指名依頼
指名依頼。それは春ハルさんが迷宮の街で受けたものと同じ冒険者ギルドのギルドマスターが発行する依頼の受注権を指定の人物に付与するものだ。要するにギルドマスターが特定の人物に依頼することを示す。そして、その依頼を受けるかの決定権は冒険者に委ねられると言うことだ。
指名依頼はBランクから受けることが出来るが指名されるにはギルドマスターから信頼が無ければいけない。そのため指名されることは冒険者にとって一種のステータスになる。
「指名依頼の話を頂けるのは有難いですが依頼内容によります」
「当たり前だ。内容も聞かずに受けやがったらEランクからやり直しにさせている」
指名依頼だからと調子に乗らず正解だった。春ハルさんの例があるため無条件で頷いても良いかと考えていた本能を押さえつけた理性には万雷の拍手を脳内で送っておく。
依頼内容が変異種の討伐である可能性の方が少ないのだから内容を聞かずに受けるのは馬鹿がすることなのだから当たり前ではあるが。
「内容だが魔の森の調査だ。お前たち訪問者の方が詳しいだろうが近々スタンピードが起こると街中で噂になっている」
「そうですね。私たちは神の声が聞こえるのですがそれによると確実にスタンピードが起こります」
「ああ、分かっている。ギルドの長ともなれば訪問者についての知識は持ち合わせているからな。お前たちが嘘を吐いていないことは重々承知だ。だがハイそうですかと動くことが出来ねぇのも事実だ。それは国も同じことだ。むしろ国の方が酷い。そこで俺がお前らに依頼を出し、実際にスタンピードが起きているのか調べてもらうわけだ」
依頼内容は別としてギルドや国の対応はかねがね予想通りだ。
私たちには神と言う名の運営により、スタンピードが起こることを知らされたがそのことを幾ら住民に言ったとしても信じて貰える可能性は低い。その程度しか私たちと住民の信頼は育っていないからだ。
しかし、もし私たちが言っていることが本当なら、それは一大事だ。国が動いて対処しなければ痛手を受けるのは目に見えている。
そこで冒険者に白羽の矢が立つのだろう。組織に属しながら少数の集団で行動する彼らは即時行動に適している。
だがスタンピードが起こる場所が魔の森ならば調査できる者は限られる。だから私だ。実力的に問題は無く、教会所属故に信用が出来る。そして死んでも惜しくない、正に最高の人材だ。
「その顔は......気づいたか。すまねぇな。俺はギルドマスターとしてお前を使い捨ての駒として使わさせてもらう。それが嫌なら断ってくれ」
「まさか。この依頼、受けますよ。死んだところで私たちは生き返りますからね」
「何、正気か? ......いや、助かる」
死ぬことを前提で依頼が出されても私は構わない。勿論、タダで死ぬのは御免こうむるが今は非常事態だ。役に立てるなら自己犠牲を躊躇ってはいけない。
たかが調査程度で住民の冒険者に死傷者がでればそれこそ防衛時に困るからな。まあ、その代わりと言っては何だが報酬はたんまり頂くとしよう。
「話は終わったようですね。僕たちはどうすればいいですか?」
「待たせちまったな、ユーリウス。よっしゃ、ゼロが依頼を受けてくれると言うことだし、早速詳しい内容を詰めていくぞ。それでいいな?」
頷きながら考える。てっきり私は一人で魔の森へ調査に行くのだと思っていたがユーリウスさんも同行するのだろうか。
「まず最初にゼロのランクだがAランクまでに引き上げておく。ここまでが俺の一存で上げられるランクの限界だ。Sランクを目指すなら他国のギルマスに認められなければいけない。でだ、お前のランクをAにしたのはギルド保有のアイテムを貸し出すためだ。これがAランク以上の冒険者の特権と言っても良い」
Bランクを飛ばしてAランクまで一気に昇格してしまった。行けるかもしれないと思っていただけにそこまで驚きはないが実際は凄いことなのだろう。ウォルターさんの話によればギルドマスターの手で上げられる最大ランクだからな。
しかし、Aランクの特典はギルドからアイテムを借りられることだったのか。正直、Cランクのクラン設立権利しか興味が無かったので知らなかったが借りられるアイテムによっては相当有用な特典だ。
「そのアイテム、まあ、通信道具だがこれを使って魔の森の状況をギルドに伝えることが任務だ。この指名依頼はお前たち以外にも数パーティ程が参加する。ただし、訪問者はゼロだけだ。お前に言っても仕方が無いことだが担保がない訪問者を指名できるほど信用できない」
それについては納得はしても賛成はできないが私がとやかく言っても仕方がないので口を閉じる。
本音を言えば訪問者が信用に足らないなどこの際どうでもいい。今はスタンピードの状況がどうなっているのかを如何に速く、正確に知るかが問題なのだからプレイヤーによる人海戦術で魔の森を調べた方が確実性は高い。
それがギルドの依頼として出されれば大抵のプレイヤーが調査に協力するだろう。しかし、ギルドは万が一を考慮するとその手段を取れない。また王国も無闇矢鱈とプレイヤーを魔の森に入らせることは頑なに認めないはずだ。
最善があっても柵によって次善手を選ばざるを得ない。現実とはそう言うものだ。




