解呪
「それなら私が解呪を試してみましょうか」
「え?」
「言ったでしょ。こう見えても私は神官だと。解呪の魔術は心得ていますよ」
住民と訪問者ではスキルがあっても覚えられるアーツは違うのか? 光魔術を選んだプレイヤーならディスペルを使えるが、同じ光魔術を持っているはずの住民の神官が使えないとなるとスキルレベルが上がるとアーツを習得できるのはプレイヤー専用の仕様の可能性があるな。
これって、あくどい商売できるよな。私は呪いを解くことができて、アリアさんたちは解呪できる人を探している。しかし、私以外に解呪ができる神官が近くにいない。つまり莫大な金銭を要求しても払わざるを得ないということだ。
......いや、流石にしないぞ? だからそんなゴミを見るような目でこちらを見るな。あくまで候補の一つだよ。ここでそんなことを言えば住民にも【鬼畜神官】などと呼ばれてしまうじゃないか。
冗談はさておき、ここまで来たのだから最善は尽くすさ。これは神官としても少年を助けた責任としても果たさねばならないことだからな。
「で、ですがゼロ様、我が家には解呪の費用を払えるほどお金に余裕があるわけではないのです。なので、お気持ちだけいただきます」
そんな悲しそうな顔で言うのはやめて欲しい。まるでこちらが悪役ではないか。謙虚なのはいいことだが、人は強欲なくらいがちょうどいい。それにここまで知りながら、はい、さよならなどできる訳がないだろ。流石の私とてそこまで神経が図太いわけじゃない。
「お金のことは気にしないでください。乗りかかった船ですから」
「ええ、ええ。本当にありがとうございます」
アリアさんがスカートの裾を強く握りしめ、顔を俯かせる。静まりかえった応接間にはアリアさんの声を押さえて泣く音だけが鳴り響く。
メイド長のカタリーナさんがアリアさんの横に付き、アリアさんの手にそっと手をかぶせる。次第にすすり泣く音は静かになっていき彼女が顔を上げた時、彼女の頬には一条の雫が流れ落ちていく。泣くのはまだ早い。解呪が成功するか分からないので喜びの涙はまだ少し先にとっておいて欲しい。
「早速ですが始めます」
そう言って私は立ち上がり腰に装備していた聖書を手に取る。これで解呪に成功しなかったらまた気まずい空気に逆戻りだ。なので、私ができる全力でアーツを行使する。
まあ、失敗しても力技で何とかしようとは思うが上手くいく保証はないのでこれで解呪できればいいのだがな。
「ソピアー......エンチャント・イエローアップ......エンチャント・クリアアップ......ハイエンチャント・イエローアップ......ハイエンチャント・クリアアップ」
解呪に必要になるであろうバフを使用し、少しでもパラメータを上昇させる。幻想的な光が私を照らし黄色と半透明なオーラが私を包み込む。これで下地はできた。後は詠唱を使ってさらにイメージを安定化させてやれば完了だ。
「【不浄を消し去る聖光 穢れを祓う聖言 呪われしかの者に救済の手を〈ハイディスペル〉】」
私が行使した魔術は魔術陣をアリアさんの真下に展開し、白く優しい光の泡沫を生み出す。そして、その光の泡沫がアリアさんに触れた、その瞬間ーーー
パリン!
そう、音を立て魔術陣に亀裂が入る。亀裂が入った魔術陣からはどんどん魔力が漏れ出し、しまいには魔術陣自体も崩れて消えてしまった。
今の感じからして私が使ったハイディスペルがレジストされたみたいだな。だが、これでアリアさんの体調が悪化している原因は呪いかそれに準ずる何かだと確定した。
「ゼロ様、でも......ダメ、でしたか」
先ほどまで明るかった部屋の空気は再び暗くなっていく。それもそうだ、治るかもしれない。そう思い希望を抱いていたのにいざ蓋を開けてみれば解呪には失敗。
解呪を受け持ったのが師匠の弟子と言うのも大きかったのだろう。世間にはどう思われているのか分からないが宗教国のトップの人たちが集まったのが彼ら、聖魔典管理神官だ。それはさぞ期待も大きかったのだろう。
自分で言うのもあれだが私のレベルはプレイヤーの中ではトップレベルだ。その私が行使した魔術がレジストされてしまった。これはアリアさんにかけられている呪いが相当高位の呪いだと言うことになる。
だが、これは想定内......ではないが、こうなることも考えてはいた。それにまだ、私には奥の手が残っている。これが実際に使えるかどうかはまだ試していないので変な希望を持たせないよう、まだアリアさんに伝えることはしない。
「すみませんが少し席を外させてもらいます。それと、ジェスタさん、少し話したいことがあるのでお時間いただけますか?」
私はジェスタさんにそう告げ応接間を出る。私が扉を出てすぐに執事のジェスタさんもそれに続き応接間から出てくる。彼も年のせいで増えている皺をさらに増やして悲痛な顔をしており、これには話しかけるのを躊躇いそうになる。
しかし、まだアリアさんが助かる可能性があることを彼には伝えなければいけない。それを聞いた時彼はどんな顔をするだろうか。安堵した顔か、それともまた失敗するのではと怪訝そうな顔をするのか。
私に残っている最後の方法はオリジナルスキル〈白黒〉を使うこと。これを使えば圧倒的なステータスで無理やりアリアさんにかけられた呪いを解除することができる......可能性が0ではない。




