【元王様のパン屋さんのめぶきいろめろんぱん】
【元王様のパン屋さんのめぶきいろめろんぱん】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパスの下に陳列されている、十体のぬいぐるみ。
「だからってくまさん持ってこなくても」
「いやホラ、ここにこうして……ホラレジ番」
さいはて荘からおっきな熊のぬいぐるみを持ってきたワタシは、レジ台の向こうにある椅子に座らせてうんうん頷く。
「オーダーメイドのくまさんも持ってきたよ」
「おっ、どれどれ~?」
今日は午後から元国王のお店で職業体験をすることになっている。だがその前に元国王からオーダーメイド依頼されていたぬいぐるみを手渡したかったので早めに来た。
ハンドメイドショップってのを体験するにあたり、最初に受け付けた元国王からの注文。〝レジの隣でパン屋さんの中を見守っているパン生地のくまさんぬいぐるみ〟──元国王のイメージを忠実に再現すべく、デザインから設計、型紙作りに生地選びとかなり細かく相談して作ってきたのだ。
レジの隣でおすわりしてても倒れないように下半身をちょっと重くしたり、お客様が触っても崩れないように衣服やアクセサリー類の固定をしっかりしたり……色々考えて作った。ワタシとしてはもっと大きな、触ってパン生地! ってなるようなぬいぐるみにしたかったけど……あまり大きすぎても邪魔なだけだからこれくらいでいいらしい。自分の〝作りたい〟を押し付けちゃいけないのが難しいところだ。コストや予算の問題もあるしね。
「おお~! すごくかわいいじゃないか。うわぁ、本当に耳がメロンパンだ」
耳をメロンパンにしたいというのが元国王の一番望んでることだったからね。そこは頑張った。顔はあんぱん風、腕は揚げパン風とおいしそうな見た目である。
「ぼくと同じエプロンなのがいいねぇ」
「メロンパン耳カチューシャ作ろうか?」
「それはいらない」
残念。
かわいいと思うんだけどな。メロンパン耳元国王。
「これ、納品書と請求書」
「うん、ありがとう。──さすがに社長くんから仕込まれただけあって無駄がないね」
そりゃもうスパルタだったからね。
「でも魔女くん、今回のお仕事──ちょーっとだけ赤字だね」
「へ? むしろめちゃくちゃ請求してると思うんだけど」
「単純な原価計算の上ではね。魔女くん、何度もぼくと打ち合わせしたろ? それで何度もデザイン描き直したり型紙作り直したり生地選びに時間かけたり」
「うん」
「労力に報酬が見合っていないんだよ。ひとつのオーダーを仕上げるのにかけた期間と打ち合わせた回数、それに対して報酬が安すぎるんだ。これだけのクオリティをお客様ひとりひとりに提供するつもりならもっと高く設定しないと生活していくには厳しいよ」
「ほぁー……」
そうか、それもそうか。
〝仕事〟とは〝生活の糧を稼ぐ〟ことでもある。なんかうすぼんやり〝大人になったら仕事するもの〟って考えてたけど本質は生活するために稼ぐところにあるんだ。生活ができるほどの収入を得ることを考えないとダメなんだ。
「逆に、セミオーダーみたいな感じでお客様側が決められる幅を定めておくのも手だよ。生地は二種類から選べます、とか犬と猫のぬいぐるみだけ作れます、とかみたいなね。そうすればコストを抑えられるし作業に労力もそうかからない。代金を低く抑えられるし、お客様も手を伸ばしやすくて数を稼げる」
ふぅーむ。
お客様のこだわりに応えるフルオーダーの商品は回転数が低い代わりに価格設定を高く見積もって。お客様も製作者も労力を抑えられるセミオーダーでやっていくなら回転数を上げやすい安めの価格設定に。
ほぉーむ。
「パンも同じだよ。その気になればこれくらいのパン作れるけど、労力に応じた価格設定にしてもパン屋に来てくれるお客様が望む価格設定ではないから売れない。とかいって安くしちゃうと労力に見合わなくてぼくが疲れちゃう」
そう言いながら元国王が見せてきたのは──こっわ!!
なにそれこっわ!! なんで赤ちゃんそっくりなパン作ってるの!? ふんわりポップなのならまだしもなんでリアルに作った!? 赤ちゃんの丸焼きじゃんもう!! 年齢制限入るわッ!!
「なんでそんなもの作ったの!?」
「いやぁ~、ほら大家さんおめでただろ? だから何かお祝いのパン作りたいなぁって」
「食べるの!? それに包丁入れるの!? かぶりつくの!?」
絵面が猟奇的になるわッ!!
「だよねぇ~……焼く前はきっとかわいいって思ってたんだけどいざ焼いてみたらただの赤ん坊丸焼きだった」
「当たり前よッ!!」
怖いからしまいなさい!!
「う~ん、大家さんへのお祝いどうしようかなぁ~。大家さんと元軍人の子どもだし、きっとかわいいだろうなぁ~~楽しみだなぁ」
元国王は悲劇のパンをいそいそとしまいながら赤ちゃんについて想いを馳せる。その様子はとっても楽しそうで、赤ちゃんが生まれてくるのを本当に楽しみにしているんだってことが伝わってくる。
そんなうきうきとしている元国王を見て、ふと、大家さんと元軍人の結婚式を思い出す。
幸せそうな大家さんと、照れ臭そうな元軍人。
嬉しすぎて泣きそうなワタシと、ワタシをからかう社長。
もらい泣きしそうになっているお蝶と、満面の笑顔で酒を呑んでいる爺。
心の底から嬉しそうな元巫女と、カメラを片手にはしゃぎまくっている元王子と、スマホでカシャカシャしまくっているなっちゃん。
──そして涙を流す、元国王。
辛そうに。
辛そうに。
──けれど誰も、それには触れなかった。
これから先も、触れることはない。
「てか元国王って子どもいるんだよね?」
「ん? うん、祖国に何人か。今どうしてるのか全然知らないけどね~。それにぼく、確かに子どもいるけど世話全然してなかったしねぇ」
王様だったし、と言う元国王にそういえばガチもんの元国王なんだった、と思い出す。
「最低だったなぁ、あの頃のぼく……もっとちゃんと子ども可愛がってればよかったなぁ」
「結局さいはて荘で子育て経験者ゼロかぁ」
爺も元国王と似たようなもんだし。
「お蝶くんがそこらは手慣れてると思うよ。前のお店には赤ん坊を連れたお母さんの同僚もいたらしいから」
「へぇ~」
そういえばピアノ弾けるとか言ってたなぁ。何でもそつなくこなせてすごいな、お蝶。──……裁縫以外。
「さて魔女くん、予定の時間までまだあるけど先に職業体験はじめよっか~?」
「あ、うん」
お蝶や元王子のとこで職業体験を重ねてきたワタシの手捌きに戦くがいい、元国王よ。貴様から教わることなど何もない!!
◆◇◆
なんて思っていた時期がありました。
ごめんなさい元国王。
「うう、どれがどれかわかんない」
「えぇ~っと、これはクリームパンでぇ……こっちの、つぶつぶがあんパンでぇ……」
お蝶や元王子のお店の時はお客様からの注文に応える形で提供すればよかったけど、ここ元国王のパン屋はお客様が自分でパンを選ぶセルフサービス形式だ。
だからワタシたちはお客様がトレイに載せて持ってきたパンがどのパンなのか即座に判断しないといけない。それが難しいのだ。
「オレ大体見分けられるけど値段が覚えられねぇ」
最初はいいのだ。
ワタシもゆゆも大王もパン屋の常連だからどんなパンが置いてあるか分かるし、値段だって把握できている。だから余裕だと思ったのだ。実際、はじめはゆっくりながらもちゃんとできていた。
でもお客様が次から次へとパン持ってきて、色んなパンを見ているうちに混乱してくるのだ。パンがゲシュタルト崩壊した感じになるのだ。頭の中がパンでみちみちになるのだ。そうなってしまうと値段の方もわけわからなくなって、このパンいくらだったけ? ってなっちゃう。
「コンビニやスーパーだったらバーコード読み取ればいいけど、パンにバーコードねぇもんな」
「ははは。こればかりは慣れしかないからねぇ」
ピークを過ぎてお客様が落ち着いてきた店内で、ぐったりとしているワタシたちに元国王が笑いながらあまりもののメロンパンを差し出してきた。
「ほら、食べていいよ」
「めろんぱん!」
元王様のパン屋さんの看板商品であり、一番人気商品でもあるメロンパン。春の芽吹きを思わせるような淡い緑色の、かわいらしいくま型メロンパン。
はじめはただのまーるいメロンパンだったみたいだけど、ワタシが作った熊のぬいぐるみを見てからはくまの形にするようになったらしい。おかげで人気もアップ。よきかな。
「この耳の部分がいいんだよな。カリカリビスケットって感じでうめぇんだ」
「わかるぅ」
「たまらないよねぇ」
三人ではむはむとメロンパン頬張っているのがおかしかったのか、ワタシたちを見守っていた元国王がくすくすと笑い出す。
「ハムスターみたいだねぇ~」
「へけっ!」
ワタシとゆゆは元国王のところで働くからと髪をお団子にまとめてくまさんっぽくしている。だから、確かにハムスターっぽくはあるかもしれない。
「大王くんはなんとなくうさぎっぽいかな~」
「オレが?」
「うん。大王くんサバサバしてるけど粗雑ってわけではないしね~」
確かに大王はかなりボーイッシュな見た目の割に色々と丁寧だ。食べ方も口を小さく開けてもくもく食べる感じで、むしろワタシやゆゆの方ががっついてる。
「ゆゆくんの方が肉食っぽい」
「おいコラ」
この可愛いうちのどこが肉食だ、と元国王に凄むゆゆにそこだよと内心思いつつワタシは大王のざんばらなウルフカットヘアーを見上げる。
「大王って髪伸ばしたいとは思わないの?」
「う~ん。めんどくせぇんだよな。短い方が楽っつーか」
「ふぅん、嫌ってワケでもないんだ。じゃあワタシが大王に似合う髪飾り作るからちょい伸ばしてみなよ」
「あっ! 大王ずるいっ、黒錆ちゃん作るならうちのも作ってよぉ! そんで三人お揃いにするのぉ!」
お揃い。お揃いの髪飾り……うん、いいかも。
「女の子ってお揃い好きだよねぇ」
「おっさんがお揃いやってもキモいだけだしぃ」
やめて差し上げろ、元国王泣きそうだ。
「三人お揃いか~。黒錆ちんが作る髪飾りすっげー気になるし、少し伸ばしてみるかなぁ」
「うんうんそうしなよぉ! 大王はすっきりした体だからうちみたいなツインテールはちょいビミョかもだけど、ボブとかすっごく似合うと思うよぉ」
うん、背が高くてスレンダーなのに出るところは出ている大王のスタイルは正直、羨ましい。くぅ、小さいのはともかく胸は欲しかった。いや、まだ成長するけどね? 成長する、きっと成長する。
「ほらきみたち、メロンパン食べたならおいで。お客様もいないし、パン焼くよ~」
おっ!!
パン屋ならではの体験!
「メロンパンはね、パン生地とクッキー生地をそれぞれ作るんだ」
それからキッチンに移動したワタシたちは元国王の説明を受けながらメロンパンを作っていく。こねこねパン生地こねこね。うどん作りと似てるかも。
「つるつるした表面になったら一回発酵させるんだ。その後もクッキー生地と一緒に成形して発酵、それからやっと焼くんだ」
「へぇ~。結構手間かかるんだね」
「大きなオーブンだから一度にたくさん焼けるし、そうでもないけどね~」
元国王がパン屋を始めた時、社長が開店祝いがてらくれた大型のオーブンらしい。いいヤツだ。イヤミ野郎のくせに。
「そういえば元国王ってどうしてパン屋を始めようって思ったの?」
「メロンパンに感動したからかな」
アメリカで大家さんたちと出会い、バイトにバイトを重ねて資金を貯めて日本に渡って初めて食べた日本食がメロンパンだったらしい。
「海外ってね、菓子パンあまりないんだよ~。パンというとバケットとか食パンみたいなのが主流でね、基本的におかずと一緒に食べるんだ」
日本のように多彩な菓子パン、惣菜パンはないらしい。サーモンやチーズを挟んだベーカリーだとかシナモンロールだとか、全くないわけじゃないけど日本のように溢れているわけじゃないんだって。ドーナツやハンバーガーもあるっちゃあるけど、パンとは別ジャンルだしね。
「だからメロンパンを初めて食べた時すごく感動したんだ。こんなにおいしくて甘いパンあるのかって」
「だからパン屋をやりたいって思ったんだ?」
「そういうこと。しばらくは大家さんに頼み込んでオーブン借りて、パン作りの練習しながらここでバイトしてたよ」
「えっ、ここ?」
「あ~、なっつかし! そぉいえばパン屋あったねぇ。すっかり忘れてたぁ」
「確かにあったな。じーさんばーさんが経営してるパン屋。そうか、いつの間にか消えてたって思ってたけどここだったのか」
元国王がこの土地を譲り受けることになるまでは老夫婦がパン屋を営んでいたらしい。が、ゆゆも大王も小さいころに行ったきりで近所のスーパーに菓子パンが並ぶようになってからは行かなくなったそうだ。
「そうなんだ。お客さんが全然来なくてね……それなのにパン屋で働きたいっていうぼくを受け入れてくれて、しかもバイト代もきっちりくれてさ……」
まずくないわけではないが古臭く、変わり映えしないパンしか並んでいなかった老夫婦のパン屋さんは赤字経営で、けれど来てくれるお客様はいるからと畳むこともなく続けていた。
だがいよいよ老夫婦の体力に限界が訪れ、そろそろ店を畳むかという話になって──社長が破格の値段で土地ごと店を買い上げたんだそうだ。またお前か。いつもお前だな。本当にいつもいつもお前だな社長!!
「おじいさんおばあさんは大喜びで世界一周に出かけていったよ。まあ、そういうワケで今のぼくは社長くんから借金している状態なんだ」
ほぉーん。社長の所有する土地を元国王が買った形で、ローン地獄真っ只中らしい。プレゼントしたのはオーブンと軽トラだけでそれ以外はきっちり金を取る。甘いんだけど甘くない。社長らしいな。
でも、それでいいんだろう。その甘いんだけど甘くない在り方が、社長と元国王の絆をより確固たるものにしているのだろう。
優しいと、甘やかすは違うのだ。
「ねえ元国王。仕事に大切なものって何?」
「〝地域性〟だね」
また──答えが、違う。
やはり──人によって、違う。
「例えば銀座にあるようなブランドもののお店。あれがここにあったとして、お客さんは来ると思うかい?」
「無理」「無理ぃ」「無理だな」
まず金がない。
それにそういう高級ブランドに興味あるような人、ここにいるのか?
「だろ~? それが〝地域性〟だよ。仕事をするにあたって一番大切なのが顧客だからね。アパレルショップも都市部に行くと若い人たち向けのが多いけど、豹南町にあるアパレルショップって年齢層が高めのお客さん向けだろ?」
確かに。
ワタシも服を買う時は都市部に出かける。……大家さんや元軍人と一緒に、だけど。まだひとりで都市部に行くのは怖い。
「何故かって、ここには若い人が少ないから──だね。その地域に合わせたお店を展開していくこと、ターゲットにしたい客層に合わせたラインナップにしていくこと、流行やニーズに合わせてマーケティングを変えていくこと、それが〝地域性〟さ」
なるほど。
単純にその地域に合わせるだけでなく客層や社会の流れを見て臨機応変に整えていくことも含めての地域性か。
「ぼくの店は女性のお客さんが多いからね。女性が好みそうなパンを中心に売っている。けど、昼時になると惣菜パンを求めて男性も多く来るから時間に合わせて惣菜パンを補充しているんだ」
「へぇ、意外と考えているんだぁ」
「意外ってひどい」
へにょんと眉尻を下げた元国王にけらけらゆゆが笑う。そんな顔するからゆゆが面白がるんだよ。まあワタシもよく面白がるけどさ。
「ま、それはともかくさ~きみら、仕事を決める時って内容にばかりこだわるだろ? これ! っていう仕事が見つからないならさ、地域にこだわってみるのも悪くないよ~」
東京に住みたいから東京で働く。
──そんな単純な理由でもいいのだと元国王は言う。
「要は何をしたいか、どんな暮らしをしたいか、だからね~。東京でおしゃれな服を着ておしゃれな生活をしたい! だから東京で稼ぐ! ってのも立派な動機さ」
なるほど。
何の仕事をしたいか、じゃなくどんな暮らしをしたいか、か。
生活費を稼ぐために仕事をするんだから当たり前っちゃ当たり前だけど、夢を持て! とか立派な大人になれ! とかやりがいを感じろ! とかそんなんばかり学校で言われてるから……どうにも〝生活〟がすっぽり抜け落ちてしまう。
うーむ。
「どんな暮らしがしたいかって、うちは楽した~い」
玉の輿にのりた~い。
そう言いながらちらりと元国王を見上げるゆゆに、元国王は頬を引き攣らせた。
「もう王様じゃないし、ぼく……」
「マジもんの王様だったとしてもさすがに五十超えた髭面のおっさんはムリ~」
「…………」
泣いた。
思わずよしよしと元国王の頭を撫でてしまった。パン粉ついたままだった。
「……そろそろ発酵済むから手洗ってね。成形するよ~……」
しょんぼりした元国王の指導の下、ワタシたちはメロンパンを成形していく。
メロンパンは丸かったりアーモンド型だったりで、変形メロンパンというのはあまり見かけない。と、いうのもクッキー生地がひび割れやすいものだからあまり複雑な形にすると崩れちゃうらしい。
だからあまり凝った形にしないようにね、という忠告に従ってワタシは無難にハート型にした。ゆゆはねこっぽい形、大王はなんか完全球体を目指している。
「うまいうまい。大王くん、膨らんで転がらないように底は少しだけぺったんこにね~」
「パン作り楽しいけどよ、体力いるなこれ」
パン生地こねてクッキー生地こねてと、こねまくりだったせいか大王がくたびれたように肩を回した。うん、疲れるよね。
「こんな作業を毎日毎日、た~くさんしてるから王様はむっきむきなんだねぇ。おなかはぽっよぽよだけどぉ」
「ぽよぽよで悪かったね~」
体格だけで言うなら元国王がさいはて荘の中で一番大きい。骨格もそうだけど、筋肉量もかなりあるのだ。まあ、脂肪も同じくらいたくさんあるけど。筋肉量だけでいうなら元軍人が一番あるけれど、骨格と脂肪の差で元国王の方がずっと大きい。
「オレ、王様やお蝶さんみてぇに料理を仕事にするのもいいかなーって思ってたけど、今日ずっとパン作ってる王様見て中途半端なやる気じゃだめだなって思った」
「うん。料理作るのは重労働だってお蝶も言ってた。だからコックとかパティシエには男性が多いんだって。お家で家族のために作るぶんには問題なくても、お店で何百人分もの料理を作るのは相応の体力がないときついって」
それでもお蝶は定食屋を開きたいと言って、開いた。開いて、お蝶ひとりで回している。だからお蝶はすごい。
「お蝶くんはパワフルだからね~。まっすぐで前向きで、そして魅力的だ。いい女目指すならお蝶くんをお手本にするといいよ~」
「……おっさん臭いのが難点だけどね」
さいはて荘の中で誰が一番おっさん臭いって、お蝶だ。
「ははは。そこも魅力のひとつではあるだろ? 魔女くん、おいしそうにごはん食べるきみの顔もそうだよ~。きみたちにはそれぞれ、違う魅力があるんだからさ~」
──それを失うことのない暮らしを送るようにね。
そう言って微笑む元国王に、ワタシは頷きつつ顎に手をやって唸る。ごはんをおいしく食べられる生活。それを得るための仕事。ふぅーむ。
「暮らしだけじゃないよ~。きみたちそれぞれの魅力を理解して受け入れてくれるともだちやパートナーを見つけることも大切だね~」
ともだち。それはもういる。さいはて荘のみんなにゆゆと大王。うん、いる。
パートナー。……恋人? 伴侶? う~ん……恋愛、ねぇ。
恋愛……恋愛かぁ。好きな人……ワタシの好きな人、ねぇ……。好きってそもそもなに? 大家さんと元軍人はもちろん大好き。さいはて荘のみんなもだーい好き。ゆゆと大王も大好き。でも、恋愛の〝好き〟はそれらとは違うんだよね。
そんな時、ふと脳裏に甘く酸っぱいいちご味のりんご飴がよぎった。
「呪うぞッ!!」
「うわっ」
「ぴゃっ!?」
「黒錆ちん?」
思わず叫んでしまったワタシに三人が驚いた表情を向けてきて、慌てて何でもないと顔を勢いよく左右に振る。
──そんなワケないッ!! ない!! 絶対、ない!!
【地域性】




