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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・夏
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【かつさんど】


 坊主の参加しているサッカーチームの試合があるということで、応援にワタシと大王、ゆゆにいおりんで駆け付けた。送り迎えにと元軍人も同伴。


「おお~、坊主むちゃくちゃ速い。速いのは知ってたけど、ここまで速かったんだ」

「坊主は瞬発力も持久力もあるんだよな、昔から」


 グラウンドで相手チームが蹴り上げたボールを追って全力疾走する坊主に思わず感嘆の息を漏らしてしまう。体育とか運動会とかでも坊主の運動神経の良さは知ってたけど、所詮過疎区の中学校だからさ。人数少なくてあまり分からなかったんだよね。

 でもこうして多くの男子どもに混ざっている中だとよく分かる。坊主、速い。


「ふむ、多少体幹が甘いな。体幹を鍛えればもっと伸びるだろう」


 ……元軍人ほどじゃないけどね。いや、さすがにイノシシを素手で倒すバケモノと比べちゃ坊主が可哀想か。


「坊主ぅ~がんばれぇ~」

「ほら、いおりんも応援しろよ」

「…………」

「坊主頑張ってんの、分かるだろ?」

「……知ってるよ」


 知ってる、とまた繰り返していおりんはむっつりと黙り込む。うん、いおりんは別に坊主を見下してなんかいない。去年の夏、現実を見ろって坊主に言いこそしたけど──いおりんと坊主は幼馴染なのだ。坊主がどれだけサッカーを好きか、同じ男子である分ワタシたちよりも分かっているはずだ。

 うむ、実に中学生らしい葛藤の青春である。


「お前も中学生なのだがね」

「もう慣れて突っ込むのやめてたけど、あえて言うよお父さん。心読むなっつーの」


 もう普通に口にしたのか心で思っただけなのか区別がつかなくなってきてるんだぞワタシ。どうしてくれるお前ら。

 これだからさいはて荘は。


「ボール上げるぞーっ!!」

「行くっす!!」


 味方の張り上げた声に坊主が大声で応え、全力でグラウンドを駆ける。駆ける。その速度は衰えることなく──それどころかぐんぐんと伸びていく。

 味方が蹴り上げたボールを敵陣の敷地内で誰よりも速く受け止めた坊主が、そのままゴールへ突っ込む。思わず行けって叫ぶワタシたちに、けれど坊主はゴールを決めることはなかった。


「シュートっすよ!!」


 横から突っ込んでくる相手チームを見ての判断か、坊主はボールを横に弾ませた。坊主に追従するように駆け抜けていたチームメイトが弾丸のようにボールに突っ込み──そのまま、シュートした。

 ゴール、という審判の声に坊主のチームメイトたちがわあっと沸いてシュートしたチームメイトに駆け寄って行く。坊主も、そこに混ざりに行ってシュートしたチームメイトを褒め称える。


「──嫌いなんだよな。坊主のああいうところ。今のゴールで一番活躍したのは坊主だ。でも、誰も坊主に注目しやしねぇ。シュートした人間が一番偉いからな」


 沸くグラウンドを前に、いおりんがぼそりと囁く。

 あまりにも意外すぎて、けれどやっぱりいおりんは坊主のことを誰よりも理解していたって分かる言葉で、ワタシは思わずじっといおりんを凝視してしまう。

 ワタシの視線に気付いたいおりんはなんだよ、と不機嫌そうに睨んでくるけれど少しも怖くない。いや、だって元軍人の眼光いつも見てるし。


「……心配せずとも見ている人間はちゃんと見ている。お前のように、な」


 元軍人の静かな、けれどずしりと響く低い声にいおりんは驚いたように背後を振り返って元軍人を見上げ──そして、少しだけ気まずそうにしながらも頷いたのであった。


「みんな~!! 応援来てくれてありがとうっす!!」


 その時まさに渦中の人物であった坊主がワタシたちのところにやってきて、笑顔で先ほどの試合がいかにうまくいったか話し出す。

 坊主のこの無邪気さは坊主にしかない魅力だと思う、うん。ワタシひねくれてるからね。なおのこと思う。うん。


「休憩なのか?」

「そっす!! 二十分休憩で、後半戦始まるっす!」

「あ、じゃあ軽く食べる? カツサンドあるけど」

「マジっすか? じゃあ少し食べるっす!」


 試合応援に行く前に元国王のお店で買ってきたカツサンドを取り出せば、坊主は嬉しそうにひと切れ取って頬張り出した。分厚いカツをさくさく食パンで挟んだサンドである。おいしくないワケがない──坊主はうまいうまいと嬉しそうに食べている。


「……残り、黒錆が食べていいっすよ?」


「へぁ!?」


 と、そこでよだれがこぼれかけていることに気付いて慌てて飲み込む。いかん、ワタシとしたことが。


「何のこと?」

「取り繕っても遅いっすよ。おれ、もうチームに戻るっすから残り食べていいっすよ! うまかったっす、ありがとうっす!」


 そう言ってグラウンドのベンチ席へ駆けていく坊主を見送って──ワタシはとりあえず、カツサンドをひと切れ頬張ったのであった。

 おいしい。



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