悪魔との攻防 その2
「ガァアァアアア!」
腕を失った痛みに悪魔が吠える。それと同時に巨大な魔術陣は砕け散った。痛みに悶え、術式の制御を怠れば魔術は暴発又は発動前に崩れ去る。この世界の常識は悪魔にもしっかり通用するようだ。もしも悪魔だけ常識の範囲外にいようものなら今頃私たちは教会で復活を遂げていたとこだろう。
悪魔の鋭い眼光が私たちを睨みつける。反撃に出ようとしているのだろう。その視線は人を殺せてしまいそうだ。
空に広がるのは六色の魔術陣。悪魔の頭上に現れたそれをみて城壁で俯瞰する者たちは新しくヤツが練りだしたものだと勘違いしただろう。先の魔術に比べれば格段に小さいが六つの魔術陣が構築される様は少し幻想的だ。
「【劫火の憤怒 残響する言霊 不動の如き古塔 刹那に過ぎ去る雷光 永劫に凍える樹氷 虚空に写る屍 全は地にて這いつくばるべし 地へ誘う鉄槌は狂気を顕現する 愚者よ 今 己が運命を怨むがいい〈クインテットダブルマジックピラー六属〉】」
魔術が行使される。悪魔の口からではなくロードの口からだ。展開された魔術は即座に効果を発揮させると魔術陣から各種属性の柱が悪魔を潰す勢いで産み落とされた。
物理的、そして魔術的な力によって悪魔は地面に押し込まれる。しかし幾ら強化を施したロードでもレベルすら見ることの叶わない悪魔の前では力不足だったようだ。悪魔が力を込めると生み出された柱が破壊されてしまった。
「弱点属性と言うものは無さそうですな。もしかすると痩せ我慢かもしれませんが」
そう語ると幾つか魔術陣を展開して見せた。単一属性ではなく、行使できる属性の全てを使ったのは訳があったらしい。
「貴様らぁあああ!!」
悪魔が鬼の形相を浮かばせて一歩踏み出す。たったそれだけで地面が爆ぜた。第一形態であろう状態で今の私たちよりステータスが高い。ヤツには質を兼ねそろえた数で挑む方が無難だろう。
そう考えているとヤツはレオを無視してこちらに向かってきた。面倒な後衛から落とすのは常用手段だがあれ程の強者が相手だと脅威でしかない。
「行かせるかよ!」
道半ばで不知火が盾を構えて私たちの前に立つ。最初と同じようにヤツを押し返せればロードたちの二発目が無事に放てる。
「目障りだ」
だがそうはならなかった。悪魔が腕を振るう。右腕だ。先ほど聖によって消された腕がいつの間に再生しており、たったの一撃で不知火を弾き飛ばした。アーツも使っており、そう簡単には押し負けるとは思えないがどうにも力量が開きすぎている。
迫る悪魔が右腕を構える。標的は聖だ。不知火でもそれなりにHPを減らしているのだから聖が攻撃を受ければパラメータが上昇していても受けるダメージは甚大そうだ。
だから私が出る。ダメージを僅かにでも喰らえば白黒が切れ、敗北まっしぐらだがそれでも私が直接ヤツと相まみえるのだ。何故ならーー
「その方が楽しいから」
口角が僅かに上がる。久しぶりと言ってもまだ一日と経っていないが、闘争心が烈火のように燃え上がっている。『これだから戦闘狂』はと背後から聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。
「まずは貴様からだ!!」
突如ヤツの右腕が肥大化した。いや、よく見れば黒い靄みたいなものが腕に纏わりついている。エンチャント・マナスティールのようなものかもしれない。...触れなければ問題なさそうだ。
守之術理 廻々
聖に近づく悪魔の進路に出てヤツの肩に手を置く。そしてそのままヤツの動く勢いを利用してその場で回転させる。力の向きを変えただけで私が力を加えたわけではない。ヤツは意味も分からず背中を強く地面に打ち付けた。次いで悪魔を聖たちから引き放すべくレオたちがいる方へ蹴り飛ばす。
蹴った時の衝撃から体格通りの体重に安心するが逆に人間の範疇に止まる体格でよくもまああれだけの動きが出来るものだと感心してしまう。それだけこのゲームではレベル、もといパラメータが重要なのだろう。白黒が秘める可能性にほくそ笑みながら追撃に出る。
歩之術理 縮地
踏み出すタイミングと勢いを嚙み合わせヤツとの距離を瞬く間に詰める。既にヤツは立ち上がっているが今からでは碌に守りも出来ないだろう。
攻之術理 廻脚
勢いを乗せた回転蹴りがヤツに直撃する。それなりの衝撃を受けているはずだがまたしてもヤツは身体が大きく跳ばされただけで目に見える外傷がない。それならばと縮地で再度近づく。殴りかかろうとする私を見て守りを選んだ悪魔は今度こそ腕をクロスして見せた。
攻之術理 震撃
防げるものなら防いでみろと構わずヤツを殴る。しかし今までの攻防のようにヤツが吹き飛ぶことはない。それが震撃。
「ん? なんーーダグガァアア!!」
一拍置いて悪魔の両腕が消失する。防御不可能なこの一撃は衝撃を相手の体内に浸透させ、そして解放させる。どんな強者も身体の中までは鍛えることが出来ないのだ。
「まだ表世界に英雄の卵がこれほどいるとは思いもしなかった! 貴様らをやれば主も喜ぶだろう。死に晒せ!!」
後退し、距離を取った悪魔が言う。
表世界に悪魔の主。深掘りしたい内容だが悠長に聞く暇は無いようだ。ヤツは両腕を再生させると右腕を肥大化させた靄が今度は全身を包むように絡まる。闇がヤツを覆い尽くした時、それは全身を着飾る鎧となった。
「そう来なくてはな」
腰に差した樹王を取り出し、その切先を悪魔に向ける。レオたちも集まった。
今からが本番、死合だ。




