試験終了
「まさか!?」
ユーリウスさんは驚きに顔を歪めた。彼が使った残り刃とやらは剣の軌跡を空間に魔力の糸として残す技なのだろう。その特性上、残り刃が発動した時に私はダメージを受け、移動した先にも魔力糸が張られていたので攻撃を受けた。
しかし、魔力糸はいつまでも残っているわけではない。それこそ一度何かに触れればそこに張り巡らされた魔力糸は無くなる。
故に3メートル程まで伸びた刀身は少しの傷を無数に付けるように振るわれる導魔に導かれ、魔力の糸を切断していく。さらに刀身を覆う漆黒の靄は魔力糸に触れる度に浸食し、残り刃の効果を強制的に発動させていく。
ただ導魔で斬るだけでは大多数の魔力糸が残ることになる。だが触れた対象のHPを削る呪いを付与された攻撃なら多くの魔力糸を消すことが出来ると踏んでいたが予想通りだ。
蜘蛛の巣を燃やしたかのように黒い靄は空間中に広がって行き、残り刃によって生み出された魔力糸を消し去る。
見える範囲で魔力糸が殆どなくなったのを確認してユーリウスさんとの距離を詰める。決して油断はしない。しかし残り刃を発動させた瞬間から彼の身体を循環していた魔力の殆どが消えたのを見ればユーリウスさんが打てる手は少ない。
それを証明するようにユーリウスさんは魔力を2本の木剣に集中させた。身体を覆う魔力が木剣に移り、魔力視を通した視界を明るく輝かせる。
賭けに出たのだ。身体強化を捨てて正面対決で私を制しようと。だから私はそれに応える。残りのMPを消費して、ただ純粋に導魔に魔力を纏わせる。導魔は暗く輝く。ユーリウスさんの木剣とは対照的だ。
縮まる距離。ぶつかり合う気迫。空気を裂く二つの猿叫。それらが頂点に達した時、互いの間合いが重なる。
攻之術理 横断
阿吽の呼吸で放たれる2つの軌跡と1つの軌跡。
1つは掬い上げるように下段から上段に向かう。
1つは愚直に真一文字を描く。
2本の木剣と1本の木刀がぶつかった。
その得物たちは鬩ぎ合うことは無かった。
得物が折れる音が2つ。肺から空気が漏れる音が1つ。
「っがぁ!!」
......導魔を腹に打ち付けられたユーリウスさんが崩れ落ちた。
「っ、すみません。ハイヒール」
腹を抱えて蹲るユーリウスさんにハイヒールを飛ばす。
今ので勝負はついた。これ以上攻撃を仕掛けるのは反則に値する。私は研ぎ澄まされていく殺気を押さえ込み、燃え広がろうと滾る戦欲を沈下させた。
住民のHPは知ることが出来ないので彼の容態が落ち着くまでは掛け続けた方が良さそうだ。ついでにハイリジェネーションも使っておこう。
それから数分してユーリウスさんが立ち上がる。片手を腹部に当てて辛そうにしているがハイヒールによってHPが回復しているので命に別状はない。
「ゼロさんって本当に神官かい? まさか奥の手を使っても負けるとは思わなかったよ」
「私もそれなりに武術を嗜んでいいますからね。それより大丈夫ですか?」
「ゼロさんが治癒をしてくれたおかげ動く分には問題ないよ。さて、僕は結果をギルドに伝えないといけないからこれで試験は終わりだね。ゼロさんは問題なく昇格できると思うけど。結果は2時間後くらいには分かるかな?」
戦闘内容が濃厚だったせいで戦闘が終了してからは実にあっさりしたものだ。
その後、少しの会話をしてからユーリウスさんは試験場を出ていった。腹部に当てられた手はそのままに右手には訓練場の端にあった棒を杖にしている。本当に大丈夫なのだろうか?
しかし試合には勝ったが勝負には負けたな。本当はメタモルフォーゼを使う予定は無かったし、導魔も出す気は無かった。
スキルや武器は持てる力の一部であるわけだから減点されることは無い。それでも硬魔と聖書だけで勝ちたかった。
それに言ってしまえば、ユーリウスさんはただの木剣で私が使った銀樹刀は歴とした武器だ。訓練で使うような物ではない。
まあ、残り刃と言う彼の奥の手を使わせたことはよくやったと自分を褒めてやりたい。その後の対応も最善だったのではないだろうか。あそこで動いていれば本当にデスペナを受けていたはずだからな。
「さて、教会にでも寄って時間を潰すとしよう」
ユーリウスさんが言うには2時間で試験結果が出るらしい。試験自体は大して時間が掛かっていないのでまだ11時半にすらなっていない。このままログアウトして昼食を済ませ、リアルの方で休憩すると言う手もあるが向こうの世界でやることなど殆どない。それこそ鍛錬しか思いつかない。
それなら教会でスタンピードを経験した者が居ないか、スタンピードの記録が残っていないかを調べた方が時間の使い方としては有用だ。
そうと決まれば早速行動に移る。そう言えばギルドから教会まではそれなりに距離があったな。歩くとすれば往復するだけで軽く2時間は飛ぶことになる。
仕方ないので馬車を使うとしよう。街が大きいと移動に時間が掛かるのは考え物だ。それに馬車の乗車料も安くはない。ラピに乗って行けたら楽なのだが街中で走らせるわけにはいけないので諦めるか。
幸い、春ハルさんに風翼の髪飾りを売ったおかげで数万バース程度の出費は気にする必要は無かった。




