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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
98/185

【魔女の絵本② ねこのりょうりやさん】




【魔女の絵本② ねこのりょうりやさん】




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 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十体のぬいぐるみ。




 ◆◇◆




 むかしむかし、あるところにハイヒールをはいたつややかなねこがいました。


 つややかなねこはとってもきらきらしています。きらきら、きらきら。

 きらきら、きらきら。たくさんのきれいなほうせきできらきらしています。


「きれい!」「うつくしい!」「かわいい!」「とってもすてき!」「おしゃれ!」


 みんな、つややかなねこをほめました。ほめました。ほめました。ほめました。ほめました。つややかなねこはみんなのあこがれ、にんきものです。


 たくさんのほうせきをちりばめて、つややかなねこはまいばんまいばん、よるをきらきらてらしていました。みんなはつややかなねこにむちゅうです。めろめろです。




 でも、つややかなねこはあまりうれしくありませんでした。




 なんでかって?


 かえるおうちがなかったからです。つややかなねこにはおうちがありませんでした。だからまいばん、よるをてらしにいくのです。


 きらきら、きらきら。きらきら、きらきら。


 きらきらきれいなつややかなねこ。


 でもおうちがないのです。


「ねこさんは、やりたいことある?」


 あるひ、きらきらかがやいているつややかなねこに、傷だらけのいぬがききました。


 やりたいこと。


 つややかなねこは、くびをかしげました。

 つややかなねこはとってもきれいです。きらきらかがやいています。それに、みんなからすかれています。だいにんきです。

 ほしいものだってなんでもかえます。なんなら、みんながなんでもくれます。


 でも、つややかなねこはあまりうれしくありませんでした。


 そういえば、なんであたしはこんなことをしているんだろう?


 つややかなねこはきらきらかがやくほうせきがきゅうに、ただのいしころにみえてとまどいます。


 やりたいこと。


「おうちが、ほしい」


 おうち。

 かえるおうち。


「じゃあ、いっしょにおうちにかえろう。そのあとはなにをしようか?」


 傷だらけのいぬがえがおで、つややかなねこのてをとりました。

 みんながつややかなねこにむけるきらきらしたえがおとはちがう、あんしんできるえがおでした。


「ごはんを、つくりたい」


 ごはん。

 おいしいごはん。


「じゃあ、おうちにかえったらつくろう。そしたらどうしようか?」


 傷だらけのいぬはたのしそうにつややかなねこのてをふって、どんなごはんがいいかなとかんがえます。

 みんなはつややかなねこにいろんなほうせきをあげます。ふくをあげます。くつをあげます。これでもっときれいになって、もっときらきらして、といろいろくれます。

 でも、つややかなねこになにをしたいかをきいたのは、傷だらけのいぬがはじめてでした。


「みんなに、たべてもらいたい」


 みんなに。

 みんなに、たべてもらって。


「おいしいと、いってもらいたい」


 傷だらけのいぬのような、あんしんできるえがおになってほしい。


「りょうりやさんを、やりたい」


 やりたいこと。


 おうちがほしい。ごはんをつくりたい。みんなにたべてもらいたい。おいしいといってもらいたい。りょうりやさんをやりたい。


「うん、やろう!」


 傷だらけのいぬはたちあがってつややかなねこといっしょにばんざいします。




 こうして、ねこのりょうりやさんがうまれました。




 とろとろグラタン。あつあつハンバーグ。ほかほかみそしる。うまうまカレーライス。さくさくエビフライ。はふはふたまごやき。ひえひえなついろまかない。


 ねこのりょうりやさんではいろんなおうちごはんがでてきます。

 そしておうちごはんをたべたみんなはこえをそろえて、こういうのです。


「おいしい!」


 つややかなねこはこころのそこからうれしそうにわらいました。




 ◆◇◆




「──おしまい!」


 豹南町名物、〝もろみ食堂〟内。

 巡を連れて爺と一緒にやってきたここで、料理が運ばれるまでの時間潰しがてら、つい昨夜描き上げた絵本を読み上げた。

 ぱちぱち、と巡がかわいらしい拍手をする。と、同時に店内からまばらに拍手が起きた。思わず目を点にして店内を見回せば、いつの間にかお客さんたちの視線がワタシに集まっていた。なぬ!?


「おいおーい、そりゃアタシの絵本か?」

「おちょーのえほー!」

「そーそー。〝ねこのりょうりやさん〟はなんとここなのだー」

「わほー!」


 ぱちぱち、とまたもや巡から拍手が起きて、同調するように再びお客さんたちが拍手する。爺もさすがに拍手はしないものの、いい絵本じゃなと褒めてくれた。

 そう。お蝶の絵本。〝さいはてのものがたり〟ほど長くないし、画用紙でさっくり作ってホチキスで留めただけの絵本だけれど。数年前にお蝶から聞いた、お蝶の物語。それをワタシなりにまとめてみたのだ。どんな物語かって? 春読め。


「おじさん涙が出て来たよ……もろみちゃん頑張ったねえ……」

「その涙の分だけ追加で注文しろや、ホレ!」


 お客さんたちが涙ぐんでいるのも構わず、料理を次々と席に運んでお蝶は人差し指と親指で丸を作る。カネヨコセポーズ。客に対して取る態度ではない──が、今店内にいるのは常連客だけである。節操のないお蝶の仕草にもそりゃねえよと笑うばかりで、不快に思う客はひとりもいない。


「ほれ、和風ハンバーグ定食とかつ丼Aセット、それに肉うどんだ」


 でん! でん! でん!

 と、ワタシたちの前にも料理が運ばれてきて巡がぱちぱち拍手をする。うむ、ぱちぱち。一緒に運ばれてきたお子様用お茶碗に肉うどんをよそって、細かく切っていく。巡には肉うどんである。


「しっかしホントよくできてんな~。さっすが魔女」


 ワタシたちに運んだ料理で受けた注文は最後だったのか、お蝶がワタシたちの向かいに座ってぱらぱらと絵本をめくり出す。


「クレヨンと水彩絵の具と……マジックもか?」

「うん。和紙を貼り付けてるとこもあるよ」

「すげーな。宝石がマジで宝石みてえだ」

「そこは樹脂も使ってるんだ。樹脂粘土」

「はぁーん。さっすが魔女」


 絵本を眺めて感嘆のため息を漏らすお蝶に、思わず口元が吊り上がって誇らしげな笑みが零れそうになる。


 ──人間、謙虚で在らなければならないのです。


「っ……」

「ん? どした」


 さすがワタシでしょ、と高らかに胸を張ろうとした瞬間脳裏をよぎった言葉に、息が詰まってしまう。

 〝謙虚になれ〟

 〝謙虚であれ〟

 〝お前には謙虚さが足りない〟

 〝謙虚さがない人間はだめだ〟


 ──人間に必要なのは〝謙虚さ〟でございますから。身を弁え、自己を顧み、慎み深く、驕りを持たず。


 言葉が、出なくなる。

 ワタシは中学三年生。もうすぐ高校生で、着実に──確実に大人に近付いていっている。大人は言う。謙虚な人間は大人だと。

 謙虚。けんきょ。ケンキョ。


 謙虚って、なに?


「魔女、どした?」


 ぽん、とお蝶の優しい手が頭に乗る。硬直してしまった喉に、大きく息を吸い込むことでどうにか通り道を作る。ふう、と吸い込んだ息を一気に吐き出して喉が落ち着いたことを確認して、お蝶を見やる。

 お蝶はワタシの向かい側にどかりと腰掛けて、頬杖をつきながら笑っていた。いつも通り。いつもと変わらない、気持ちいい笑顔で。

 言ってもいいし、言わなくてもいい。好きにしろ、どっちでもアタシは全力で付き合う──言葉はなかったけれど、なんとなくそんな意志が読み取れた。ワタシの勝手な考えだけれど。


「……〝謙虚〟って何だろうって、思って」

「あーん? 謙虚ぉ? お前それをよりにもよってアタシに聞くかぁ?」


 お前アタシに謙虚さあると思ってんのか、と言われて思わず確かにと返してしまったワタシは悪くないと思う。


「なんだァ? 謙虚になれとか言われたか?」

「まあ……」

「ンなの無視しろ無視。よく考えろ、矛盾してっから。他人に〝謙虚になれ〟って言っている時点でそいつが既に謙虚じゃねぇ」

「……あ、確かに……」


 確かに……確かにそうだ。獺野先生も、謙虚な大人かって言われると違うと思うし……。


「アタシもさー、よく言われたぜそれ。今でもたま~に言われるけどなァ。でもな魔女、あと暴君もな。これだけは覚えとけ。──〝謙虚〟なんざ捨てちまえ」


 謙虚になる必要なんかねえ。

 謙虚は丸めてゴミ箱に捨てるモンだ。

 ──何のためらいもなくそう言い切ったお蝶に、ワタシは思わず目を丸くしてしまう。


「お蝶の言う通りじゃの。ワシが言えたことでもないが、〝謙虚であれ〟〝謙遜は美徳〟〝驕りを捨てよ〟──こういった言葉はの、自分で自分に言うものであって他人に言うものではないわい」


 隣でかつ丼を頬張っていた爺が付け足すように言って、傲慢で何が悪いとも言い切ってみせた。


「傲慢? 結構。他人に下げる頭なぞありゃあせんわ。ギリ大家さんくらいか」

「うはは! だっよな~。驕って何が悪い、ってんだ。驕るだけの自信があるんだから驕ったっていい。むしろ驕れ。驕り、誇れ。自分を誇れ」


 その上で自分自身と謙虚さについて考えるモンだ──そう言ってお蝶は、また嗤った。


「そーゆーワケで、ホレ! さっき言いかけてたこと言え」

「……──」


 不思議と、もう息が詰まる気配はひと欠片たりとてなかった。


「──さすワタ!」


「おう! さっすが魔女! だっろ~、暴君」

「あい! しゃしゅがねーた!」


 ぱちぱち、と拍手する巡に思わず噴き出すような笑いが出て、お蝶と爺も釣られて笑って、お店の中にいるお客さんたちも笑った。


「ねーた、うどたべりゅー」

「あ、ごめんごめん。はい肉うどん。あーん」


 あーん、と大口開ける巡の口に細かく切ったうどんと肉の切れ端を入れる。もろみ食堂のうどんは冷凍うどんだけれど、肉は薄くてでっかい牛バラ肉を甘辛く味付けたヤツで、めちゃくちゃうまいのである。たまらんのである。


「うまいかー?」

「うみゃー!」

「おう! うまいか! さすがアタシだぜ!」

「しゃしゅがおちょー!」


 ぱちぱち、と拍手する巡と、何度目になるかわからぬ笑顔に包まれる店内。

 ──ああ、やはりお蝶が経営しているだけあって、店内も〝お蝶〟そのもので安心できる。この安心を、お客さんたちも求めているんだろうなぁ。


 そこでふと、ひとつのなんてことない疑問が頭に思い浮かんできてワタシはお蝶を見やった。


「ねえお蝶。人間に必要なものって何だと思う?」


「〝()()〟だな」


 目標。

 目指すしるべ。


「お前も絵本に描いてたろ? あの通りだよ。〝おうちがほしい〟、次は〝ごはんをつくりたい〟、そんで〝みんなにたべてもらいたい〟──そーいう風にな、〝()()〟を打ち立てていくことが人生を楽しく生きるコツだな」

「目標……」

「例えば魔女、おめーもうすぐ高校受験だろ? それに受かることが今の〝()()〟なワケだ。んじゃ、それを達成したらそこで終わりか? あるいは、失敗したらそこで全部終わりか?」

「……ううん」

「だろ。終わりはねェのさ。結婚がゴールじゃねェし、還暦が終着点でもねェ。〝()()〟に終わりはねェんだ。アタシだってこの店をやるのが夢で、目標だった。そして今は御覧の通り、成し遂げた! どうだ、アタシの人生は終わったか?」

「ううん。今の目標はなに?」

「もっともっと金を稼いで貯めてよ、元国王と店を改修してぇんだ」

「お店の改修!」


 お蝶の経営する〝もろみ食堂〟も、隣にある元国王のお店〝元王様のパン屋さん〟も元あった建物を再利用した形で、新築というワケではない。素朴で小さくも、そこがいいって感じなんだけど──どうやらお蝶も元国王も、いずれ自分たちだけの新しい店を作りたいらしい。


「いいだろ? ふたつの店をくっつける形でよ、もっと広い店にしたいんだ」

「それいいね。素敵!」


 本当に素敵だ。お蝶の店も、元国王の店もただでさえ素敵なのに合体したら最高なこと間違いなしだ。


「〝()()〟に終わりはねェ。どんなにちっさい目標でもいい──〝明日ステーキを食べよう〟っていう目標でもいい。〝消しゴムのカスを集めて消しゴムを作る〟でもいい」


 なんだその目標。いや、わかるけど、消しゴムのカス集めちゃうよね。


「どんなにちっちぇー〝()()〟でもな、達成できたらそれだけで人生充実するモンだ」

「……うん、そうだね。目標か。高校入試ももちろんだけど……巡の着ぐるみコレクションを増やしていくのも目標かな」


 巡の服は既製品以外に、ワタシが作った着ぐるみもある。ちなみに今日はまんじゅうマン着ぐるみだ。まんじゅうマンの顔がフードになっていて、素材もコットンリネンだから着苦しいものじゃない。

 巡のお気に入りはサイキンマンの着ぐるみとシャチの着ぐるみ。シャチの方は着ぐるみってか、もはやぬいぐるみだけれど。シャチのぬいぐるみに手足と顔を通す穴を作っただけ的な。ジョークで作ったのに殊の外気に入られてしまったヤツである。

 まあともかく、この着ぐるみを作るのが最近のブームなのである。どんどん大きくなるからどんどん作っていかないと着れなくなるのよねー。


「うはは! いーじゃんいーじゃん。なーんでもいいんだよ。大人は〝高い目標を持て〟なーんて言うけどな、聞き流しとけ。持ちたい〝()()〟を持ちゃーいいんだ。んで、達成できなくてもいい」


 お蝶はそう言うと肉うどんを頬張って幸せそうにしている巡の口周りをタオルで拭いてやって、それからサービスだという自家製ミックスジュースを飲ませた。


「達成できなきゃ死ぬわけじゃなし。達成できねー! ってなりゃそん時はそん時。目標を変えるなり考え直すなり好きにすりゃいい」


 〝()()〟に他人のつけ入る隙なし。


「よーくあるんだよなァ。特に親子。子どもにはいい人生歩んでほしいからって、親が変に介入して〝()()〟を決めちまう」

「…………」

「ガキのうちは右も左もわからねェから親が導く必要はあるけどよ、〝()()〟はガキ自身が決めるモンで親が決めるモンじゃねェ。ましてや、ガキ自身が決めた〝()()〟をもっといいものにしなさい、だとか遊んでばっかり、とか否定していいモンでもねェ」


 漫画を読みたい。ゲームをやりたい。お菓子を食べたい。プールに行きたい。友だちの家に遊びに行きたい。

 そんな欲求もまた〝()()〟に成り得る。漫画を読みたい。なら漫画を買わなければならない。そのためにはお金がいる。そのお金をどうするか。友だちの家に遊びに行きたい。なら時間を作る必要がある。時間を作るには宿題を終わらせなければならない。

 そんな風に欲求ひとつでも〝()()〟達成へのロジカルが生ずる。だから侮れないのだと、お蝶は言って笑った。


「他人の忠告は聞いておいて損はねーけど、他人の介入は許すな」


 忠告と、介入は違う。

 〝()()〟に対する経験者からの忠告は聞いて然るべきだが、〝()()〟を否定する偽善者からの介入は絶対に許すな。

 そう言ってお蝶は、シニカルに笑う。


 〝()()


「──……うん。決めた」


 ワタシは黒錆どれみ。

 魔女である。


 だから。


()()()()()生きてやるわ」


 〝謙虚〟に生きるなんて、魔女じゃないもの。

 そう言い切ってふんと鼻を鳴らしたワタシに、お蝶はその意気だと笑った。



 【目標】



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