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10 その気持ちって、きっと

「ミリア……ちゃん?」


 ――無理だ、と思った。

 心を通わせるなんて、二人の人間が、何から何まで同じことを思うなんて、無茶もいいところだ。大好きだった人を、大好きだって言ってくれる人を傷つけるような自分には、なおさら。


 シェードは、だと言うのに自信に満ちて、あまりにも当然のように言ってのけるミリアを、見上げた。


「できます、私とシェードちゃんは友達ですから」


「で、でもミリアちゃん――私、ミリアちゃんのトモダチが何か、わからないよう」


 あのとき、そうミリアに告げたとき。

 ミリアはそれに答えてはくれなかった。だから、シェードにはそれが解るはずもない。解かれというほうが無茶なのだ。だから、流石にこれはシェードが悪いということはない。

 故に、


「――ずっと、考えてました」


 ミリアはそれに、答える必要があった。


「友達ってなんだろう。私はそれを気軽に使いますけど、じゃあその全てを解ってるのかって」


「……うん」


「そして――」


 ミリアの言葉を、シェードは待つ。

 何と言われてもきっとシェードは驚かないだろう。だって、何と言われても、シェードにそれはわからない。解ったとしても、ミリアと気持ちを一つにできるとは思えない。

 ミリアとシェードは、違う人間なのだ。


 だから――



「――わかりませんでした」



「これだけもったいぶって!?」


 思わず、そう言われると、突っ込んでしまっていた。

 そうやって大口を開けて驚いていると、ミリアはシェードの口にお菓子をつめこんで、ふにふにと頬を突く。もぐもぐと、シェードは咀嚼しながらミリアを見た。


「これっぽっちも解らなかったんです。でもそれって、当たり前のことでした。友達って、誰かが言葉にできるものじゃないんですよ」


「……ミリアちゃんにとって、そのトモダチってことばは、それだけ重要なの?」


「重要ですよ! でも、別の言葉で言い換える事もできます。絆、友情、親愛、大切。どれも、私がシェードちゃんに抱いている感情の答えです」


 それは、重い言葉だった。

 一つ感情を重ねるたびに、シェードはその感情に耐えきれなくなっていく。

 自分だって、同じことを思っているはずなのに、どうしてか。


 言うまでもない――


「――私は、そんな大層な感情を、向けられる人間じゃ、ないよ」


「そうですか?」


 自分に、ミリアの大切な人なんて立場は、重すぎる。重すぎて、自分がそれに囚われて、沈んでしまう。


「ねぇ、ミリアちゃん」


「はい」


「……どうして、私なの?」


 だから、聞いてしまった。

 自分と心の全てを通わせられると信じて疑わない少女に、シェードはその真意を問いかけてしまった。また――踏み込んでしまった。


 聞いて、シェードはそのことに思い至る。


 どうして自分は――変われないのだろう。


 ミリアちゃんのように、なれないのだろう。


「そうですねぇ……大した理由じゃないですし、あまり声高に胸を張れる理由でもないですよ?」


 ほらやっぱり、どうして自分は、こうなのだろう。

 ミリアちゃんはこんなにも、すごい女の子なのに――



「初めに声をかけてくれたからです」



「――え」


 天使のような、希望のような、天才としか言いようのない少女から漏れたのは、いつもの理解できない言語ではなく、

 どこまでもありふれた、等身大の少女の理由だった。


「クラスの人たちが、私が言っていることを理解できなくて、ちょっと遠巻きにしてることは、知ってます。そのために、シェードちゃんが一人で私のことを理解しようとしてくれてることも、解ってます」


「え、っと……」


 申し訳無さそうに、ミリアは言う。

 それは、シェードの見てきたミリアとは、全然違うミリアだった。ミリアは、いつだって希望に満ちていて、次の瞬間には、何をするかわからないような、パズルのような――不思議な女の子。

 だから、


「……それに、甘えてるんです」


 こんなふうに、当たり前のことを、当たり前のように口にするなんて、シェードは思っても見なかった。


「シェードちゃんはすごいです。初対面の人に踏み込むことを、恐れません。知らない人にだって、仲良くしようって声をかけれます」


「それは……でも、それでいつも間違えて……」


「間違えなんてことはないですよ! 私は踏み込めることそれそのものが、シェードちゃんのすごいところなんだって思います! 少なくとも、シェードちゃんが踏み込んでくれたから、私はシェードちゃんと仲良くなれたんですから!」


 そうやって、ミリアは笑う。


「それは間違いではなく、道の途中なんだと思います。生きていく限り道は続いていて、その道はときに険しいものになりますけど、どこまでも続いていくんです」


「……生きていく、限り」


 ――空を見上げる。

 月を覆うほどの宿痾の群れ。

 明日を奪う、道を奪う人類の敵。余りある地獄の先に――



 けれども、月は確かにそこにあった。



「あ――」


「まだ、終わってないんです。終わってないから私はもっと、もーっとシェードちゃんと仲良くなりたいと思います!」


「終わって……ない」


 そして、目の前のミリアを見る。

 この世界で、唯一明日を夢見る少女。希望を忘れず、自分が希望となることを選べる少女。その希望は今、シェードに教えようとしていた。


「間違いは、またやり直せばいいんです」


「また、やり直せばいい――」


 シェードは、踏み込めなかった。

 色々なことに、ミリアのこと、アツミのこと、そして――母のこと。


 だったら、やり直せたとしたら。

 やり直せるとしたら、それは――


「ミリア、ちゃん」


「なんですか?」


「私……私っ」


 また、泣き出しそうになるのをそっとこらえる。

 心の底に溜まっている、たまり続けてきた想いの蓋を開ける。


 それは――



「いいのかな、ごめんなさいって、言ってもいいのかな!」



 やり直したいという、シェードが抱え続けてきた思いの発露だった。


「ごめんなさい、だけじゃ足りないかもしれません。生きて、笑って、そしてまたやり直せるようにするために、いっぱい考えて、いっぱい努力しましょう」


「……うん!」


「そのために――」


 二人は、見上げた。



「まずは、ここを突破しよう」



 二人は、想いを一つにした。


 ――手を重ね、空を見上げながら、ローゼがそれを見守る中、ミリアは語りだす。


「――ローゼ先生は深く考えすぎたんです。心を一つにするって、何も心のすべてを一つにする必要はありません。そりゃあ、全てを一つに出来たとしたら、作れるマナは計り知れませんが、それを操れるかは別問題です」


「…………」


 ローゼは、何も語らない。

 理論を考える、という点に関しては、今のミリアはローゼには劣る。だから、それを考えたことはなかったとは思わない。

 だが、それでもローゼが無理だと判断したのは、先に進まなかったからだろう。


「問題は、どの心を一つにするかですよね」


「……そうだね」


 そしてこの問題がある以上、結局相互円環理論は机上の空論で終わるのだ。そもそも、心と一言に行っても、感情と端的に片付けようにも、感情の種類は無限にあり、感じ方は人によって違う。


「だから、発想を逆転するんです」


「……逆転、ってどうするの?」


 ミリアは、ニカっと不敵に笑みを浮かべて、



「心を一つにするのではなく、一つになっている心を選ぶのです」



 手を広げ、それを可視化させた。


「これは――!」


 ローゼが目を見開く。

 それは、複数の色の光の玉だった。あちこちに散らばって、シャボン玉のようにふわふわと浮かんでいる。小さな、ビーダマサイズだ。


「私達が抱いている感情を、光にして浮かべてみました。適応されるのは、私と私が触れている人、です」


「……他人への干渉!? ちょっとまってミリアちゃん! それは魔導機なしだと、一般的に不可能とされる――」


「そこはまぁ、私のズルってことで……でも、これを杖で再現すれば誰だって円環理論を使えますよ」


「――――!!!」


 ミリアのしたことは単純だ。

 心を一つにすることが難しいのなら、無数にある心の中から、お互いが抱いているうち、同一のものを選びだせばいい。


 そのために、感情を可視化させて、認識できるようにした。種類は無数にあるけれど、同じ色を選べばそれは同じ感情だ。

 だから、可視化させるこの魔導さえあれば、誰だって円環理論によるマナの供給が可能になる。


「ミリアちゃん、貴方は――」


「しっかり掴まっててください、先生。供給されたマナを使ってこのバリアを浮かせて……飛ばします!」


「――ミリアちゃん!!」


 とんでもない、天才以上のなにかとしか思えないミリアの言葉に、ローゼは思わず叫んでいた。だが、ミリアはもはや止まらない。

 シェードもまた、止まることをやめたのだ。



 ああ、それは――



 人類が、先へ進むということ。



「シェードちゃん、行きますよ!」


「うん、ミリアちゃん! どう、すればいいかな?」


「私が出した光の玉から、同じ色のモノを二つ選んで掴んでください。光の玉の色は逐一変化します。だから、片方が変わったらまた別の色を選んで、掴み直します」


「……わかった」


「私は、それで得られたマナで魔導を操作することに集中しますので、サポートはできません。……シェードちゃんが頼りです、頼みましたからね!」


「………………うん」


「なんか急に声が鈍りましたけど、シェードちゃん大丈夫ですか!?」


 思わずミリアが、シェードの方を見る。

 シェードもまたミリアを覗き込んでおり、二人の視線が重なった。


「だ、だってミリアちゃん……さっきから全然アホアホしてないんだもん」


「な――! 何をいいますかシェードちゃん! ミリアはいつだって真面目ですよ!?」


「えっ?」


「えっ?」


 ――そうして、二人は顔を見合わせて、


「ぷ、」


「あはは」


 大声で、笑いだし初めた。

 ああ、本当に、



「楽しいね、ミリアちゃん!」



「これから、もっともっと楽しくなりますよ、シェードちゃん!」



 二人は、これからどんな未来を見るのだろう。


「――心を束ねて、想いと想いを力に変える!」


 ミリアが作り、


「私達は、二人で一人! 互いに互いを思いやり、円環はここに完成する!」


 シェードが支える、


 これが、未来だ。


 ――ああ、とシェードは思う。

 結局、ミリアのトモダチという感情は、解らなかった。解らなくても、二人は一緒だと、それでいいのだとミリアが教えてくれたから。


 でも、シェードは思い出す。

 こんなとき、どんな感情がふさわしいのか、あの最後の晩餐。母と初めて交わした言葉の中で――確かにシェードは教わっていたのだ。


(誰かを、大切だと思う気持ち。その人と、ずっと一緒にいたいという気持ち。お母様が教えてくれたこの気持ちの、名前は――)


「私達の――!」


 ミリアが呼びかける。

 その感情を、心に染み渡らせて、高らかに叫べ。


 宿痾という害悪を、心という希望で打ち砕け!


 故にシェードは、母から教わったその感情を、ミリアに向けて、叫ぶ!



「恋と!」



「ゆう……きょえぇ!!?」



 心のままに叫んだシェードは、ミリアがびっくりして、自分を見ていることはついぞ気付かないままだった。


 直後、友情という概念がないために恋として表現するほかなくなったその感情は、円環のもと、ミリアに無限とも思える力を与え――


 世界は、恋によって、切り開かれることになる。

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