チェックメイト
「逃がさない。ブルースターター」
一条の青電が荒野を駆け抜け、ハーピークイーンに迫る。
ヤツはそれをひらりと躱し、お返しと言わんばかりに鎌鼬を飛ばすが未だ続く弾丸の乱れ打ちに耐えていた柱にぶつかり、弾かれて消失する。
「嘗めないで。アクティブスペル......トリプルスペル......ダウンバースト。ゼロさん、あいつの動き止めれる?」
空に三重で魔術陣を構築し、即座にダウンバーストを発動させた春ハルさんが私に尋ねてくるので頷く。今は詠唱中だがヤツはバルネラブルの効果により状態異常への耐性が下がっている。なので、もとからデバフの詰め合わせを用意していた。
「ギダギダジヂ!!」
「【対極は終ぞ絡み合う〈連続詠唱 八種黒〉】」
ヤツが厭らしく口を歪めて上空の魔術を発動させるのと私の詠唱が終わるのは殆ど同時だった。
私が構築した8つの魔術陣からはデバフが飛び、ヤツが展開した魔術陣からは巨大な空気の塊が生み出される。
それは魔力視が無くても可視化できるほどの魔力量を秘めており、ヤツがニタリと嗤うのも無理はないだろう。言ってしまえば春ハルさんが使ったダウンバーストの上位互換だ。
それが徐々に地面に向かって、私たちに向かって落下してくる。
空気の塊と言えばそれまでだが圧縮されたそれは人など簡単に潰してしまうほどの質量を有する。例えるなら隕石が落ちてくるようなものだ。
当たれば瀕死は確定で避けたとしても落下時に引き起こされる衝撃によってダメージを喰らうところまで想像できる。
だが、それは私に触れることで搔き消えた。
どれほど凶悪な攻撃だろうと魔導であるなら私の前ではただただ無に帰す。それこそが万象夢幻の効果だからだ。対価として黒の十字架が10個、砂塵となって消えるが黒の十字架の効果はこの戦いでそこまで必要ないので問題は無い。
私の前でハーピークイーンが動きを止めるのを今かと待ち受けている春ハルさんも上から迫って来ていた濃密な魔力が一瞬にして消滅したので驚いている。表情も分からないのに何故それが分かるのかだって? それは彼女の耳と尻尾がピンと立っているからだ。......目の前にあるとついモフりたくなるな。
邪心を取っ払い、私が行使したデバフを操作する。
完全な手動操作はできないがある程度なら軌道を変えられるのが魔術と言う物だ。
ハーピークイーンは魔術が無効化される荒唐無稽な事実を目の当たりにするもどうにか立ち治り、紫電などを避けようする。しかし、三重に展開されたダウンバーストはヤツを叩き落とすことは出来ないまでも、その機動力を大幅に落とすことに成功している。
ここまでお膳立てされては外す方が難しい。
8つの魔術が次々とハーピークイーンに当たり、判定を強いる。
今回のデバフ詰め合わせセットはエンチャント・クリアダウンから始まり、最後にパラライズで終わるようにした。同時に当てないのはひとつずつ判定をさせるためであり、MND減少のデバフが決まれば残りの状態異常系のデバフもすんなり入るからだ。
一つも入らない場合に備えて次の魔術を用意しているが、結果はどうか。
......ハーピークイーンが空から落ちてくる。
まるで気絶したかのように落ちていく様は滑稽だが無事デバフが入ったようで安心だ。
鑑定で覗けばMND減少から始まり、気絶や五感損失、麻痺などの状態異常が表示されている。
「後は私に任せて。確実に倒す。【威力の上昇を指定。効果の上昇を指定。無鎖からは逃れられない】これで終わり。インパクト」
墜落して地面に叩きつけられ、同時に鎖で幾重にも拘束されたハーピークイーンはもはや身体の一部さえ動かすことは出来ないだろう。そんな哀れな状態にされた後、ヤツの内部で衝撃が放たれた。
即死の一撃だ。誰が見てもそう答える他ない攻撃がヤツを襲った。
本来なら熟れた無花果のようになるだけで済んだかもしれない頭部はいろいろと強化が乗った攻撃を受けて損失と言う形に収まった。
しかし、いささかグロデスクで不均一な断面も数瞬の内に光の粒子となって消えていく。
〈戦闘が終了しました〉
〈称号〈ドクトゥスハンター〉を獲得しました〉
ヤツが最初から本気で来ていたら危なかったが久しぶりに緊迫する戦闘が出来た。
特に最後のデバフ掛けは緊張した。あれが効いていなければパラライズなどのリキャストタイムが終わるまで他の魔術で凌がなければいけなかった。
今回だけは無駄に乱数の神も微笑んでくれたようだ。それはもうニッコニコだったに違いない。
「お疲れ様。魔術を消したのはオリジナルスキル?」
「お疲れ様です。あれについては秘密と言うことで」
「分かった。でも、助かった。ありがとう」
「お気になさらず。春ハルさんも流石でしたよ」
「そんなことない。ゼロさんの強化があったのにフラッシュオーバーで倒しきれなかった」
戦闘の結果に納得が行かないのか、頬を膨らましている春ハルさんだがただひたすらに可愛いだけである。
危ない、これ以上踏み込めば紳士服を着なければいけなくなる。無心だ。無心を保て、私。
そんな阿呆な思考は地平線の彼方へと飛ばし、私もハーピークイーン戦について振り返ってみる。
大量のハーピーについては本当に手も足も出していないのであれだがハーピークイーンとの戦闘は総じて悪くは無かったのではないだろうか。
確かに春ハルさんの言う通り、フラッシュオーバーを使った時に倒せていれば完璧な勝利だがそもそも相手が変異種なので仕方がない。
始まりの街で戦った変異種はホーンラビットの黄金種であり、比べるまでもないが鉱山の街のフィールドボスだった強化種のマーキュリーゴーレムよりも数倍強力な相手だ。
あれ? ......もしかして変異種をコンプリートしてる? 可笑しいな。変異種とはそう簡単に会えるものでは無いのだが。
いや、今回は春ハルさんの誘いなので偶然ではないか。それにしても変異種が多いのは否めないのだが......まさかな。
「ん!? ゼロさんはドロ何?」
虚空を眺めていた春ハルさんの眠たそうな目が一瞬だけ大きく開かれた。それから、できれば聞いて欲しくない質問を投げかけてきた。




