【しふぉんけーき】
ふんわりふわふわ、ほわほわもふもふのシフォンケーキ。
「はい、ではまずボウルに卵黄を入れてほぐしてからAの材料を順番に入れていきまーす」
割烹着を身に付けたお蝶が粟立て機を片手にそう言い、ワタシと大家さんははーいと手を挙げる。後ろでは元国王がこねこねとパン生地をこねている。
今日は元国王のパン屋のキッチンを少し借りて、女三人組でシフォンケーキを作っているところである。意外と甘党だという元軍人のために大家さんがケーキを作りたいと言い出して、お蝶に教えてもらうことになったのだ。定食屋を開くのが夢なだけあってお蝶の料理スキルはお菓子作りにも及んでいた。定食屋にシフォンケーキは合わない気もするけど。
「均一になるまでよく混ぜるんだぞ~」
普段から料理している大家さんはさすがに手慣れていて、しゃかしゃかと切るようにボウルをかき混ぜている。ワタシもお蝶に手伝ってもらいながら卵黄がとろとろとしたカスタードクリームのようになるまでかき混ぜて、それから卵白もグラニュー糖を少しずつ加えながらかき混ぜてメレンゲにしていく。
「今度は卵黄生地とメレンゲを混ぜるんだ。メレンゲは一気に加えるんじゃなくて三、四回に分けてなじませながらな」
メレンゲの泡を潰すようにヘラで大きく混ぜていく。楽しい。
「できたら型に一気に流し込んで~、ならしてから焼く!」
生地の表面がひび割れて、そのひび割れの中身もきつね色に焼き上がったら完成らしい。ワタシたちはうきうきとした気分でパン屋の本格的なオーブンの中にケーキの生地を入れた。
「焼き上がり確認はぼくがしておくから、三人はお昼でも食べててよ~珈琲も淹れたげるよ~」
「おっいいね~」
「ありがとうございます、もとこくおうさん」
「カツサンド食べたい」
ワタシのリクエストに元国王さんは笑いながら応えてくれて、ほかほかのカツサンドを皿に盛りつけてくれた。わーい。
◆◇◆
「どうですか? もとぐんじんさん」
「うむ、今までの人生の中で一番美味しいケーキだよ」
昼下がりのひととき。
縁側でふたり並んでシフォンケーキを食べている大家さんと元軍人さんを二階のお蝶の部屋から見下ろす。
「か~っ、アッツいね~」
「アレで付き合っていないとか詐欺だと思う」
「えっマジで?」
「うん。元国王はそのうちどうにかなるって言ってたけどね~」
「まぁあの元軍人がなあなあにしておくとは思えねーしな。なんか考えでもあるんだろ」
「……ふぅん」
ワタシには分からないけど、元国王もお蝶もあのふたりがまだ付き合ってないことについて急かす必要性は感じていないみたいだ。
よくわかんないなぁ、オトナって。元軍人さっさとプロポーズしろよって思うけどなぁ~。
「それよりアタシたちも食べようぜ」
「うん」
冷蔵庫からワタシ特製シフォンケーキを取り出して真っ二つに切り分けたお蝶が片方をワタシの前に置いた。半ホール食い。いいね。
がぶりと行儀悪くシフォンケーキにかぶりつけばまろやかな感触が舌に乗ってきて、同時に甘く優しい味が口内いっぱいに広がった。あま~い。おいし~い。
「うめー」
「語彙力」
「いいんだようまいもんはうまい、それで十分だ」
本当にうまいよ、と笑いながら言ってくるお蝶にワタシは少しだけ心がくすぐったくなる。お蝶のレシピ通りに作っただけなのにね。
──ああ、そうか。
だからお蝶は定食屋を開いて、みんなにおいしい料理を振る舞いたいのか。
おいしいって言ってくれるのが、うれしいから。
「生クリームつけてみろ、もっとうめーぞ」
「ん~おいしい」
「シフォンケーキはな、シンプルだけど綺麗に膨らますのが難しいんだ。卵黄生地やメレンゲ作る時が肝心だな」
「そうなんだ。でも確かに、力のいる作業だったね」
「おう。料理人に男が多い理由でもあるかもな。料理ってのは力作業だからな──家族だけならまだしも、多数の客を相手に料理するとなるとかなりキツいからな」
「……でもそれでも、定食屋さんやるんでしょ?」
「おう。つっても小さな町の小さな定食屋のつもりだからそこまで沢山の客を相手にはしねーと思うぜ。常連客はお前ら」
「常連確定」
いいだろ? と、にかっと歯を見せて笑うお蝶にワタシも思わずくすりと笑ってしまう。
そうだね、お蝶が定食屋さんを開いたら──毎日通おう。大家さんや元軍人さんと一緒に。他の住人たちも時間が合った時一緒に。