1日目
あるところに、ひとつの王国がありました。山には緑があふれ、澄んだせせらぎがいくつもの大きな川をなし、深い森と広い平原、笑顔のひとびとが暮らす村や街がある王国でした。
王国をすべるのは、アスワールという名前の若い王様でした。あまり笑わない、けれど心優しい王様です。ひろい宮殿に住んでいて、いつも忙しく国のことを思っていました。
ある日のことです。
「近頃とんと眠れない」
目が覚めた王様は、メイドに洋服を着せてもらいながら、おつきのものに言いました。
おつきのものはラティフという青年です。王様がまだ王子様のころは、いっしょに遊んだり、いっしょに勉強をしたこともありました。
ラティフは言いました。
「それでは王様、寝物語はどうでしょう。王様がお眠りになるまで、枕もとでお話を語るのです」
なるほど、と王様は思いました。
王様にはまだ王妃様がいません。王子様もお姫様もいません。眠るときはいつだってひとりです。
しんと静まり返った夜の空気などは好きですが、寝物語を枕に眠るのは、たいそういいことのように思えました。
「それはいい。ならば、寝物語を語るものを集めてくれ。だが、1人では話がかたよる。7人集めてくれ」
「かしこまりました。ですが王様、これは特別なおつとめです。ほうびを与えるのが良いかと思います」
「もちろんだ。お前はなにを与えたらいいと思う?」
王様の宝物庫にはたくさんの宝石や金の杯、美しい彫像や珍しい本、立派な毛皮などがあります。どれもほうびに与えるには十分なものです。
うーんと少し考えて、ラティフは言いました。
「それでは王様、これらを揃えてみましょう」
そう言って、ラティフはパンパンと手をたたきました。
やってきた7人のメイドたちに、ラティフは言います。
「お前は中庭に生えている花の中で特に美しい花を7輪摘んでおいで」
「お前は王様の図書庫から、誰もが夢中になる本を6冊持っておいで」
「お前は小物職人のところへ行って、手鏡を5つ作るように言っておくれ」
「お前は宝物庫から玻璃で出来た香水瓶を4つ持っておいで」
「お前はお針子たちに、この世に3枚しかない毛皮の仕立てを頼んでおいで」
「お前は厩舎へ行って、馬丁に馬車を2台用意してもらっておくれ」
「お前は宝物庫から1番大きくて美しい宝石を持っておいで」
メイドたちはラティフに言われるとてんでばらばらになっていきました。
やがてそれぞれが言われたものを持って戻ってきて、王様の前におきました。馬車だけは、中庭につながれましたけども。
「7人には、1日ずつほうびを増やして取らせましょう。1人目は1日目なので花を1輪だけ、2人目は2日目なので花を1輪と本を1冊、ほうびにもたせるのです」
「ならば、7日目の7人目は、全部を1つずつもらうのか」
「そうです」
「なるほど、わかった。それでは7人を探してきてくれ」
「かしこまりました、王様」
にっこり笑ってラティフは言いました。
そうして、7人の寝物語を語る者が集められました。
ひとりはお茶会に参加するために宮殿に来ていた貴族のお嬢さんでした。
ひとりは宮殿に小麦を卸しに来ていた普通の少女でした。
ひとりは宮廷楽団の青年でした。
ひとりは地下牢に繋がれていた盗賊団の女でした。
ひとりは誰かが連れ込んだ娼館の少年でした。
ひとりは前日の宴に呼ばれていた踊り子でした。
ひとりは宮殿に商品を売り込みに来ていた旅商人の青年でした。
「お部屋がないので、7人は後宮へお泊めします。夜になったら、わたしが今宵の寝物語を語る者の部屋へお連れしましょう。お褥を整えておきますので、そのままおやすみになってくださいませ」
「それは楽しみだ。ラティフ。やはりお前は俺のことをいちばんに思ってくれる。ありがとう」
王様はそう言って、幼いころから自分の世話をなんなりとやいてくれるラティフににこりと笑いかけました。
その日の夜です。
王様が案内されたのは貴族のお嬢さんがいる部屋でした。
「貴族の娘ならば、宝石が欲しいのではないのか」
王様がふしぎに思って聞くと、貴族のお嬢さんは、
「いいえ、わたくしはそのようなものはたくさん持っているのです。お花を1輪いただくだけで十分です」
そう言って貴族のお嬢さんは、獣のふりをする蛇の話をしてくれました。