暴食を奉ずる者
「靄になって逃げるのが十八番の様ですが...」
直ぐに塞がってしまった空間の裂け目から靄になった悪魔が出てきた。最初の頃に比べて濃い漆黒のような靄はまたも逃げ出そうとしている。それに気づいた春ハルさんが速攻で魔術を行使するがやはり、あの靄には効果がない。
「必中なら避けられませんね」
清々しい笑みを浮かべるアーサーが腰に差した剣を引き抜く。儀礼用に見える輝かしい神器ではなく、最初に再会した時から持っていた剣だ。その剣はどこか力強さを感じさせる。
「エクスカリバー!」
手に持った剣を振り下ろす。それに呼応して天上から極大の光が降り注いだ。空に架かる分厚い雲を払って地に降り注ぐ光は強烈だ。悪魔のHPバーが見る見る内に減って行く。それなのに光の熱さも衝撃も感じさせない。まるで光の柱がそこにあることが必然であるかのように思わせる。
「不知火さん、護衛を頼みます」
「分かってるが切るには早くねぇか?」
「逃げられて回復でもされたら目も当てられませんからね」
大技を撃ち終わったアーサーが剣を支えにして膝をついた。事前に説明を受けていたがあの攻撃を撃った後、暫くアーサーが使い物にならなくなってしまう。バッファーとしての役割は遂行できるがレオのオリジナルスキル同様、反動で自身のパラメータに大幅なデバフが付与されてしまうのだ。
「この私が負けるなどあってはならない!!」
光の柱が収束し、消えると同時にあの異形の姿に戻った悪魔が叫んだ。
最終的にアーサーの攻撃でヤツのHPは半分以下まで削ることが出来たが今までと同じ攻防をもう一度やらなければヤツを倒すことが出来ない。これからさらにあの悪魔が強化される可能性があることを考えればより一層厳しい戦いが予想される。
「この街を喰らい力を付けるつもりがまさかたった数人に拒まれるとは! 貴様らを殺しても割に合わん!!」
悪魔が空に手を翳すと同時に天上に巨大な魔術陣が出現する。赤と茶色の魔術陣から繰り出される魔術は重力を操る可能性が高い。行使される前に潰さなければ負け筋になってしまう。
「〈奥義・轟一閃〉」
「インパクト!」
私が行動を起こすより早く天命と春ハルさんの攻撃が悪魔に向かって飛ぶ。高速で飛来する雷の群集に空間を破壊する強力な一撃。
「崩れた陣すら見抜けぬか! 笑えるぞ?」
悪魔が嗤う。大きなダメージを与えると期待を抱かせた攻撃もしかし、そのどれもがヤツによって阻まれた。いや、喰らわれたと表現する方が正確か。
「華奢な存在にしては随分と魔素が込められている。そこの訪問者どもの仕業か。さんざん苦汁を嘗めさせられたが今だけは感謝すべきだな」
天命と春ハルさんの攻撃を防いだのはヤツの周りに漂う靄だ。だが前までの靄とは違い。酷く濃い黒色をしている。その靄が空間の裂け目を喰らい、群れる雷すらも喰らった。
「我が奉ずるは暴食の化身。宵の晩餐は幾重の魂と我らが素。その名はベルゼブブ。死してなお尽きぬ欲の対価に汝の加護を求めよう!」
靄が変化する。雲のように一度巨大化し、爆ぜて数百を超える靄となり、それらの靄に口と牙が生えた。そして牙を剥き出しにしてそれらが襲い掛かる。私たちだけでなく他のプレイヤーと魔物にも。
「硬い!?」
迫り来る靄に樹王を振るう。靄であるのに酷く硬い感触を受けて樹王が弾かれた。その隙を見抜き、身体を伸ばして靄がさらに距離を縮める。どうにか間にシールドを挟んで直撃を避けたがたった一度の攻撃でシールドに亀裂が入った。
「奴ら体力も多いぞ。一撃で仕留め切れん」
私に攻撃を仕掛けた靄が龍角の拳を受けて吹き飛んだ。そこらの魔物なら今の一撃で即死するがアレは別の様だ。再び起き上がると今度は近くにいた天命に狙いをつける。
「させない」
複数の靄を相手取っていた天命に負担をかけさせまいと攻撃を仕掛けようとした靄に春ハルさんの魔術が放たれる。土の槍が高速で飛来して靄をまたも吹き飛ばす。
天命や春ハルさんが使う大技なら楽に倒すことが出来るかもしれないがその隙を作らなければいけない。アーサーは動けず不知火はその護衛、残るは私と龍角だが私たちだけで軽く20を超える靄相手に隙を作るのは無理があった。
「エクスカリバーを切るタイミングミスりましたね。見てください。あの悪魔のHP」
どうやって靄を倒すかに思考を巡らせすぎた。アーサーの指摘通り悪魔を見れば周囲の靄がヤツの体内に入って行き、ヤツのHPを回復させ始めていた。私たちはどうにか防衛出来ているが他のプレイヤーや魔物たちにはあの靄は強すぎるようだ。喰らわれたモノの亡骸と光の粒子を残してヤツの下に集いだしている。
「我の龍鱗ならアレの攻撃を弾く!」
「ダメです。ここで一人でも欠ければ勝てなくなります。それにあの悪魔と戦っているのは私たちだけではありません」
幾重の魔術が空を覆い隠す。遅れて矢や砲弾といった飛び道具が私たちの上を通り過ぎて悪魔に命中した。私たちの背後にある城壁にはプレイヤーと訪問者の後衛職が詰めている。空を飽和するほどの一斉攻撃だ。




