロー》!」
限界突破を起動する。
<ばぁかねぇ! 一回の限界突破で私の終焉機を破壊できるわけがない! 無駄骨もいいところよ!>
「……そう、ですかね!」
<ええそうよ! まさかまたアイリスの時みたく限界突破を重ねるつもり!? 無茶よ、こっちは貴方が限界突破を重ねた数だけ、同じ限界突破を重ねるだけよ!>
そう、結果は見えている。
一回の限界突破がなんだという? 数を重ねたところでなんだという? ヘルメスのそれは無限だ。無限に膨れ上がり、無限に願いを叶え続ける。
ヘルメスの願いを、意志を反映した究極の魔導機なのだ。
それを、破壊できるはずはない。
<さぁ、破壊されなさいメルクリウス! 無様に壊れ、アイリスごとチリに帰りなさい! そして、メルクリウスを喪ったミリア・ローナフは宇宙で生命活動を維持できないのよ!!>
だから、決着だ。
今度こそ――メルクリウスを失うという、そもそもの目的を考えれば敗北どころではない結果であろうとも、どれほど無様を晒していようとも、
――勝ったのは、ヘルメスだ。
「それは、」
<――どうだろうね?>
否。
メルクリウスは、破壊されなかった。
変化は起きない。ミリアは一向に死なない。
<な、な、な――>
どころか、どころか――
<なんで拮抗してるのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!>
今まさに、メルクリウスとヘルメスの破壊は完全に拮抗したままぶつかりあっていた。
「――ヘルメス。私がメルクリウスで起こした奇跡は、単純なエネルギーによる終焉機の破壊です。あくまで、その奇跡の実行しかメルクリウスは行っていません。マナは、こちらが自前で用意しているんですよ」
<そ、それならなおのこと、貴方が対応できるはずが――!>
「――ここに、私と貴方以外に、他に誰がいますか?」
その言葉で、ヘルメスはメルクリウスを眺め、そこにいるもうひとり――ミリアの味方をしている、自分の娘を思い出した。
そう、
<――――――円環理論?>
感情からマナを生み出し、無限のリソースを得る理論。
それにより、ミリアたちも無限にマナを生み出している。だから拮抗しているのだ。
<バカなお母様。まさか、私の役割が一瞬お母様の意識を逸らすことだけだと思った? ああ、そんなことも考えられないくらい、もうおかしくなっちゃってるのか>
<あ、あ、あ、ああああ――! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!>
「――このまま押し切ります!」
こうなれば、後は純粋な根比べ。
ミリアとアイリス。ヘルメスの終焉機。それらの生み出したエネルギー、どちらがより多くエネルギーを生み出し、相手を押し切るか。
その、根比べだ。
<ふざけるなぁ!! ありえない! たとえ貴方達が無限のエネルギーを生み出したとして! 完成された究極の終焉機が生み出す速度が、貴方達に負けるなんて!>
――どこまでも、ヘルメスは一人だった。
世界を手にすることも、支配をすることも、何もかも。
ヘルメスだけができればそれでよかった。後のことなど、どうでもよかった。
だから、
「――どうして勝てないか、それすらわからないから、貴方は負けるんですよ」
ヘルメスは、自分が押し切られることを、受け入れられなかった。
<あ、あ、ア、ア、――ァッ!>
そして、
「――一人より、二人。多くの人が協力したほうが、何事も問題は早く片付くんです」
ミリアは、そう告げてアイリスと共にマナを生み出し――
終焉機を、破壊した。




