少年の母親
門番に敷地内に入れてもらい少しの間待っていたら、屋敷の扉が開きメイド服を着た二人の女性がこちらに向かってきた。
「レイ様!! 屋敷の者、総出で探したのですよ。まったく、どこに行ってたのですか?」
「......ごめんなさい」
「それじゃあ、どこにいたかの答えになっていないじゃないですか。はぁ、しょうがないですね。あなた、とりあえずレイ様の汚れを落としてきなさい」
「分かりました、メイド長。さあ、レイ様、行きましょう」
あいつ、やるな。まるで疾風のごときスピードで少年を引き連れて屋敷の中に入っていったぞ。あれがメイドか。恐ろしい生き物だぜ。
冗談はさておき、ここに残った老齢で黒髪の女性がメイド長と呼ばれる人か。私が彼女を見ると向こうも私の方をまるで品定めするかのように見返してくる。そこに先ほどの門番が近づき耳に手を当てなにかを伝えている。
何を言っているかは聞こえないがどうせ『あの人は教会の人間です』とか言っているのではないかな。門番も私が教会の者だと分かってからは丁寧に接してきたので悪い方には転ばないだろう。
「この度はレイ様をこちらまで連れてきていただきありがとうございます。私はノーレクト家でメイド長をしております、カタリーナと申します。聞けば貴方様はアルテイオ様のお弟子様だとのこと。お礼をさせてもらいたいので、もしよろしければ屋敷に上がってはもらえませんか?」
メイド長のカタリーナさんが優雅にカーテシーをし、私に聞いてくる。私も少年の母親に用があるため頷き、返答する。
私が承諾したのが分かるとカタリーナさんは屋敷に向かって歩き出し、私を屋敷の応接間まで通す。応接間までの道のりは綺麗に掃除されており、使用人の仕事の良さが窺える。それに廊下に置いてあったオブジェなども金色でゴテゴテした物ではなく落ち着いた色合いの花瓶などであった。
応接間に入ると、父親の方は今は仕事で家を空けているため少年の母親を呼んでくるからこの場で少し待っててくれと言われた。
少年の母親が来るまではソファーに座り、扉の横に立っていたメイドに入れてもらった紅茶を飲みながら目の前にあるお茶請けのクッキーを口に放り込む。
砂糖の甘さにほのかに香る果実の匂いが食欲を刺激する。一つまた一つと食べるうちにいつの間にか皿にあったクッキーはなくなってしまった。もしや私が気が付かない間にそこのメイドが食べたのか?
お茶請けがなくなったのを見てメイドが新しく追加しようとするがあんなもの無限に食べれてしまうので遠慮し、紅茶を口に含む。この紅茶も高級品だろうな。
毎日紅茶を飲むわけではないが今まで飲んできた紅茶の中で一番香りが強い。これにも果実が使われているのかフルーティーな香りだ。
コンコンコン
優雅なひと時を楽しんでいるとドアがノックされる。あれから少し時間が経ったので少年の母親が来たのだろうな。失礼がないようにソファーからたちドアが開かれるのを待つ。
「お待たせして申し訳ありませんでした。私はレイの母親のアリス=ノーレクトと申します。今回はあの子を家まで送っていただきありがとうございました」
扉が開き応接間に入ってきたのは少年と同じ白髪に蒼色の瞳を持った女性だ。年のころはまだ20代前半ともいえるほどに若々しい。しかし、少年が言っていた通り体調が優れないのだろう、しゃべるのも辛そうで呼吸が乱れている。
それと少年の母親、アリアさんと一緒にメイド長と執事服をきっちりと着込んだ男性も部屋に入ってきた。執事服を来た男性はメイド長と同じくだいぶ高齢のようだ。だが、その眼光は決して私を逃さずにいる。
「これはご丁寧にどうもありがとうございます。すでに知っているかもしれませんが私の名前はゼロと申します。ちなみに教会に属する身ですが一応訪問者です」
互いの自己紹介が終わるとアリアさんに座るように促され再度ソファーに座る。彼女も机を挟んで対面にあるソファーに座るがその時、執事服の男に手を借りていた。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。実は私、最近体調がよろしくなく、こうして人の手を借りないと碌に生活もできなくなってしまいまして」
私が、アリアさんが執事に手を借りているところを見て彼女はそう言った。
手を借りなければ満足に生活できないって相当深刻な状況ではないか。彼女は体調不良と言っていたが何か病気を患っているのではないだろうか? だが、病気だとして光系統の魔術にそれを治癒する術があるのか知らない。それにあったとしても今の私には使えない。
「ええ、そのことは存じております。なにせ私が屋敷に上がらせてもらったのも神官として何か役に立てればとの思いがあったからですしね。まあ、少年のあなたへの思いを聞いたから、と言うのが本当の所ですが」
「レイの思いですか?」
「そうですよ。少年の思いです。私が少年にあったのは魔の森の麓でしてね。私が街に帰ろうとしたときどこからか悲鳴が聞こえたのです。そして、そこに駆けつけた時には魔物に襲われそうになっている少年がいました。
もう少し助けるのが遅かったら悲惨な目に合っていたかもしれませんが少年を助けた後に何故此処にいるのかと聞いたら『お母さんを助けるため』だと教えてくれました」
「それで話を聞けば母親の体調が悪く、何とかして助けようと魔の森まで薬草を探しに来たのだと少年は言いました。ですが、薬草の知識もなく、私もどの薬草が効果があるのかは知らなかったためこうして僅かながら力になれればと思いここに来させてもらったわけです」
私がそう語ればアリアさんは人差し指で目元を拭うのであった。




