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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・夏
83/185

【絵本のにじいろくだもの】




【絵本のにじいろくだもの】




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 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパスの下に陳列されている、十体のぬいぐるみ。




 ◆◇◆




 むかしむかし、あるところに血まみれのおおかみがいました。


 血まみれのおおかみは、ひとりぼっちでした。


 でも血まみれのおおかみはひとりぼっちでもさみしくありません。


 血まみれのおおかみは、もともとひとりぼっちだったからです。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


 けれどやはり、血まみれのおおかみはひとりぼっちでした。


 でも血まみれのおおかみはなにもかんじません。だってはじめからひとりぼっちだったから。


 血まみれのおおかみはきょうもひとりぼっちです。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「さあ、はたけにいくか」


 ひとりぼっちの血まみれのおおかみははたけでやさいをそだてています。


 なんでかって? それしかやることがないからです。


 だって、ひとりぼっちだから。




 ◆◇◆




「どうしたんだ?」


 はたけにいくとびっくり、傷だらけのいぬがたおれていました。


 傷だらけのいぬはあちこち傷だらけで、わたがでちゃっています。


「うちにおいで、ぬってやるから」


 血まみれのおおかみは傷だらけのいぬをつれてさいはて荘にかえりました。




 ◆◇◆




 ちくちく。ちくちく。


 血まみれのおおかみは傷だらけのいぬのからだをぬいます。ちくちく、ちくちく。


「ちょっとむずかしいな」


 傷だらけのいぬのからだは傷だらけで、血まみれのおおかみがいくらがんばってもわたはとびでてしまいます。


「ぬってくれて、ありがとう」


 でも傷だらけのいぬはぬってくれた血まみれのおおかみにうれしそうにおれいをいいました。


 〝ありがとう〟


 傷だらけのいぬがうれしそうにいったことばに、血まみれのおおかみはなんだかむねがほわほわあたたかくなるのをかんじました。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


 傷だらけのいぬはきょうもわたがとびでていましたが、きにすることなく血まみれのおおかみといっしょにはたけをたがやします。


 血まみれのおおかみは傷だらけのいぬのとびでてしまったわたをつめこみながら、ふしぎなことにほわほわあたたかくなるじぶんのきもちにくびをかしげていました。




 ◆◇◆




 きょうも、傷だらけのいぬは傷だらけです。


 とびでてしまったわたをつめてぬいなおしても、またわたがとびでてしまいます。


「わたしはだいじょうぶ」


 傷だらけだけれど、傷だらけのいぬはいつもわらいます。いつもなおしてくれる血まみれのおおかみにありがとうといってうれしそうにわらいます。


 血まみれのおおかみは、傷だらけのいぬをちゃんとなおしてあげたくてしかたありませんでした。




 ◆◇◆




 あめがふっています。


「いぬさん、いぬさん」


 血まみれのおおかみはなまえをよびます。


「いぬさん、いぬさん」


 なんどもなんども、なんどもなまえをよびます。


「いぬさん、いぬさん」


 けれどどんなになまえをよんでも、たおれてしまった傷だらけのいぬはおきあがりませんでした。


 血まみれのおおかみはむねがくるしくなるのをかんじました。こころがいたくて、なみだがでてくるのをがまんできません。


「ひとりぼっちにしないでくれ」


 血まみれのおおかみはもう、まえのようにひとりぼっちにもどれません。


 ひとりぼっちになるということはつまり、傷だらけのいぬがもういないということです。


 血まみれのおおかみはひとりぼっちのこわさを、しってしまったのです。


 血まみれのおおかみは傷だらけのいぬがいなくなることが、どうしようもなくいやでした。




 ◆◇◆




「おれさまがなおしてやろうか」


 しくしく、しくしくとなみだをながしていた血まみれのおおかみに、おびえているとらがこえをかけました。


「おれさまもさいはて荘にいれてくれるなら、なおしてやる」


 おびえているとらはどきどき、どきどきとふあんでいっぱいなこころで血まみれのおおかみにはなしかけます。


「おれさまもひとりぼっちはいやだから」


 おびえているとらはひとりぼっちがいやでした。だからさいはて荘でしあわせそうにくらしている血まみれのおおかみと傷だらけのいぬをみて、うらやましくなったのです。


「いいよ。だからいぬさんをなおしてくれ」


 血まみれのいぬはうなずいておびえているとらのてをとりました。




 ◆◇◆




「わあ! なおった!」


 おびえているとらのおかげで傷だらけのいぬのからだはすっかりきれいにぬいあわされました。もうとびでているわたはありません。


「ありがとう、とらさん! おおかみさん!」


 傷だらけのいぬはうれしそうにぴょんぴょん、ぴょんぴょんとはねます。


 それをみておびえているとらと血まみれのおおかみはむねがほわほわとあたたかくなるのをかんじました。


 もう、血まみれのおおかみもおびえているとらもひとりぼっちではありません。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「あのね、このこもひとりぼっちなんだって。だからいっしょにすんでもいい?」


 あるひ、傷だらけのいぬがなにもないひとをつれてきました。


 なにもないひとにはなにもありません。なにもかもありません。なにからなにまでぜんぶありません。だからひとりぼっちだったそうです。


「またなかまがふえたな」


 血まみれのおおかみも、おびえているとらもあたらしいなかまをよろこんでむかえいれました。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「おれさまのともだちもさそったぞ」


 あるひ、おびえているとらがとべないふくろうをつれてきてまたさいはて荘になかまがふえました。


 とべないふくろうはつばさがおれてしまってもうそらをとべません。だからひとりぼっちでした。


「やった! これでごにんだよ!」


 傷だらけのいぬはまたぴょんぴょん、ぴょんぴょんと血まみれのおおかみのてをとりながらはねてよろこびます。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「ぼくもなかまになりたいんだけど、いいかなあ?」


 あるひ、よごれているくまがおおきなからだをちいさくまるめながらおずおずとおねがいしてきました。


 よごれているくまはよごれているせいでみんなからきらわれていて、だからひとりぼっちでした。


「もちろんいいよ! ね、おおかみさん!」


「うん、おいで。いっしょにくらそう」


 傷だらけのいぬと血まみれのおおかみはもちろんおおよろこびでむかえいれます。そのことばをきいてよごれているくまはおおきなからだをおおきくひろげてめいっぱいよろこびました。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「なかまはずれはよくない! ぼくもまざるからね!」


 あるひ、よごれているくまのともだちであるぴえろのさるがとつぜんやってきていきなりなかまにはいってきました。


 ぴえろのさるはだれもしんじることができなくてひとりぼっちだったのです。でも、しりあいのよごれているくまがなかまといっしょにしあわせそうにくらしているのをみて、うらやましくなったのでしょう。


「ごめんね、でもわるいこじゃないからなかまにいれてあげて」


 よごれているくまはこまったかおでみんなにあやまりました。けれどみんなはべつにかまわないと、むしろうれしいとてをあげてよろこびます。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「みんな、またあたらしいなかまがふえたよ!」


 またまた傷だらけのいぬがあたらしいなかまをつれてやってきました。こんどはつややかなねこです。


「ここがあたしのあたらしいおうち?」


「そうだよ。みんなでいっしょにくらそう!」


 つややかなねこにはおうちがありませんでした。だからひとりぼっちだったのです。


「これではちにんか。なかまでいっぱいだ!」


 ひとりぼっちだった血まみれのおおかみはいつのまにかいっぱいになっていたさいはて荘におどろいて、けれどうれしいとよろこびました。


 もうひとりぼっちではありません。




 ◆◇◆




 きょうのさいはて荘もいいてんき。


「おーい! たいへんじゃ!」


「みんな! うさぎさんがそとでこごえていたんだ。なかにいれていい?」


「たいへん! どうぞどうぞ」


 あるひ、おさんぽしていたとべないふくろうとよごれているくまがむひょうじょうのうさぎをつれてきました。そとでひとりぼっちでこごえていたところをみつけたようです。


「だいじょうぶ?」


「…………」


 むひょうじょうのうさぎはこたえません。どうやらこころをなくしてしまったみたいです。


 ひとりぼっちのこをほうってはおけません。みんなおおいそぎでむひょうじょうのうさぎをなかまにむかえいれました。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「なかま、いっぱいふえたね」


「うん。とってもにぎやかになったな」


 傷だらけのいぬと血まみれのおおかみが、なかまでいっぱいになったさいはて荘をみあげながらおはなしをしています。


「いいてんきだから、さんぽにいこう」


「いいな。いこうか」


 ふたりはてをつないでおさんぽにでかけることにしました。きょうもそらはあおくて、たいようはきらきらかがやいています。




 ◆◇◆




 てくてく。てくてく。


 とことこ。とことこ。


 さいはて荘がなかまでいっぱいになってもうひとりぼっちじゃない血まみれのおおかみではありましたが、こうして傷だらけのいぬといっしょにいるときがいちばんしあわせでした。


 てくてく。てくてく。


 とことこ。とことこ。


「あれ? あそこになにかがあるよ」


「ほんとうだな。なんだろう?」


 おさんぽのとちゅうでみつけたなにか。


 それはつぶれているねずみでした。


「たいへん! だいじょうぶ? うごける?」


 つぶれているねずみはとてもちいさくてぼろぼろでした。傷だらけのいぬがぼろぼろのつぶれているねずみをそっとだきあげます。


 傷だらけのいぬのあたたかいうでにつぶれているねずみはぼろぼろ、ぼろぼろとなみだをこぼします。


 ぼろぼろ、ぼろぼろ。


「たすけて」


 ぼろぼろ、ぼろぼろ。


 つぶれているねずみにはかぞくがいませんでした。つぶれているねずみをあいするかぞくがいなかったのです。だからつぶれているねずみはぼろぼろで、ひとりぼっちでした。


「たいへん! しっかりして!」


「たいへんだ。さいはて荘につれてかえろう」


 傷だらけのいぬと血まみれのおおかみはぼろぼろのつぶれているねずみをそうっとやさしくだきかかえて、いそぎあしでさいはて荘にかえりました。




 ◆◇◆




「たすけてくれてありがとう」


 つぶれているねずみは、血まみれのおおかみと傷だらけのいぬのけんしんてきなかんびょうのおかげですっかりげんきになりました。


 あいかわらずちいさくてぼろぼろですが、とってもげんきです。


「よかった。これでもうだいじょうぶだ」


「さいはて荘にはなかまがいっぱいだからもうだいじょうぶだよ」


 血まみれのおおかみと傷だらけのいぬはげんきになったつぶれているねずみにおおよろこびです。




 ◆◇◆




「またなかまがふえたね」


「うん、これでじゅうにんだ」


 血まみれのおおかみしかいなかったさいはて荘。


 でも、いまはもうひとりぼっちではありません。


「さいはて荘のみんなは、なかまなの?」


 つぶれているねずみがちょこちょこと、ふたりのまわりをかけまわりながらたずねました。


「そうだよ。みんななかまだよ」


「うん、なかまだ」


 血まみれのおおかみ。

 傷だらけのいぬ。

 おびえているとら。

 なにもないひと。

 とべないふくろう。

 よごれているくま。

 ぴえろのさる。

 つややかなねこ。

 むひょうじょうのうさぎ。

 つぶれているねずみ。


 みんな、なかまです。


 でも、つぶれているねずみはう~んとくびをかしげました。


「わたしは、かぞくがいい!」


「かぞく?」


「うん! かぞく!」


 つぶれているねずみはぴょんと血まみれのおおかみと傷だらけのいぬにとびこんで、ばたばたとちいさなてをふりまわします。


「おおかみさんはおとうさん! いぬさんはおかあさん!」


「おとうさん?」


「わたしがおかあさん?」


「うん! だめ?」


 血まみれのおおかみと傷だらけのいぬはかおをみあわせます。


 ひとりぼっちでさいはて荘にすんでいた血まみれのおおかみと、ひとりぼっちでたおれていた傷だらけのいぬ。


 でも、もうふたりともひとりぼっちではありません。


 ふたりでてをとりあっているうちに、いつのまにかいっぱいかぞくがふえていたからです。


 さいはて荘のみんなはなかまで、そしてかぞくなのです。


「ううん、だめじゃないよ」


「かぞくだな。さいはて荘はかぞくだ」


 ふたりのことばにつぶれているねずみはおおよろこびでぴょんぴょん、ぴょんぴょんと血まみれのおおかみのうえではねました。


「やったやった、やったやった! おとうさんとおかあさんができた!」


「こらこら、おちつきなさい」


「うふふ、げんきいっぱいね!」


 こうしてひとりぼっちの血まみれのおおかみはたくさんのかぞくをみつけて、しあわせにくらすようになりました。


 もうだれもひとりぼっちではありません。




 ──これはとあるさいはての、ものがたり。




 ◆◇◆




 何十枚もの画用紙に一心不乱に描き込んで仕上げた、絵本。

 製本したワケではないから正確には絵本ではないけれど。絵本ってか、紙芝居だけれど。でも人生ではじめて描いた、ワタシだけの絵本。


「…………」


 ──それを一枚一枚、色彩の片隅までじっくり眺めるように大家さんが読んでいる。


「…………」


 一枚一枚、微笑みを浮かべながら丁寧に眺めている大家さんをじっと見つめて、ワタシはなんだかどきどきした心境で待つ。

 〝絵を見られる〟のと〝お話を読まれる〟──このふたつはだいぶ違うと知った瞬間であった。

 〝絵を見られる〟それ即ちワタシの感情を感じてもらうこと。

 〝お話を読まれる〟それ即ちワタシの想いを知ってもらうこと。

 似ているようで、違う。

 〝絵〟は感じるもので、〝お話〟は伝わるもの。感じ方は受動的で、伝わり方は能動的なもの。絵を見てどう感じるかは人それぞれだけれど、お話を読んでどう伝わるかは──著者の技量次第なのだ。

 だから、緊張する。

 ワタシの想いがちゃんと大家さんに伝わっているのか──とても緊張する。


「…………ふふ」


「っ」


 最後の一枚をじっくりと眺めて、ふいに笑い出した大家さんにワタシは思わずびくっと肩を跳ねさせた。


「お、おかあさん……」

「──とってもすてきなおはなし」

「あ……えっと、そうかな?」

「ええ。まじょちゃんがさいはてそうを、そしてさいはてそうのみんなをものすごくあいしているっていうのがとってもつたわってくる」


 その言葉に。

 その、ワタシが一番絵本に描き込みたかったことに。

 ──ワタシは不覚にも、泣きそうになってしまった。


「……うん」

「ふふ。このえほん、ちゃんとえほんにしたいな。ちょっとかりていい?」

「え、いいけど……絵本にするって」

「でーたをもちこんだらほんにしてくれるところがあるのよ」


 なるほど、オーダーメイドで自分だけの本を作れるってヤツか。元王子も同人誌というのを作ってたなそういえば。

 ふむ、なら表紙も描くか。


「ねえまじょちゃん、このえほんはあかちゃんの──おとうとのためにかいたの?」

「うん。〝さいはて荘〟について知ってほしいなって。〝さいはて荘〟を好きになってほしいなあって……」

「うん。だいじょうぶ。こんなすてきなえほんをかくおねえちゃんがいるさいはてそうだもの。すきになるわ」


 そうかな。そうだといいな。

 えへへ、とにやけてしまう口元を抑えられない。にやけてしまう。


「これはさいはてそうだけのとくべつなえほんだね。ほかのひとがよんでもいみがわからない、ただぬいぐるみがわいわいしているだけのえほんだけれど──さいはてそうのみんなにとっては、とてもとくべつ」

「──うん」


 〝さいはて荘〟の絵本ではないのだ。

 〝さいはて荘〟のためだけの絵本なのだ。

 他人が見ても理解できない。理解させる気なんてこれっぽちもない。ただ〝さいはて荘〟のためだけに──これから〝さいはて荘〟にやってくることになる弟のために描いたものなのだ。


「でもさいはてそういがいのひとにも〝ほんわかえほん〟としてはみてもらえるとおもうよ。えがとってもかわいいから」


 さいはて荘に住まう人間じゃないと意味が分からないけれど、さいはて荘以外の人間からしてもぼろぼろで人間から捨てられ、孤独になったぬいぐるみたちが手を取り合って生きていく物語には見えるだろうと言って大家さんは微笑んだ。


「いちぶのひとにしかほんいがつたわらないえほん、それってなかなかろまんちっくじゃない?」


 ──確かに。

 大衆には決してこの絵本の〝真実〟が見えない。伝わらない。けれどほんのひと握りの人間──さいはて荘の人間にだけは、伝わる。理解できる。

 確かに、素敵かも。


「うふふ。ふしぎよね。えにはむげんの〝()()()()()〟があるの」


 〝()()()


「みるひとによってかんじかたがかわる。なににちゅうもくするかも、ひとによってかわる」


 そう言って大家さんは一枚の、ノートくらいの大きさのキャンパスを取り出した。そのキャンパスの中では色彩の反乱が起きていた。

 ルビーの輝きを撫ぜるようにサファイアが煌めいている林檎。

 エメラルドとアメジストの果実が折り重なり融けている葡萄。

 トパーズの衣がダイヤモンドの侵食を受けて蕩けている蜜柑。

 にじいろの、くだものたち。


「あまそう。おいしそう」

「ふふ。おちょうさんはこのほうせきがほしいといったわ。もとみこさんはとてもきれいないろだといったの」


 お蝶はこの宝石が欲しいと目を輝かせ。

 元巫女は色彩の鮮やかさに目を見張り。

 元国王は飴のような質感の絵に感動し。

 爺は果物の表現の仕方に感銘を受けて。

 なっちゃんはかわいい絵だねと褒めて。

 元王子は果物の周りの輝きに魅入って。

 社長は魔女のようにひねくれてな──うるせぇ社長!! ひねくれてる絵で悪かったな!

 元軍人は大家さんのように綺麗と──ああ、うん。はいはい。


「みんなおんなじえをみてて、みんなおんなじようにほめてくれた。けれどね、みんなそれぞれ〝みるところ〟がちがうの」


 その言葉に、思い出すのはこれまでのみんなの言葉。〝将来〟〝仕事〟〝夢〟──それらに対する、みんなの想い。


 〝()()()

 〝()()()

 〝()()()

 〝()()()

 〝()()()

 〝()()()

 〝()()()

 〝()()()


 ──〝()()()


「えほんでなにをつたえるかもね、〝()()()()()〟はむげんにあるの」


 大家さんは主に子ども向けの絵本を描いている。けれど子どもだけでなく大人もよく購入して読むらしい。


「わたしがほんとうにつたえたいこと、それがつたわるかどうかはぶっちゃけね、かけでしかないの」


 勿論、著者の技量次第で伝えたいことが伝わるかどうかは左右される。だが、それだって完璧ではない。どんなに文豪と呼ばれる作家であろうと──どんなに天才と呼ばれる画家であろうと──どう感じ、何を想い、どこに注目するかを定めることはできない。

 それは思想が違うがゆえに。境遇が異なるがゆえに。意識が重ならないがゆえに。


「みるひと、よむひとによってかんじかたがかわる。こっちのつたえたいことがつたわらなくてもね、かならずなにかをかんじているの」


 こちらの意図関係なしに見た人読んだ人は必ず何かを感じ、想っている。そしてその感じ方や想い方は千差万別──人の数だけ存在する。作者の意図がひとつしか存在しないのに対し、感じ方想い方は無限。

 無限の〝()()()〟がある。


「だからたのしいのよね。えほんをかくのが」


 そう言う大家さんは本当に楽しそうで、絵本を描くことが大好きで、そして誇りを持っているということがよく分かった。だからこそ大家さんは絵本を描き続けるのだ。無限の〝()()()〟を追い求めて、誇りを持って。

 ──そこでふと、ワタシは考える。

 ワタシは自分のやることに誇りを持てているだろうか。

 元国王に依頼されて作ったぬいぐるみは謙遜なしにかなりハイクオリティなものだと思っている。自慢できる。本当に出来のいいものだと思っている。

 では、そこにワタシは誇りを持っていたか? ──うん、持っている。ちゃんと持っている。

 じゃあ、その誇りを〝()()()〟に繋げられるか? ──ワタシ次第だ。

 ワタシの作ったぬいぐるみに心の底から喜ぶ元国王。ワタシの作ったぬいぐるみをかわいいと大絶賛するマダム。ワタシの作ったぬいぐるみと同じものが欲しいと大泣きした女の子と困っているママさん。ワタシの作ったぬいぐるみの写真を撮りまくるゆゆと大王。ワタシの作ったぬいぐるみを見て自分も依頼したいと言い出してきた元王子。

 ──元国王に依頼されて作ったぬいぐるみ、あの一件だけを切り抜いても確かに無限の〝()()()〟が存在していた。その〝()()()〟を活かすかどうか、活かせるかどうかはワタシ次第だ。


「──ほかのおしごともおなじね。むげんの〝()()()()()〟がある。でも、〝()()()()()〟はね、みつけないとでてこないものなの。かってにでてくるものじゃないのよ」


 どんな仕事にも〝()()()〟は存在する。

 だが自発的にその〝()()()〟を見つけようとしなければ表出することはない。〝停滞〟するだけ──そう言って大家さんはワタシと視線をまっすぐ合わせた。


「〝()()()()()〟をみつけたいとおもうしごとができる、それがいちばんだとおもうの」


 その言葉にふと脳裏をよぎるのは、ワタシの部屋にあるワタシの身長ほどもある縦長のキャンパス。

 社長から依頼されて描いている──社長のための、絵。

 自分で描きたいと思って描き始めた絵じゃない。ただ、ワタシの絵に心底惚れていて──そして必要としている社長のために描きたいと思った。ワタシのために何か一手を投じようとしている社長の助けになりたいと思った。ワタシの、黒錆どれみとしての今後に〝()()()〟を見出している社長に──ワタシも、〝()()()〟を見出したかった。


「──どれみちゃんはあーてぃすととしても、でざいなーとしても〝()()()()()〟があるのね」


 社長から依頼されて描いている絵について大家さんにぽつりぽつりと話してみれば、大家さんは嬉しそうにそんなことを言ってきた。


「アーティストとしても……デザイナーとしても?」


 アーティストとデザイナー……って、何が違うんだ?


「じぶんのおもいをかたちにするのがあーてぃすとで、たにんのおもいをかたちにするのがでざいなーなのよ」


 自分の想いを形にするのがアーティスト。

 他人の想いを形にするのがデザイナー。


 ──目から、鱗だった。

 

 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス、あれはワタシ自身の想いを形にしたものだ。

 でも、今描いている絵は──社長の想いに応えたいと思って描いているものだ。

 ──確かにどっちも楽しい。どっちも好きだ。

 描きたくないと泣き叫んでも許されず、血豆が潰れても構わず描かされ続けるのと、違う。あれは〝アーティスト〟でも〝デザイナー〟でもない。ただの奴隷だ。


 相互関係性。


 いつだったか、もろみ食堂で職業体験した時にお蝶が言っていた言葉を思い出す。そうだ、相互関係性。互いに尊重し合ってこそ成り立つ関係。それを経てこそ、他人のために何かを作る〝デザイナー〟が成り立つのだ。


「アーティストとデザイナーかぁ」


 自分の想いを形にする。他人の想いを形にする。

 絵でも、ぬいぐるみでも、雑貨でも、(まじな)いでも。

 ──うん、いいかもしれない。


「……ありがとうお母さん。なんか、自分のやりたいこと見つかったかもしれない」

「そお? ふふ。べつにね、いますぐこれだ! ってきめるひつようはないのよ」


 〝夢〟は諦めるものではない。

 〝形〟を整えゆくものなのだ。


 ──はるか遠くの、砂漠に囲まれた小さな国の王様の格言らしい。

 大家さんが教えてくれた格言に、ワタシはすっと自分の胸の中にあったわだかまりのようなものが消えていくのを感じた。

 自分のやりたいことが見つからないという焦り。

 自分のなりたいものが分からないという不安。

 自分の将来が掴めないというもどかしさ。

 そしていざ、やりたいこと、なりたいものらしきものを見つけても──それを貫き通さなければならないという強迫概念に襲われかけた。

 うん、襲われかけた。さっき、大家さんと話してアーティスト兼デザイナーを目指すのが自分に合うことかもしれないと思って──それを〝芯〟に貫き通さないと、と考えてしまった。


「〝夢〟は諦めるものではない。〝形〟を整えゆくものなのだ」


 大家さんが教えてくれた格言を反復する。

 うん──大丈夫。

 アーティストとして、そしてデザイナーとしてバリバリ仕事していくことを目指すのは悪いことじゃない。楽しそうだもん。もしかしたら他にもやりたい! って思うことができるかもしれないけど、とりあえず今はこんな感じで。

 うん──大丈夫。今は、これでいい。


「あ、うごいた」


「えっホント!?」


 大家さんの一言で今までの会話全部吹っ飛んで大家さんのお腹に飛び付いてしまった。けれどしょうがない。

 我が弟に勝る大切なものあるか? いいや、ないね。



 【可能性】



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