魔力が存在しない世界
「魔力とは魂と言う奔流から零れた僅かな力であるらしい」
「それがどうした!」
先手は久遠が取った。長大な刀身を持つ赫刀の間合いは非常に広いからだ。横凪の攻撃は私の胴体を真二つにしようと迫り来る。風乗りで避けることは既に想定されている可能性が高い。かと言い霞で躱すにも間合いに踏み込み過ぎている。
ではどうするべきか。決まっている。往なせばいいのだ。あの刀と斬り合えば武器の差で負けるのは明白だが往なすのであれば数合は耐えるだろうと予想できる。何より私が持つ樹王は幾ら破壊されても再生することが強みなのだ。
守之術理 滑刀
右から迫る赫刀を見据える。僅かにでもミスをすればその先に待っているのは死だ。だが、そんな時だからこそ心が躍っているのかもしれない。距離を詰めながらも樹王に精神を削る。
虚刀により魔力の刀身を作り、赫刀をその刀身に乗せる。滑刀は相手の攻撃を刀の刀身で往なす技だ。言うは易く行うは難し、その言葉がしっくりくる術理の一つだろう。
ガイドとして伸ばした虚刀に乗った赫刀を樹王の角度をズラすことで上方向へと軌道を変える。そして上向きに樹王を後押ししてやれば遠心力によって勢いづいていた赫刀は私の頭の上を過ぎていく。
「ッ! ハイクロススラッシュ!!」
「最後に頼れるのは鍛え上げた技術だ、久遠」
焦ったのだろう。軌道を変えられた赫刀に青い輝きが灯る。アーツでの攻撃は無理な体勢からでも正確な軌道で攻撃を行える。だが、それは定められた、言い換えればプログラムされた完璧な剣筋だ。
故にアドオンによる手を加えなければ思い通りの軌道を描くことが出来ない。
久遠が放ったアーツ、ハイクロススラッシュは斜めに斬る動作があるため上へと上がった赫刀を動かす方法としては最善だ。それでも来ると分かっている攻撃に対処するのは難しくない。例えそれが一撃で人を殺める赫刀だったとしても。
守之術理 舞風
左斜めから切り下げられた刀をゆらりと左に避ける。そして久遠との距離を一歩詰める。そこに右斜め上からの追撃が加わった。私が武術系のアーツを嫌う理由にこれがある。全ての動作を完了するまで自動で身体が動くのだ。
攻守之術理 舞風廻脚
振られた刀を避ける。この時右足を軸にしながら回転するように前方に移動し、カウンターを行う。回転エネルギーによって威力が増した蹴りが久遠に向かう。
「魔封じ!!」
魔除けの腕輪の装備スキルである名称を叫びながら回転蹴りが久遠を襲った。ヤツに触れ、黒い閃光が弾ける。その瞬間、魔力と言うものが知覚できなくなった。だがそんなことはどうでもいい。
「妖刀・降ろし...降臨、影渡り」
今まで圧倒的なプレッシャーを放っていた赫刀と言う存在が消えた。この目に見えたのは突如、それが幻であったかのように消え失せた瞬間だった。
しかし状況を理解した久遠もまた即座に行動を起こした。魔力を消費しないオリジナルスキルであったようだ。それともオリジナルスキルなら魔封じの影響を受けないのか。今はどちらでも構わないが刀身に模様が入った一本の剣が生み出された。
守之術理 霞
間合いに踏み込んだ。久遠にはそう見えただろう。だが銀の軌跡を残しながら私の目の前を刀が通りすぎていく。虚を切るのだ。
今の反射速度を見て確信した。赫刀によるステータスの強化が切れている。先ほどまでの久遠ならギリギリで対応して見せたはずなのだ。
攻之術理 死突
メタモルフォーゼはやはり強力なスキルだ。魔封じは自身の魔力も使用不可にするがこのスキルはそもそも魔力を消費しない。私の右手には黒茨の槍が握られており、神速の鋭撃が久遠の胸を貫いた。
「俺は死なねぇぞ!!」
心臓を狙ったが予期していたのか。僅かにズレている。それにしても久遠のヤツは痛みを感じないのか...。これも魔人になった影響だとすれば戦いにおいて恐ろしい存在になりそうだ。
痛みに耐える様子もなく、身体を槍に突き刺されているのに久遠は刀を振るった。上段からの振り下ろしは強力な攻撃手段だ。威力が高く、何より速い。
僅かな時間、思考を巡らせる。黒茨の槍を手放して避ける、他の手段を取るか。確実なのは槍を手放すことだ。しかしヤツなら自分に刺さっている槍さえも武器にする可能性がある。相手に接触しているとメタモルフォーゼが使えないのが唯一の弱点か。
守之術理 流衝
槍から手を離す。それでも逃げることはせず、頭上で両腕をクロスする。刹那、久遠の刀と腕に着けた籠手が衝突した。ガツンと音が鳴る。それなのに私へのダメージはない。体内で拡散される衝撃を全て地面に流したからだ。
不意に上からの重みが消える。攻撃を無効化された久遠が刀を手放し、自身に突き刺さっている槍を武器に代えようとしたのだ。
攻之術理 天駆
久遠の行動は予想が出来るものだった。しかし彼我の差は槍一本分しか存在しない。その程度の距離は今の私にとって、あってないようなものだ。大きく踏み込んで瞬時に距離を詰める。そして天を突くように私の蹴りが久遠を穿つ。




