完敗
「ご、ごめんなさい」
ミゲルはあわててライネに謝った。
「いや、謝らなくてもいい」
ライネは自分の服を払いながら彼に笑顔を向ける。
「えっ? でもいまのは俺の反則だし、ケガさせたらいけないのでは?」
笑顔で許されたミゲルはぽかんとした。
彼は好きなものに入れ込んでいるだけで、意外と常識はあるのだなとライネは認識する。
「魔法使い同士の試合において、詠唱速度の違いはそのまま力の差とみなされる。だからお前の実力が私を圧倒しただけということだ」
だからこそ笑みを深めて彼女は事情を話す。
「え、はい」
話がわかる制度だなとミゲルは思いつつ、同時に何やらいやな予感がする。
ライネは単純に自身の完敗を認めただけではない気がしたのだ。
「これでは勝負が成立しそうにない。私の完敗だな」
とライネは言って彼に右手を差し出す。
「は、はあ」
とっさに握手には応じたものの、ミゲルは大いに落胆する。
(もう魔法見られなくなるのか……)
勝敗なんてどうでもいいから、もっとライネの魔法を見たかったのだ。
「何だ? あっさり負けた私が悪いのはわかるが、もうちょっと喜んでもいいんじゃないか?」
ライネはすこしだけムッとする。
「え、あ、はい」
ミゲルは彼女の反応が理解できずまごつく。
ライネはそっと息を吐き出して、
「すまない。三つ下に完敗して、すこし感情的になってしまったようだ」
と己の非を認めて謝る。
「ええ、いや」
ミゲルは何と声をかけようか迷い、結局言葉が見つからなかった。
「……何でそんながっかりしたんだ?」
ライネは落ち着きを取り戻して理由をたずねる。
「怒らないから言ってみてくれ」
「もっといっぱい魔法見たい……です」
ミゲルはおずおずと言ってみた。
「なるほど、お前はそういう奴なのか」
ライネは笑う。
何かがすとんと落ちてきて納得する。
「いいだろう。勝者に対する褒美だ。私が使える魔法は全部見せればいいか?」
こぼれる笑みとともに申し出ると、
「えっ、見せてもらっていいんですか!!!」
ミゲルはたちまち元気になって食いつく。
「はは」
ライネは笑う。
「かまわないさ。さすがに一族秘伝魔法だけは見せられないがな」
「それは仕方ないですよね!!」
ミゲルは物わかりのいいところを見せる。
もちろんやっぱり止めたと言われるのをおそれてのことだ。
(秘伝も見たいって言ったら、他のも見られなくなるかもしれないからな。ひとまずは我慢だ)
魔法に関することなら意外と自制心が仕事をするミゲルだった。
「はは、わかってくれて何よりだ」
とライネは言う。
彼女は笑みを引っ込めると宣言する。
「じゃあ順番に見せていこう。私が得意なのは水属性、それから土属性となる」
「おお!」
ミゲルはワクワクして目を輝かす。
「何が見たい?」
「まだ俺が見てないものを全部お願いします!!」
ライネの質問に彼は全力でリクエストした。
「ははは! それでこそお前らしいって思ってしまうな! 今日初めて会ったところなのにな!!」
ライネは大きく笑い出す。
「えへへ」
何やら自分のことを理解されたらしいと思い、彼は照れる。
照れる要素なんてないだろう──ということをライネは言わなかった。
「では見せてやろう。五位階魔法でいいか?」
「もちろん!」
彼女の確認にミゲルは全力で首を縦にふる。




