俺の知らない魔法に会いにいく!
村雨ミノルは何よりも魔法が好きで、こよなく愛していた。
だから自然と魔法を題材にしたアニメ、マンガ、ゲームといったコンテンツに熱中していた。
同時に彼はさまざまな魔法を想像するクリエーターたちのことを、心の底から尊敬していた。
彼はいまアニメを見ていて、ちょうどクライマックスで主人公が呪文の詠唱をはじめている。
彼は目を閉じてその詠唱をなぞりはじめた。
「夜よりこぼれ落ちるもの、深き空よりおりしもの」
目を閉じているのに主人公の言葉と、彼の言葉がぴったり重なる。
何度も見返したシーンであり、呪文を単に覚えるだけではない。
主人公がどの語句をどのようなタイミングで口にするのか、それすらも完ぺきに覚えている。
敵を倒して勝利したところで、彼は目を開けた。
「よし、完ぺきだったな。今日も調子は悪くない」
彼にとって主人公の詠唱と自分の詠唱がぴったり重なるのは当然なのだ。
すこしズレただけでも体調が悪いとわかるパロメーターである。
「はー、やっぱり魔法の呪文ってかっこいいよな」
彼は視線を自分の机の上に移す。
そこには特典である設定資料、魔法の呪文が記されたファンブックがある。
内容をすべて覚えている自信がある彼だが、これは捨てるつもりはない。
彼にとってはバイブルそのものなのだ。
もう一本アニメを見ようとしたところで、深夜一時を回ったことを彼は気づいてしまった。
「しょうがない。そろそろ寝るか……金を稼がないとクリエーターのみなさんに貢げないしな」
と深々とため息をつく。
そう、ミノルは推しの作品やクリエーターに貢ぐためだけに働いていた。
彼がカッコイイと思う魔法の数々を、これからも生み出してもらうために。
彼はそのままベッドに寝転がってあっさりと寝落ちしてしまった。
「……はずなんだけどなあ?」
ミノルはベッドの上で困惑している。
彼はいま七歳児であり、ミゲルという少年の記憶も一緒に持っていた。
「アニメで見た異世界転生か……マジか?」
にわかには信じられないが、他に説明がつかないと彼は思う。
でなければふたつの人間の記憶があるはずもない。
「もうちょっと驚くだろと思ってたけど、自分が体験してみると驚ぎが強すぎて逆に冷静になっちゃうんだな」
ミゲルはぶつぶつつぶやきながら分析する。
元の世界に未練があるかと言われれば彼にはあった。
「撮りためたアニメ、まだ二周しかしてない作品があったのに。それに完結してないシリーズだってあるんだよな。新しい魔法出てきたかもしれないのに」
というのがミゲルの心残りで、ぶつぶつ不満を並べる。
「新しい作品のチェックだってしてなかったのになあ~。いくら何でも突然の転生は勘弁してくれよ。せめて老衰にしてほしかったぞ」
彼は魔法が出てくる作品を見逃したこと以外、特に未練はなかった。
「だけど、待てよ? こっちの世界は魔法が普及していて、誰でも使えるんだよな。
おれ、ぼくだってすでに一つは使えるんだし」
ひとしきり愚痴が終わったところで、彼はこちらの世界のメリットに目を向ける。
何と言っても彼にとって喜ばしいのは「自分でも魔法が使えること」だ。
「日本じゃどれだけ呪文を唱えても、魔法は発動しなかったもんなー。仕方ないけど。……あれ、別に転生したのはいい気がしてきたぞ?」
と言ってミゲルは首をかしげた。
「こっちの世界にはおれの知らない魔法だらけなんだろうからな。トータルで考えればむしろプラスだったりするんじゃないか?」
彼の中では文明も常識も異なる世界で生きていくことは、デメリットとしてカウントされていなかった。
正確には魔法を実際に使えるという喜びが、想定しうるすべてのデメリットから目隠しをしている。
「よし、おれの知らない魔法に会いに行こう!!」
彼は自分の中で最もカッコイイと思っているセリフのひとつを、勝手にアレンジして己の目標に据えた。
「うるせー!! まだ夜中だぞ!?」
そして彼は父親に怒られた。