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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
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【むしぱん】


 豹南中学校からの帰り、塾に行くいおりんやゆゆ、大王と別れてワタシはもろみ食堂に向かう。

 ワタシも塾に行くかって元軍人に問われたけれど、社長のスパルタを受けている今、その必要性は感じられなかったから断った。社長も東大を目指すつもりでなきゃ俺様の出す課題をこなしているだけで十分、と言っていた。ちなみに社長はハーバード大学卒らしい。コンセントレイション、つまり専攻は経済学。けれど政治学や社会学、応用数学にコンピューター科学にも手を伸ばしていたらしい。最近では時間のある時に芸術史をオンライン受講しているそうだ。うん、レベルが違う。ホントさいはて荘にいるのが不思議すぎる。


「お蝶! シチュー受け取りにきたよ!」

「おうお疲れさん。今日はビーフシチューだぜ~」


 お蝶が営んでいる定食屋〝もろみ食堂〟は今年に入ってから予約制の持ち帰り料理を始めた。お店の料理よりも割高だけれど、おいしいお弁当やスープを外でも食べられるのが好評で注文数はそこそこあるらしい。我が黒錆家も巡のごはん用に食べやすいシチュー系統をほぼ毎日注文していて、学校帰りにワタシが受け取るのがお決まりだ。


「具材は細かくしてあるし、肉も小さめにしてある」

「ありがと! 昨日のカボチャスープ、巡に大好評でおかわり要求されちゃったよ」

「うはは! そりゃよかった。巡もお前に似て食いしん坊になったな~」


 食いしん坊じゃない。美食家と言え!


「ああちょっと待て。チーズ蒸しパン作ってみたんだ。元国王にゃ敵わねえだろうが」

「むしぱん!」


 ふわっふわの蒸しパン!

 クリームチーズをたっぷり練り込んで、蒸籠(せいろ)で蒸したらしい。チーズが余ったから空いた時間に作ってみた、とのことだった。

 蒸したてほこほこの蒸しパンを手渡されて、ほわほわと立ち昇るチーズの濃厚な香りにふはぁーとため息が零れる。


「熱いから気を付けろよ。中に溶けたチーズ詰まってんだ」

「おいしそう!」


 たまらずかぶりつく。チーズの芳香をぎゅっと凝縮したやわらかなパンの随所随所にチーズのかけらが埋まっていて、もうこれだけでも十分おいしいのに、中にとろとろに溶けたチーズが詰まっている。チーズグラタンって感じで、ただチーズだけを詰めただけじゃないのはすぐわかった。甘いパンにしょっぱいチーズのかけら、そしてチーズグラタン。贅沢すぎやしないか。


「チーズ暴力団」

「ジェリーが率いていそうだな」


 トムのライバルのアレね。


「チーズグラタン部分がいいね。蒸しパンとチーズをぎゅってグラタンの中に沈めながら噛むとおいしい」

「グラタンはカレー並みに何でも合うからなァ」


 あらかじめ余ったチーズやじゃがいも、玉ねぎでさっくりレンチングラタン作って、それを詰めただけらしい。このグラタン、すごくまろやかな舌触りでおいしいけど混ぜてチンしただけなのか。お蝶のレシピが極上だからなんだろうな。さすがはお蝶。


「二個目はナシだぜ? 大家さんのごはん食べられなくなるからな」

「む……そうだね。シチューも早く持っていかないとだし。ねえお蝶、明日お父さんとお母さんいないんだ。だから爺や巡と一緒にココにお昼食べに来ようって思ってるんだけどいい?」

「おう。爺も来るんならつまみ用意しとくかねェ」

「お昼よ」

「おめーだってガッコで昼に牛乳飲んでるだろ。食べ合わせ関係なく」


 ……確かに。

 ……いやいやいや! 学校のは栄養考えての牛乳推しだから納豆に牛乳という絶望的に意味不明な組み合わせでも強引に納得できる!

 うん、あれはまずかった。牛乳を飲むとだな、納豆のヌルヌルが加速してだな。


「学校で牛乳が出るのは骨量を増やすためだもの」

「酒だって百薬の長だぜえ?」

「飲みすぎたら薬も毒になるでしょ!」


 市販の薬だってがぶがぶ飲んでたらヤバいのたくさんあるもの。何事もほどほどに、よ!


「知ってるか? 王族はな、幼少時より少しずつ少しずつ毒を服用して毒殺されないように抗体をだな」

「ぼくはそんなことやってなかったなぁ。暗殺を警戒して毒見役はいたけどね」

「俺様はやったな。生存競争の激しい界隈では今も行われている。が、当然のことながら分量による。耐性のある毒でも多ければ分解しきれず死ぬ」


 いきなり店内に入ってきてえげつない話をし出したのは元国王と社長だ。ふたりとも相応の世界を生きてきたワケだから説得力の塊、というかマジであるのかそんなの。


「おうお疲れさん。毒姫っていう毒に身を浸されて体液が毒になったお姫様の物語があってだな……酒が体液になる可能性だってあってもよくねえか?」

「パン全部なくなっちゃったから店を閉めてきたんだ。日替わり定食ひとつね──フィクションだろそれ。蛇やフグだって全身が毒ってワケじゃないんだから……」

「体液がアルコールにか。よく燃えそうだな。実に燃えそうだ。──帰りのついでに魔女を拾いに来た」

「日替わり定食ね。ロマンあっていいだろ? 体液が酒! しかも美女! ワカメ酒なんて目じゃねえぞ?」

「店内だってこと忘れていないかい。やめなさい」


 元国王が真顔で突っ込む。うん、今日もおっさんだ。お蝶が。


「まあまあ。ほれ、チーズ蒸しパンでもつまんどけ」

「ん、作ったのかい? ……うん、おいしいね。中身をグラタンにするなら蒸しパンの外部を軽く炙って硬度を高めてもいいかもね」

「まあまあだな」


 もぐもぐとちゃっかり自分も蒸しパンをつまんでいた社長の〝まあまあ〟を締めくくりにして、元国王やお蝶に別れを告げて社長の車でさいはて荘に帰る。自転車は元国王が帰りにトラックで運んでくれるとのことだったので、放置。社長の車はいかにもな高級車だから荷台なんて当然ない。後部座席に強引に突っ込めばいけるっちゃいけるんだけど、前それやったら後部座席を後で掃除させられたからもう入れたくない。

 今日の夜ごはん何かなあ~。



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