【おつまみ】
「っかぁ~、仕事終わりの一杯は最高だねぇ」
「今日は随分疲れとるのぉ。何かあったか?」
「勘違いしたおっさんがケツ揉んできやがってな~やめろつっても元風俗嬢だろってしつこくてな~」
「そういうことか。惨めな男じゃのぉ」
そう言いながら爺は日本酒をあおり、お蝶もビールを飲み干す。
その間でワタシはラムネ片手におつまみをつまむ。この焼きチーズサラミおいしい。サラミでチーズを挟んで焼いただけの雑おつまみだけどおいしい。
なんか酒盛りにワタシのもきゅ顔を肴にさせろとか言われてお蝶にさらわれたのがついさっきのこと。もきゅ顔ってなんだ。
「たまたまメシ食いに来てた元国王が止めてくれたけどなぁ~。──ああいう手合いは一番始末に困る」
「女を消耗品じゃと思うておるから〝引き下がる〟思考が存在せんのじゃな」
「だろうな~。実際、元国王に声を掛けられただけで引き下がったもんあのおっさん」
「こういう時こそ青二才を顎で使いよれ。社会的に抹殺しろとのぉ」
「うはは! いいねぇそれ。これくらいのセクハラにゃかるーくシメるくらいで許すけどよ、度が過ぎる客にゃ社長召喚だな」
警察呼ばれるよりも社会的に終わりそうだな。社長召喚。元軍人召喚も併せれば敵なし。
「しかしおぬしの店もずいぶん名を上げたのぉ。他の町からも客がよく来ると元国王が言うておったぞ」
「おかげさまでな。──と、言ってもぶっちゃけアタシの力じゃなくて元国王の築き上げてきたパン屋としてのブランドがデカいけどな。元国王のパン目当てに地元民以外も来るところにアタシが店を建ててそのおこぼれを貰ったワケだ」
「最初こそそうじゃったろうがな。今ではそうでもなかろう?」
「まあなぁ。はじめは元国王のパンをその場で食べられるっていうのがウケて、パンとセットで食べる客が多かったけどな~。ジワジワとアタシの料理目当ての客も増えてったな!」
ベーコンじゃがチーズおいしい。いや、チーズじゃがベーコン? じゃがコンチーズ焼き……豚じゃがチーズ焼きでいいか。あらかじめチンしておいたじゃがいもとベーコンに胡椒なりコンソメなり好みで振りかけてチーズぶっかけてオーブンで焼くだけのお手軽おつまみ。
これもうまい。じゃがいもとベーコンとチーズ、王道でうまい。カリカリチーズとほくほくじゃがいもうまい。
「元国王の努力を利用したみてぇでちょっと申し訳ねぇんだけどな。──いや、みてぇもなにも利用してるんだけどな」
「ゼロから始めることが正しいなぞありえんよ。ゼロから始めてのし上がり、成功した人間たちが称賛されるのは当然じゃろうが──じゃからというてゼロから始めておらん人間の価値を貶めていい理由にはならん」
ゼロから始める努力しか認めん輩は努力というものの本質が見えとらん阿呆じゃ──そう言って爺はぐびりとぐい呑みをあおった。
ちなみに爺が使っているぐい呑みはワタシが爺の誕生日にプレゼントしたヤツである。お猪口を探しに陶器店に行って、たまたまふくろうの絵が描いてあるぐい呑みを見つけたから爺にピッタリだと思って即購入したものなのだ。気に入ってもらえているようで何よりである。
「それに、元国王とてゼロからではありゃあせんよ。元々他のヤツがパン屋しておったところを譲り受けたようなモンじゃからの」
「──そうだな。アタシの店を開くためにどれだけ努力したか、それはアタシ自身が一番知ってる」
「ワシも知っとるよ」
「ワタシも」
薄切りバゲットにサーモンを載せたヤツもきゅもきゅ頬張っているワタシが言っても説得力ないかもしれないけど、お蝶は嬉しそうに笑ってありがとうと言ってくれた。
そういえばさっきお蝶に教えてもらって知ったのだが、バケットじゃなくてバゲットと言うらしい。そしてバゲットはフランスパンの一種で、フランスパンと別物というワケじゃないらしい。ややこしい。
「よし、酒呑むか」
「……ビール飲んでなかった?」
「ビールは水だ」
「ンなワケあるか」
ワタシのツッコミをよそに、お蝶は自分のぐい呑みを持ってきて爺と酌し合う。なんか福井県で買ったお酒らしくて、まろやかな甘みがあってしばらく口に含んで味わいたくなるモノらしい。知らんけど。
「おめーが成人したら酒のうまい飲み方教えてやるよ」
「魔女っ子は果実酒あたりが好きそうじゃのぉ」
「ふぅ~ん」
相槌を打ちつつ塩をふりかけただけのスライストマトを口に放り投げる。うまし。
「今の魔女はま~だまだお子ちゃまだからな~」
「うわっ、お酒くさい!」
くっつくな! 揉むな!
「か~わいいねぇ~」
おっさんか! おっさんだった!!
「な~な~、やりたいこと見つかったか~?」
「ん、うんなんとなく。絵を描いたりぬいぐるみ作ったり雑貨作ったり、楽しいから今やってるハンドメイドショップもどきをこのまま進めていこうって思ってる」
「ほォー。魔女っ子らしいといえばらしいのぅ」
「魔女に作ってもらったレジ番の猫のぬいぐるみ。アレなぁ~、めっちゃくちゃ好評なんだよ。元国王んとこにも熊のぬいぐるみあるだろ? だから同じ人間が作ったってのは分かったらしくてな~誰なのかってよく聞かれるんだよ」
内緒つって教えてねーけどな、と言ってお蝶は笑う。ワタシが作ったことについて公表するのは社長が許可を出してからということになってるらしい。社長の〝一手〟とやらが済んでからってことだろうか。
ワタシとしてもいきなり色んな注文を受けるのはキツいし、元国王やお蝶としたような取引を他人とするってのはまだ無理だからありがたい。少なくともワタシの腕はみんなに認められている──だから、後はワタシ自身の問題だけだ。
「そんなに心配せんでも大丈夫じゃわい。失敗せん人間なぞひとりとしておらん。ワシ見てみろ。人生全て失敗じゃぞ。じゃけどワシ元気じゃもん」
「うはは! アタシもな~。散々やらかしてきてるけど今はご覧の通りだ! ──だから大丈夫だ。何があってもお前にゃさいはて荘がついてる。思うがままに行け」
「……──うん」
〝夢〟というにはおぼろげすぎるやりたいこと。
〝目標〟というにはあいまいすぎるなりたいもの。
でも、やってみたいし、なってみたいことは確かだ。だからこのまま突き進んでみる。いつかやってみたいこと、なってみたいものの形が変わるかもしれないけれど、それでもいいんだ。構わないんだ。
やってみたいから、やる。
それだけで──いいんだ。




