砦
空も白みだし、村人たちも大人は活動を始める頃、私たちはモニカさんやジーテスさん、クメロさんから見送りを受け、ラトリム村を発った。
やはり、モニカさんはこの村に残るようでユーリウスさんたちが戻って来るまでの間、村人たちの手伝いをするようだ。何でも王都に親族や友人がいる村人は村を出て王都に避難するらしい。
それ以外の者はどうなるのかと言えば、身寄りのないものが王都に行けば一時は凌ぐことが出来るかもしれないが結局野垂れ死にするしかないので村に残り、防衛戦を行うそうだ。
人手がない中、防衛戦など頭が沸いているとしか言えないが村長たちを筆頭に村人はやる気だ。
これも近くに騎士団の砦があり、緊急時には騎士に頼ることが出来るからかもしれないがこの世界の命は私たちの世界に比べて幾分も安いのだろう。スタンピードにこの村が飲み込まれないのを祈るばかりだ。
ユーリウスさんによればスタンピードは基本的に大都市に向かうようなので壊滅する可能性は低いとのこと。スタンピードは魔物の大群であり、大群であるが故に人口が少ない場所をわざわざ狙わずに都市を狙う。だが嫌な予感は拭えない。
ワールドクエスト発生から丸一日経過した今も掲示板には有益な情報が上がらず、スタンピードの目撃情報がない。制限時間は100時間であったが既に五分の一は経過し、それでも何も起こらないと言うのは不気味と言うしかないだろう。
それに今回のスタンピードはユーリウスさんたちが知っているものとは違う気がする。一応、彼らにもそのことを伝えたが心配し過ぎだろうと真に受けてもらうことは出来なかった。
私の思い違いなら良いのだがワールドクエストにもなるようなイベントがただのスタンピードで終わるはずがないと思うのはゲーマー故なのか。
「本当にスタンピードが起きるのでしょうかね。ここのところ魔物の活発化も視られませんし、訪問者の思い違いと言うことは無いのですか?」
「それはないと思います。私たちには一種の未来予知のような能力がありますからね。私が知る限り一度も外れたことはありません」
「それはまた恐ろしい能力ですね。アルージャの王に似た能力なのでしょうか。ですが現地調査を得なければ国は大っぴらに動けませんからね」
「そうだね。ウォルターさんからの報告だと既に3パーティが魔の森に入ったようだよ。緊急事態になれば向こうから連絡が来るってさ」
アナウンスは住民からすれば立派な能力と言える。何が起こるか、何が起きているかを知らせるゲーム特有の機能は実は一番強力なのかもしれない。
「魔の森に入ってからの行動についてもう一度共有しておこうか。まずは僕たちが砦から深部に向けて魔物の様子を調査していくからその間ゼロさんは僕たちと一緒に行動する。それで深部の手前に到達するか魔物が活発化しているようなら僕たちは帰還してゼロさんと交代。大雑把にこんな感じだけど皆問題ないね?」
「問題ありません」
「アタシもだよ。しかし、ゼロは大変だな。幾ら訪問者は死なないと言ってもアタシには出来ないさ。無事を祈ってるわ」
「効率的ではありますからね。ギルマスが頼み、ゼロさんが承諾したのなら私たちがとやかく言うことはありませんよ」
ジェシカさんは私が死ぬかもしれないと気に掛けているようだがデヴィッドさんの言う通りだ。住民がやるよりも確実に情報が手に入るのなら彼らは非情にならなければいけない。
例え、今回の依頼でデスペナルティを受けることになっても数時間もすれば解消し、いつも通りに動くことが出来る。それなのに金は貰えるのでこの依頼を受けないなどそんな選択肢は存在しない。きっと、死んでも多額の報酬金が支払われるのは今回だけだ。以降は相場も定まり、激減するに違いない。
「魔の森では戦闘は極力避けるつもりだから僕たちはデヴィッドの後を追うだけでいい。深部までは走って3時間ほどだから順調にいけば昼頃には調査も終わるかな。ゼロさんはその後、単独行動だけどもし深部に何もなければ砦に戻って来てくれるかい。馬を借りれるようにウォルターさんから書状を預かっているから」
ラピがいないため王都に戻るには馬を借りなければいけないが騎士団から借りることが出来るようなので足については大丈夫だ。ただし、今回の依頼は確実に死ぬ気がする。まあ、死ねば王都で復活できるので特に問題はない。
しかし、スタンピードもそうだが、PKたちが魔の森の深部を根城にしている可能性が高い。
名も知らぬPKなら十人来ようが処理できるが有名どころのPKが集団で襲い掛かって来れば手に負えず負けることになる。
叡智の探求者からはPKの情報を手に入れたらいい値で買い取ると言われたので指名依頼を果たすと同時にPKネタでも報酬を手に入れることが出来る。正に一石二鳥だ。
「見えてきたな。あれが魔の森の入り口だぜ。アタシはジョンたちに今までの話を伝えてくるよ」
ジェシカさんが示す先には砦があり、魔の森の外輪を囲うように柵が立てられている。森林の街に在った砦と造りが似ているがこちらの方が大きく、強固に見える。
私が砦を見ているとジェシカさんは走り続けている馬車から飛び降り、後方に続くジョンさんが操作する馬車の下に向かって行った。
ユーリウスさんは御者台で手綱を握っているが隣でデヴィッドさんは装備の確認をし始めた。
私も持ち物の確認をし、支度を整える。
二度目の魔の森だ。今度は何が私を待ち受けているのだろうか。




