戦いの始まり
会合が始まってから2時間ほど経過した時それは起こった。
「遂に魔物が動き出したぞ!」
掲示板を見ていた情報収集を生業とするクラン、隠者の館の一人が声を上げる。私も確認しようと攻略情報を主に話しあっている掲示板を立ち上げる。そこには阿鼻叫喚の地獄絵図...と言うほどでもなかったが魔物が攻めてきたのだと騒ぎになっていた。
「とうとう動き出しましたか。情報を纏めましょう。第一、第四の街、加えて王都に魔物が進軍中。第二、第三は依然として拮抗状態です」
「始まりの街では住民も応戦中のようです。ダンジョン都市でも同じく住民の冒険者が動いていて被害は軽微です」
「森林の街ではゴブリンやオークの集団が疎らに来ている。比率としてはオークの方が多いな」
「第三の街はどうだ?」
「鉱山の街にスタンピードは来てないみたいだな。ただ、鉱山から魔物が湧きだしているとの情報が入った」
掲示板の雑多とした情報が瞬く間に纏められ、情報としての価値を画一していく。結果がどうあれ王都にいる私では他の街をどうすることも出来ないのだがそれでも無事なのは良かった。どこの街でもそれなりに人付き合いがあったのだからその人たちが無事にこの騒動を切り抜けることを祈るばかりだ。
「ギルドから緊急依頼が出てるぞ」
「内容は?」
「王都防衛だ」
流石にギルドも動くか。この依頼を受けるのは確実としてギルド保有のアイテムを貸してもらえないだろうか。もしかすると役に立つアイテムがあるかもしれない。もし久遠と戦うことがあれば猫の手も借りたいと言うものだ。
「今日は解散しましょう。また何かあれば代表宛てに連絡をします」
その一言を境に会議室からぞろぞろと人が出ていった。私は一刀と聖の二人とこれからどのように動くかを話し合う。
「俺はもう少し情報を集めたい。それに俺の能力だと正面戦闘は苦手だからな」
「僕は監視のついでに城壁の上から少しでも魔物を減らしてみるよ」
「私も特にやることが無いから聖について行くとしよう」
「モニカさんだっけ? 彼女の見舞いに行かなくていいのかい?」
「インした時に聞いたのだが今は彼女に会えないようだ」
「それって重症だったの?」
「外傷は無かったと思うが精神的ショックがデカかったのかもしれない。モニカさんは仲間を何人も失くしてるからな」
「住民にはそう言った場合がある。お前も気楽にできるプレイヤーと組んだ方が良いんじゃないか」
一刀の言葉は一理あるが元から分かりきっていたことだ。住民と組むと言うことのメリットもデメリットさえも。それに今回の依頼は何事もなく終わる予定だった。こうなったのは元をたどればプレイヤーのせいだ。
現実準拠のこの世界、死とは既に隣り合わせで存在し、私たちがいる世界よりも命が軽い。そしてモードを現実寄りにしている私の眼下には死にゆく者たちを現実とたがわぬ姿で見せる。
「ゼロさん、今いい?」
「大丈夫ですがどうかしましたか、春ハルさん?」
聖と会議室から出ようとした時、春ハルさんに声を掛けられた。見れば彼女の背後には数人のプレイヤーがいる。全員が後衛職、それも魔術職に就いている者ばかりだ。春ハルさんが何をしたいのかなんとなく予想がついた。
「魔物の間引きを行うからゼロさんにバフを掛けてもらいたい」
「やはり、そうですか。勿論パーティを組んでってことですよね?」
「うん、そう。ゼロさんのオリジナルスキルは強力」
「僕は別に構わないよ。行ってきなよ。ゼロのオリジナルスキルもフルパの方がいいでしょ?」
「お前が良いなら構わないか。分かりました。春ハルさん、よろしくお願いします」
そう言う訳で予定を変更して春ハルさんたちと合流し、城壁に向かうことになった。今日一日はずっと城壁でバフを積む仕事になりそうだ。これ以上レベルが上がることは無いため経験値的には渋いと言わざるを得ないがやつらの動向を知るには高台からの監視が効果的だ。
「そう言えば天命、お前と同じ魔戦士のPKがいたぞ」
「ほぉ、そいつは珍しいな。どうだ強かったか?」
「まあ、戦略としては悪くは無かったがどちらかと言えば魔術士よりだったな」
「だろうな。魔術と武術系のスキルを差分なく使うのは骨がいる。俺もβの全てを習熟に当てたんだ、そう簡単に使いこなされてたまるか」
私の横を歩くこの男こそクラン天命会のマスターである天命だ。魔の森で魔戦士のPKと戦った時、焦らず対応できたのも天命と言う先駆者の動きを覚えていたからだ。もし初見で戦う事になっていれば剣から放たれる魔術の不意を喰らって負けていただろう。
「で、話は変わるがなんで魔戦士のお前がここにいるんだ?」
「硬いこと言うなよ、ゼロ。今からレベリングに行くんだろ? 俺も連れてけ」
コイツのレベリングを手伝うのは癪だがまあいい。曲がりなりにも天命は魔戦士で魔術もそれなりに使える。
それに天命以外にも春ハルさん、天命会の魔術士である雲雀、蓮の二人、そしてそよ風のサブマスターであるイダンがいる。これだけの面子がいれば火力不足に陥ることは無い。




