【■■商社の■■いろ■■■■】
【■■商社の■■いろ■■■■】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパスの下に陳列されている、十体のぬいぐるみ。
それに視線を向けることなく通り過ぎて、さいはて荘の前庭に出る。
「あれ? なっちゃん」
仕事に出ているはずのなっちゃんがベンチに座っていて、ワタシは首を傾げる。休みなのだろうか。
「あ、魔女ちゃんおはよぉ~!」
「おはようなっちゃん。今日は休み?」
「ううん。仕事やめちゃったのぉ~」
「え、そうなんだ」
思わずぱちくりと目を見開くワタシになっちゃんはいつもの、ふわふわとしていて可愛らしい笑顔を浮かべる。
「そうなんだぁ。困っちゃったよぉもぉ~あのねぇ魔女ちゃん、聞いてよぉ! 昨日ねぇ、同僚の男の人に呼び出されたんだぁ」
──そしたらねぇ、告白されちゃったんだぁ。
その、言葉に。
その、あってはならない展開に。
「──それ、は」
ワタシは、顔を強張らせる。
けれどなっちゃんは変わらず笑顔で、変わらず普通に可愛い。
「困るよねぇ」
「そう、だね──」
なっちゃんの同僚が、なっちゃんに告白した。
其れ即ち。
なっちゃんに関わろうとしたということ。
なっちゃんに深入りしようとしたということ。
「それ、で……だいじょうぶ、だったの?」
「全然大丈夫じゃないよぉ! 今ねぇ、社長さんが頑張って工作してくれてるんだぁ」
とんてんかん、とハンマーで打ち付けるようなジェスチャーをとりながら茶化すようになっちゃんは言ったけれど、おそらく洒落では済まない。
おそらく──今頃社長は必死に、なっちゃんの痕跡を消している。
必死に。
死に物狂いで。
当然だ。そうしなければならないだろう。なっちゃんについて何も知らないワタシでさえ、ヤバいと直感で分かるのだ。
「本当に困っちゃうよねぇ~」
なっちゃんは笑う。普通に笑う。
それにワタシもどんまいと返して笑う。普通に笑う。普通に。
「転職先もまた社長さんにお願いしないとだぁ~」
「頑張れ~」
「うん! 今度は──もっと〝没個性〟にならないとねぇ!」
混信。
ざり、ざりざり、ざりとなっちゃんの顔が歪む。なっちゃんの存在がひずむ。なっちゃんの軸がぶれる。
なっちゃんそのものが、ズレる。
「ファイト~じゃ、ワタシは学校に行ってくるね~」
でも、触れない。
触れてはならない。
「いってらっしゃ~い!!」
──この世には、決して関わってはいけない領域というのが存在するのだから。
UNKNOWN。
【没個性】




