96 宿痾の終わり
「――ナイスタイミングですアイリス! |限界突破《コード:オーバーフロー》ォ!!」
直後。
ミリアは奇跡によって転移し、ヘルメスの手を逃れると、逆にヘルメスへとメルクリウスの針を突きつける形で出現した。針の先端には、何かの魔導が展開されている。
<あ、アイリス――!? まさか、ミリア・ローナフ、お前アイリスを“殺さなかった”わね!?>
「宿痾操手は死ねば精神体になり、魔導機に収容される。当然の結果ではないですか。それに、あの戦いは決着をつけるためのものであり、アイリスを消し飛ばすための戦いではなかったのですよ?」
――アイリスとの決戦で、ミリアはアイリスを撃破したが、別にアイリスが完全にこの世から消滅したわけではない。あくまで他の操手と同様に、身体を喪った後精神を魔導機――この場合はメルクリウスに収容されただけ。
<ふふ、ずっとこの瞬間を待ってたんだよ。お母様が勝利を確信して、隙を生みやすくなるこの瞬間を。――私達、結構似たもの親子だね、狙ってたのは同じことだったんだ>
ヘルメスは巨大宿痾の砲撃でミリアの意識が一瞬逸れるのを狙った。
逆にアイリス――そしてミリアは、それによって自分を捕まえたヘルメスが、勝ちを確信して油断する一瞬を狙った。
互いに、狙いは同じだったのだ。
そして、同じように隙をつけたがために、先に行動したヘルメスが一手遅れた。
それだけのこと。
とはいえ――ヘルメスとてこれが決着になるとは思っていない。
何より、勝利したところで――
<――まるで勝ったように言うけれど、ミリア・ローナフ。貴方、自分の仲間がたった今敗北したのを忘れたのかしら?>
――ミリアの仲間たちは、あの熱線に巻き込まれて消滅しているはずなのだ。
しかし、
ミリアとアイリスは、
「あ、あはははは!」
<く、くふふふふ!>
互いに、笑い出してしまった。
<……何がおかしい!>
ヘルメスが明確に怒りを見せる。
理解できないこと、未知への怒り。ヘルメスは自分の手の中にないものを嫌う。何が起きていないという事実を嫌う。
故に、
<おかしいもなにも、どうして気づいてないの?>
「ヘルメス、貴方マナの探知もできないのですか?」
珍しく、ミリアも挑発してしまうくらい、二人にとってそれは滑稽に映る行為だったのだろう。
ヘルメスは、激昂するのをなんとか抑えながら、油断なくマナを探知した。
結果――
<…………は?>
絶句した。
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――ミリアからケーリュイケイオンを託された時、ランテは一度だけ、代償の奇跡を使用することを許されていた。
正確にはもう一度、代償の奇跡を行使するタイミングがあるが、その時はそもそも代償を外部から確保できるので、許すも許さないもない。
つまり、ミリアは一度だけ、自分の大切なものを犠牲にする“必要”があった。
ミリアが一度だけ許すと言った以上、一度は必ず奇跡が必要なのだ。であれば、ランテが考えることは二つ。
何を代償にするか。
いつ、奇跡を起こすか。
この二つである。
何を代償にするか、実を言うと正直今も悩んでいる。実のところ一度代償の奇跡を起こすだけなら、何を代償にしたってそう変わるものではない。
確かに代償で喪ってしまうのは悲しいことだが、それで命が奪われるわけではない。体の一部とか、記憶とか、色々と候補はあるが、それを一つうしなったところで、ランテが世界からいなくなるわけではないのだ。
だから、ランテがこの場合悩むのは、自分が捧げるもののうち、一体どれが一番価値を持つか、である。
体、記憶。どれも大切だけれどしかし、それが誰かに胸をはって自分にとって一番価値があると言えるかといえば、そうではない。
一つだけ、ぱっと思いついたものがあった。
きっとそれなら、自分はどんな奇跡だって起こせるだろう。間違いなく、それは自分にとって一番価値があるものだ。しかし、だからこそ。
絶対に代償にはできないとも思った。
ミリアがマナを消失させれば、そもそも代償に捧げたことはなかったことになる、といえば確かにそのとおり。だけれど、もしそのことを当てにして“それ”を代償に捧げてしまえば、きっと代償の価値は一気に落ちる。
それに、そこにあるのはランテにとって大事なものだけではない。
――ランテ一人で、それを代償にできないくらい、ランテにとって“それ”の価値は大きいものだった。
しかし、
今目の前で、
それを代償にしなければ防げないと思ってしまうような一撃が、戦姫を襲おうとしている。
「あ、あ、あ――」
だめだ、だめだ、だめだ――!
これはダメだ。耐えられない。これを防がなければ、人類は愚か、この星すらも粉々に消えてしまうだろう。だから、
だからここで、ランテは奇跡を起こさなくてはダメだ。
だけど、だけど、だけど――!
これを防いだところで、何かが解決するわけじゃない!
だからこそ、ランテは一瞬だけ悩んでしまった。
これを犠牲にしたところで、次は?
自分に、その判断をする権利があるのか?
――奇跡を、こんなところで使ってしまっていいのか?
いや、そもそも、
この迷いは、かつての自分ならしなかったのではないか?
ランテは、誰かを救うために自分を犠牲にすることをいとわない少女だった、はずだ。
かつて、ミリアと初めて出会った時。シルクと初めて出会った時。月光の狩人としての力を開放仕掛けた自分は、ミリアの命のために自分の命を捧げるつもりだったんじゃないのか?
であれは、自分は――
「――――総員!」
その時、
「防御魔導展開!!」
カンナの号令が響き渡った。
逡巡は一瞬にも満たなかっただろう、それくらいランテは集中していたし、決断は早急でなければならなかった。けれど、その決断を否定するように、カンナが叫んだのだ。
「全員、ここで終わってもいい、一度だけでいい! この熱線を耐えなさい!!」
「――――!」
カンナの叫びに、ランテはハッとする。
防ぐつもりだというのか? 無茶だ、無茶に決まってる。いくらマナが有限だったとしても、耐えきれるとは思えない!
そうしてケーリュケイオンを見下ろし、覚悟を決めたようにして、それを掲げようとする。
が、しかし、
「だめだよランテちゃん」
「シェードおねえちゃん!?」
ランテの後ろから、そっと手が伸びる。
咎めるようなそれに視線を向けると、シェードは首を横に振った。
「それは今じゃない。後少しだけ待って」
「で、でも……」
「大丈夫だよ! カンナ先生だって賭けに出たわけじゃない。全員が死力を尽くせば、一度だけなら耐えられるって判断したから言ってるの」
一度だけ。
――カンナやシェードが言うならそうなのだろう。ランテは決して頭がいいほうではないが、だからこそシェード達の言葉を疑うことはしない。
しかし、
「一度だけじゃ、次は耐えられないよ! あれは三発目も絶対に飛んでくる、だったら!」
「――だったら、その三発目で倒せばいいんだよ」
え――と呆けるランテを他所に、ミリアが金の玉を展開する。周囲でも防壁の魔導が順次展開され、宿痾がそれを発射する瞬間を待った。
ランテは周囲の戦姫達の顔を見る。
諦めているものは、誰一人としていなかった。
だから、
「……教えてシェードお姉ちゃん、どうすればいい?」
ランテは覚悟を決めて、
――熱線は放たれた。
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「だ、ああああああああああああああ!!!」
ランテは、発射と同時に上方へ向かって飛び出す。金の玉シールドは戦姫の魔導の中でも最高峰の防御力だ。他の障壁の手助けにはならないが、熱線の中を駆け抜けることだって不可能ではない。
ミシミシと、凄まじい音をさせているが、それでも進めているものは進めているのだ。
「いけ、頑張れ! 負けないでランテちゃん!」
「こ、これほとんどシェードお姉ちゃんが魔導維持してない!?」
シェードの声援と必死の金の玉維持を受けながら、とにかくランテは前に進むことだけを考える。やるべきことは単純だ、少しでも早く空へかけぬけて、巨大宿痾の上を取る。
必要なのは、行動のための時間だ。
三射目が来ると解ってから行動するのでは遅い、相手が二射目を放って、三射目に移る前には行動をおこしていなければいけない。
そうしなければ間に合わないのだ。
「――行って、ランテちゃん、シェードちゃん! 奇跡を起こすの!」
声援が聞こえる。
カンナ――ではない。
その声を、ランテもシェードも知っている。
「アスミルさん――!」
アスミル隊。
ミリアが救い、ランテともミリアを通して一度顔を合わせたことがある。
そんなアスミル隊の隊長、アスミルが――
「ランテちゃん、貴方の友達はあそこにいるんでしょう!? ――絶対に助けなきゃダメよ!」
そうだ、その時。
――ランテがアスミル隊と顔を合わせた時、隣にはシルクがいた。
シルクを救う。その気持に今だ嘘はない。だけど、これにしたってそうだ。ランテは考えてしまっていた。犠牲のことも、代償のことも、迷いを答えにできていなかった。
考えなしに行動して、いいことがあるかといえばそんなことはないだろう。でも、自分がそんなふうにごちゃごちゃ考えたところで、より正しい選択ができるのか?
昔は迷わなかった。知らなかったからだろう。
今は迷っている。知ってしまったからだろう。
だけど、だから、だとしても、
進まない理由には絶対にならない。進むために自分は生きている。未来に希望を抱くことが自分の持ち味だとミリアは言ってくれたではないか。
だったら、
「――私は、」
ランテは、
「――私は、この先にある世界が見たい!!」
そのために、
ランテはここまで進んできたんだろう!
「こ、こ、だあああああ!!」
そして、
ランテは天へと昇った。
巨大宿痾を見下ろす。
「これで、これで終わらせる!」
――見れば、
「私達の明日のために、先に進むという選択のために、貴方を倒す!」
――――熱線を戦姫達は防ぎきっていた。
「そしてシルクちゃんを、返してもらう!!」
ケーリュケイオンを構える。
宿痾はどう動くだろうか、月光の狩人を優先するか、下の疲弊しきった戦姫たちを優先するか。どちらであろうと関係ない。
――既に、決着はついている。
「――じゃあ、言ったとおりに。いい? ランテちゃん」
「うん!」
放ちきってから、発動までの猶予はほんの数秒。
宿痾の体を下から上まで駆け上がるのに、かるく十秒はかかる。だからこそ、最初から上を取っておく必要があった。
上、正確に言えば、巨大宿痾の顔の正面、だ。
「再生機ケーリュケイオン!」
起こす奇跡は、
「|限界突破《コード:オーバードーズ》!」
突貫――!
その突貫には、ある効果が付与されている。
攻撃の反射。そう、戦姫達は考えた。宿痾に、戦姫達の攻撃は致命傷にならない。しかし、宿痾の熱線ならばどうだ?
あれほどの威力、自分で受けて、果たして宿痾は耐えれるか?
――耐えられるはずがない。
戦姫たちの策略など考慮すらしていない宿痾に、熱線を止める選択など存在せず、
かくして、宿痾は自身の熱線で真っ二つに割かれることになる。
そして、ランテの狙いはこれだけでは終わらない。
この宿痾は、シルクを核として作られている。だったら、こうして自分も熱線とともに宿痾の中へ突っ込んで、シルクを救い出す。
「う、おおおおおおおおお、ああああああああああああああああ!!」
友へ、仲良くなりたいと思った少女の元へ、ランテはただただ手をのばす。
がむしゃらに、あとのことなんて考えず、助かるかなんて考慮すらせず。
信じて、信じて前に進むのだ。
「これで、終わりだああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
叫び、そして、手をのばす。
手に、ぬくもりが伝わって、ランテはそれを掴んだ。
シルクの手。
ランテが勝利を確信した瞬間だった。
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――ランテが犠牲としたもの。
それは、ランテが生まれてから三分の一ちかい年月を捧げてきた、ランテの庭とも言える場所。
そう、
ミリア大森林だ。
――動物たちは、ローナフ邸の人々とともに避難を済ませている。
植物や昆虫は、マナの侵食を受けても生きていけるものがほとんどだ。実際、世界は荒れ果てて、生物はおかしな進化をしているけれど、確かに存在しているし。
だから、ランテがそれを代償に捧げた時、残っていたのはランテの意志だけだった。
未来に希望を抱きたい。
明日を楽しみに眠りにつきたい。
そんな意志と共に築き上げてきた、ランテの半生。
間違いなく代償としては極上の価値を有するそれは、巨大宿痾を粉砕し、
かくしてここに、百年近い時間、世界に巣食い続けてきた病。
宿痾は、終わりを告げた。




