1 後に救世主と呼ばれるアホの入学式新入生代表挨拶
少女たちは使命に燃えていた。
その日、この学園に集められた女子生徒達は、例外なくこの世界の命運を握る存在だった。
騎士として、追い詰められた人類を守るべく、最後の希望となるべく、少女たちはこの学園にやってきている。
例外なく、明日というあるかもわからない未来のために、命を捨てる覚悟を持った少女たちだった。
――唯一人、決定的な勘違いをしている少女を除いては。
入学式、少女たちにとっては、全ての始まりであり、日常との別れでもある。
それまで、普通の人として暮らしてきた少女たちは、これから普通の暮らしを許されなくなる。家族と笑い合うことも、恋に恋することすら許されなくなる。
もしもそれが叶うとしたら、世界を救い、平和をもたらしたその時からだ。
そう、誰もが心に決めていた。少女たちは、死ぬためにこの学園の入学式に臨むのだ。
――唯一人、この世界の状況を楽観視し続けている少女を除いては。
式は厳かに、粛々と進む。誰もが口を閉ざし、真剣な面持ちで、壇上から語りかけられる言葉を受け取る。
その内容はどれもが、少女たちを鼓舞するものであり、そして貴重な戦力である彼女たちを歓迎するものだった。
しかし、一つだけ例外がある。少女たちがそれに返す言葉。
新入生代表挨拶というやつだ。入学式というやつにつきものなそれは、当然この学園にも存在する。
そしてそれは、この学園の入学試験を、トップの成績で通過したものが行う通例になっていた。
――そして、今年の新入生代表、彼女こそが、アホアホな勘違いをしている、頭お花畑その人であった。
そのことを知る者は、この場においては今はまだ教師のみ。
そのことを知る教師たちは、固唾を呑んで彼女の一挙手一投足を見守っていた。
――壇上に、一人の少女が居た。
幼い、今にも手折ってしまうことのできそうな華奢な身体に、透き通るような黒の髪。制服に着られているような年頃に思える――しかし、その実制服をどこまでも着こなしている少女が居た。
もしも、万が一、伝統ある学園の歴史に、傷がつくことになったら。
しかし同時に、期待もしていた。この阿呆は、ただの阿呆では決して無い。仮にもこの学園の入試を主席で合格した人間なのだ。主席に至るまでは紆余曲折があったが、それでも、
この阿呆なら、もしかしたら何かを変えてくれるかも知れない。そんな希望を抱かせてくれる、阿呆でもあった。
だからこそ、教師たちは見守っていた。この少女の、第一声を。
「――かつて、戦争がありました」
その言葉を聞いた時、入学生たちは理解した。
この少女は救世主である――と。
自分たちの未来を照らす、まばゆいほどに輝ける星だ、と。
それほどまでに、彼女の言葉は絶対的だった。確信に満ちた言葉だった。
「人はその戦争で、多くのモノを失いました。居場所、自然、文化――そして、命」
その言葉を聞いた時、教師たちは理解した。
この少女は――台本をそのまま読んでいる、と。
彼女は、この伝統ある学園が築いてきたテンプレとも言える入学生代表挨拶を、そのまま読み上げているだけだ、と。
「しかし、私達には希望があります。それは、私達です。私達は戦姫となり、世界を救う。世界はそれを歓迎しているのです」
しかし、だというのに、誰もが彼女から目が離せなかった。不安と期待が、同じくらいの気持ちで教師たちはそれを見ていた。
彼女ならば、なにかやってくれるかもしれない――そんな想いを、抱かせてくれる口上だった。
そして、彼女は台本を読み切って――
「新入生代表、ミリア――」
自身の名を読み上げようとした時、
「ローニャフ……ぁっ」
盛大に噛んだ。
そして、一瞬沈黙し、それからまるでその一瞬は存在しなかったかのように済ました顔で一礼すると、壇上を後にした。
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――――やってしまった。
いや、セーフかもしれない、あれから誰にも何も言われないし、きっとセーフだろう。ごまかすことに成功するのだ、とてもよかった。
さて、改めて自己紹介させてもらおう、私はミリア・ローナフ。TS転生悪役令嬢である。
そう、転生者だ、しかも元男、流石に生まれてから既に十数年が経過していて、一人称もすっかり私になってしまったが、未だに自分の性別には少し違和感がある。
前世はなんてことない人間だった俺だが、転生先である現世は違う。なんと乙女ゲーの悪役令嬢なのである! よくあるやつだ、当然ながら普通にしてると断罪のジャッジメントでクビを胴体から持っていかれる哀れな存在である。
もちろん、そんなことはゴメンだ。
しかし考えてみてもほしいのだが、人生の途中から憑依という形で悪役令嬢の意識を乗っ取ったならともかく、私は生まれた時から悪役令嬢だった。悪役令嬢オブ悪役令嬢、それが私だ。
なので、普通に生きて清廉潔白にいれば悪役令嬢になんてなるはずねーのである。悪役令嬢オブ悪役令嬢、アイデンティティ崩壊の時。
結果、普通にいいところのお嬢様として成長した私は、良い両親に恵まれ、すくすくと成長した。
そして、ゲームの舞台となる魔導学園アルテミスに入学したのだ。いや、断罪展開で殺される可能性があるのならば、そういった舞台からは離れたほうがいいかとも思うが、たしかこのゲームは下手すると世界が滅ぶので、万が一の場合を考えると、直接介入できるようにしておきたかったのだ。
後魔法を使いたい。
そう、私の記憶は歯抜けだ。前世の記憶といっても、覚えているのはなんとなく自分はこんな人間だったよなー、という感覚と、幾つかの記憶だけ。
そしてその記憶から、この世界が昔姉に勧められてアニメを見た乙女ゲーの舞台であると判断したのだ。
ゲームをプレイしたことはない。アニメが1クールでいい感じにまとまっているからとおすすめされたので見た程度だ。
歯抜けな上ににわか知識ではあるが、この世界は乙女ゲーの世界で間違いないはずだ。なにせ、唯一覚えているキャラの名前である悪役令嬢の名前と、自分の名前が一致するのだから。
ともあれ、こうして人として真っ当に生きれば悪役令嬢になることなんてない、という結論と、万が一の時に備えてゲームの舞台となる学園に入学し、本編に備える。
これで私の学園生活は万全というわけだ。なんと完璧な作戦か。
幸い、品行方正で大変優秀な生徒である私は、入学生代表にも選ばれた。正直、それまで両親と暮らしてきて周りの客観的な評価を聞くことのなかった身としては、認められたようで嬉しかった。
とはいえ、少し不安要素はある。
姉が言うには、この乙女ゲー、バッドエンドが鬱展開まっしぐらなんだとか。最悪世界が滅ぶというのは本当のことで、それをどうにか出来るのは主人公と攻略対象のイケメンしかいないのだとか。
実際この世界も、非常に厳しい状況に立たされている。下手をすると私達の次の世代は今のように学校に通うことすらできないのではないか、というほどである。
しかし、思うに乙女ゲーというのは主人公とイケメンの恋愛こそが主題であり、それ以外の部分は恋愛を盛り上げるためのエッセンスなのではないかと私は思う。
具体的に言うと、この世界には色々と魔法とか存在するが、確かアニメでは最終的に絆の力で全部解決していたはずだ。実際、両親からこの世界の魔法について学んだが、最終的に重要になるのは友情とか絆とかそういうものだった。
ようするにふんわりしているのだ。最悪、なんか酷いことになっても愛の奇跡でなんとかできるような。なので、この世界のふんわり魔法を極めた私は、もはや無敵だ。
主席に選ばれるのも納得のふんわり具合、正直あのテストは簡単すぎたというか、私に言わせれば小学校のテストと同じレベルだったと言わざるを得ない。
ふふん、どんなもんだ。
さて、話を戻すが、こうして学園生活を始めた私、最初の課題。
それは――主人公を見つけること。
なんと言っても、この私ミリア・ローナフは前世の記憶が歯抜けである。故に肝心の主人公ちゃんの顔がわからないのだ。なんという不幸。
しかしまぁ、そこまで悲観はしていない。なにせ主人公は生まれながらにして主人公であるからして、どうせどこかで目立つのだ。
目立ったらそこで覚えればいい、私は天才だった。
さて、とりあえずは入学式も終わり、今はクラスごとに分かれて教師の話を聞くフェーズだ。この学校、どういうわけか一クラスに八人という非常に少数のクラス構成になっている。
それで教師の目は届くのだろうか。まぁ、このクラスは最小単位で、実際に授業する時は別のクラスと合同で授業するんだろう。なんでそうするのかさっぱりわからないけど。
あともう一つ、
このゲーム、乙女ゲーのはずなのに、この学園、女子校なのだ。
うーむ、イケメンはどうやって主人公ちゃんにすり寄るんだ……? 記憶が歯抜けでさっぱりわからない。まぁきっと今は本編期間ではないのだろう。そのうち出てくるはずだ。
さて、新入生代表として、学年主席として、堂々たる姿を周りにみせないと……な!
あ、席についたら一夜漬けで代表挨拶を暗記した代償の眠気が……
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――へぇ、そいつも「ミリア・ローナフ」っていうんだ。
“彼”がその作品に興味を持ったのは、そんな姉の一言がキッカケだった。
姉弟揃ってオタクまっしぐらだった彼は、自身がはまっている作品を姉がチラ見した時、そんなこと言われたのだ。
そいつとはなんだ、とそのキャラクターが好きだった彼は反発したが、聞いてみれば単純なことだった。
彼にとって「ミリア・ローナフ」は好きな推しキャラだが、姉にとって「ミリア・ローナフ」とは憎たらしい敵役だった、というだけのこと。
世の中、無数に作品が出回っていれば、偶然キャラの名前がかぶるなんてことはありうることで、彼と姉の場合、それが偶然それぞれの好きな作品同士で被ったのだ。
結果、彼は転生したこの世界で一つの大きな勘違いをした。
彼が転生したのは、乙女ゲーの悪役令嬢ではなく、彼が好きだったゲーム――
――エンディングの八割がバッドエンドしかない、激鬱百合ゲーであったということを、彼女はまだ知らない。
そして何より、彼が転生した「ミリア・ローナフ」が、作中でもっとも曇らせ展開を押し付けられ、尊厳を破壊され、多くのルートでは悲劇の末に死ぬ、そんなキャラであることを――
彼――この世界のミリア・ローナフは、知る由もないのであった。