少年の救出
悲鳴が聞こえてきた方に目を向ける。どうやら悲鳴は私の後方、つまりエルダーが生息するエリアから聞こえてきた。今はとにかく声の発生源まで急ぐか。
自分にかけたデバフを解除するために〈聖魔術〉のハイディスペルを使い、AGI上昇のバフをかける。
悲鳴が聞こえると言うことはここからそう遠くない所にいるだろう。
感知系のスキルをフルに使い、索敵範囲を広げる。今は危険な状態だろうから早く見つけてやらねば。スキルを発動しながらエルダーがいる林の中に再度戻る。
「クソ。どこにいるんだよ」
スキルの効果範囲が狭くて役に立たない。目視での確認もしているのだが風景に変わりはなく時間だけが過ぎていく。流石に悲鳴を聞いといて見捨てると言うのも後味が悪い。早く探し出さなければと思うがなかなか見つけられず徐々に焦りだけが積もっていく。
「そっちか!!」
再び叫び声が聞こえてきた。声の発生源は私の右てだった。すぐに体を動かして声の主の下に向かう。今度は最初よりも鮮明に声が聞こえたため近づいてきてはいる。
今の声からしてまだ殺されてはいないようだが、ここにいる魔物がトレントンの中でも上位のエルダーだとすればいくら相手が動かないとは言え、襲われている者にそこから逃げろと言うのは酷な話。
「見つけた」
ついに子供の姿を捉える。その子供は恐怖で腰を抜かしてしまったのだろうかその場に座り込み動こうとしない。いや、逃げようとはしているが恐怖が勝ってしまっているのだろう。
ただの子供がこんなバケモンに勇敢に立ち向かえるはずがないのだから。
だが、悠長なことは言ってられない。子供との距離は残り数十メートル。しかし、すでにエルダーが枝を振ろうとし数瞬のうちにその子供は吹き飛ばされるに違いない。
「だれがたずけで!!」
それはその子供、いや少年も分かっているのだろう。最後の力を振り絞って今できる限りの声で助けを求めている。
だが、安心するといい。私が来たからには必ず助けてやるさ。
エルダーが枝を最高点まで持ち上げる。このまま走っていては少年を助けることは叶わない。
走る足を休めることなく進みながら前傾姿勢を取り前方に跳躍。地面に足が着く瞬間、足をバネのように縮めーーー
歩之術理 縮地
少年の傍まで高速で移動する。
「良くぞ耐えたな、少年。後は私に任せろ」
驚いた顔で私を見る少年を横に左手を眼前に持ち上げ、本を握る動作をする。すると腰に指していた二振りの銀樹刀が送還され、私の左手に〈聖書【領域の拡大】〉が握られており、もう一つの武器である〈古めかしい魔書〉も私の周りに浮遊するように召喚される。
銀樹刀でエルダーの攻撃を止めることはできるが、もしも少年に攻撃が当たるようなことがあってはいけないので今回は神官スタイルを選択した。
ついにエルダーが枝を振るう。限界まで溜めた枝による一撃は風切り音を鳴らし私たち目掛けて振るわれる。
この光景に少年は再び絶望に呑まれ目を暗くする。
「【我が聖域は絶対不可侵の領域〈ホーリープリズン〉】」
詠唱をすることで行使する術の完成度を向上させる。私が発動したホーリープリズンはエルダーの攻撃が当たる直前、私と少年を囲むように十の魔術陣が現れ光の柱を遙か上空に向けて伸ばす。
詠唱の補助が入ったホーリープリズンは通常よりもわずかに硬化し、エルダーの攻撃を防ぎきる。しかし、連続で攻撃されてはいずれは壊されてしまう。
「少年、怪我はないか?」
「あ、ありがとうございます。神官さま。ケガは......ありまぁぜん」
少年は自分の身体を見て怪我をしていないことを確認するとホッと息を吐き、泣き出してしまった。きっと自分が殺されそうになった恐怖と自分は助かったんだという安堵が一気に襲ってきたのだろう。だが、未だ戦闘は継続中だ。
「少年、泣きたいのは痛いほど分かる。だが、今は泣くな。私は今からコイツを殺る。そこから一歩も動くなよ」
少年は手で荒く涙を拭き、しっかりと私の目を見て頷く。
私が発動したホーリープリズンも何度もエルダーの攻撃を食らっているため表面に亀裂が入ってきた。この守りが壊されるのは時間の問題だ。ホーリープリズンが壊れたら一気に攻め込むに限るな。余計な時間をかけるとせっかく助けた少年に被害が及びかねない。
メタモルフォーゼで再び武器を銀樹刀に変換する。
「【我 魂を清め穢す者 我が領域を侵す愚者には呪言を囁き我が親睦なる者には祝福を授ける 生死流転の権は我が手にあり〈連続詠唱 七種白黒〉】」
ホーリープリズンが壊される前に連続詠唱をし、七種の魔術を発動させる。赤のオーラが私を包み、物理攻撃を防ぐ盾と魔術攻撃を防ぐ盾が少年の周りに出現する。
さらに黒の魔術陣から飛んできた虫が私の中に入りSTRを底上げし、再度召喚した〈銀樹刀 導魔〉に 真っ黒な靄が纏わりつき、エルダーは薄暗い茶色のオーラが絡みつく。
そして、ホーリープリズンが破壊されると同時にエルダーに向かって飛来した紫電が当たり麻痺の状態異常を付与する。
完璧な流れではないか。だが、まさかパラライズが入るとは思ってなかった。保険の一手を切らなくていいのはありがたいな。
そして、私たちのすぐ近くで麻痺により動けなくなった枝を銀樹刀で切り飛ばし、エルダーに向かって駆けだす。麻痺の効果時間は短いので早く止めを刺さねばならん。
エルダーに近づくとともに〈白黒〉でパラメータを上昇させていきさらにエルダーに接近する。麻痺が解除されたことで私に対してあらゆる方向から攻撃が飛んでくるが全て銀樹刀を用いて切断する。
ポリゴンが流れて視界の邪魔になるがエルダーのヘイトを私に向けておかないと少年にヘイトが向いた時の対処で時間を取られるので煩わしいが諦める。
迫りくる枝による攻撃は切り飛ばし、根っこの攻撃は避けてアーツを行使する。この攻防を続けるたびに私の攻撃はエルダーのHPを大きく削り取るようになり、それから数合打ち合わせたのちエルダーは粒子をまき散らしながらはじけて消えていった。




