【やきざかな】
「魚釣ってきたの?」
「爺さんと山奥にちょっと行ってきてね~鮎が釣れたよ」
「小さくねぇか」
「まだ旬じゃないからね~若鮎ってやつだよ~」
前庭にどかりと置かれたクーラーボックスに銀色の魚が数匹入っていて、それをワタシとお蝶とでじっと見下ろす。元国王は元軍人と一緒に料理の準備をしていて、爺は枝を組んでいる。
「原始焼きにしようかなって思って~」
「原始焼きって……魚にブスッと串刺して焼く?」
「そうだよ~」
「いいなそれ。酒のつまみになりそうだ」
よし、とお蝶は立ち上がって爺に酒を空けようぜと伝えてから二階に上がっていった。その後ろ姿に爺が右端の日本酒を持ってこいと叫ぶ。視線を上げればお蝶が二階の二〇四号室──爺の部屋に入っていくのが見えた。そういえば爺は日本酒コレクターだった。
「魔女、大家さんが部屋で料理している。手伝ってはどうだ」
「あっそうだね。行ってくる」
元軍人に言われてワタシは立ち上がり、ととと、とと駆け足で大家さんの部屋へ向かう。
ドアを開ければふわりとお味噌汁のいい匂いが香ってきた。
「大家さん、お手伝いするよ」
「ほんと? ありがとうまじょちゃん。じゃあ、ごもくめしがたけているからまぜておわんによそってくれる?」
「わかった」
さいはて荘のみんなで食べられるようにと、大家さんと元軍人さんがわざわざ購入してきた業務用の炊飯器を開ければほわんと湯気と一緒に香ばしい匂いが立ち昇る。おいしそう。
◆◇◆
日が暮れて、紫色に染まった空の下。
山の上にまだ茜色の空がかかっているのを見上げながらワタシは魚が焼き上がるのを待つ。
「焼けたぞ」
「わっ」
ぐい、と目の前に串焼きの魚を突き出されてワタシは慌てながら受け取る。少し焦げてカリカリになった皮がとてもおいしそう。
「こういう食事もなかなかに乙なものであるな」
前庭に麻布のシートを広げてその上にどっかりと座り込んだワタシたちは行儀悪く料理をシートの上に並べてもしゃもしゃと食べている。座り心地はよくないし食べにくいけど、爺の言う通り──たまにはこういうのもいい。原始焼きがメインだし、なおのこと。
「んん~、うっめぇ」
塩焼きにした鮎にかぶりつきながら酒を一口呑んだお蝶がおっさんのような顔をしておっさんのようなことを言う。本物のおっさんである元国王や元軍人は丁寧にかぶりついているし、この中で一番おっさん臭いのがお蝶ってどうよ。
「なっちゃん、どうぞ」
大家さんが焼けた魚の串をなっちゃんに手渡し、なっちゃんはにっこりと笑顔で礼を言いながら受け取った。そして女子大生らしく小さくかぶりついて可愛らしくおいしい、と声を上げる。ひとりだけ麻布のシートの上に可愛らしいハンカチを敷いてちょこんと座っているし、女子力高い。
「なっちゃん今日は早いね。バイトなかったの?」
「うんっ。今日は月一の定休日なんだぁ」
「へぇ~」
「そういえば元王子ここしばらく顔見てないな」
「あ、なんかバイト先の執事喫茶でイベント中らしくて~忙しいみたいだよ~」
元国王が言うにはなんか春からやってくる新規のお嬢様やマダムをメロメロにすべく“執事失格なわたくしめをどうかお許しください”イベントなるものを開催しているらしい。どういうことだ。
「元王子見た目すっげぇキラキラしてるもんなぁ~あんな王子系執事に貴方を離したくない……とか言われたら即落ちだろ」
お蝶がけらけらと笑いながら言う。確かに。
性癖──違う、いや違わないか? 性格はアレだけど見た目は本当に完璧だもんなぁ。美の女神が嫉妬通り越して恋に落ちるレベルの美しさ。
本当に──あの性格がなければ。あの性格さえなければ。
「暑くなったらさ~川に遊びに行こうぜ~」
お蝶が仄かに赤くなった顔で唐突に提案してくる。酔ったな。でも、いいかもしれない。さいはて荘の外に出るのは好きじゃないけど、今までそういう自然の遊びってのしたことないから。
「いいね。でも、山奥の川って危なくない?」
貧相なワタシと体が強くない大家さんにも行けるのか?
「大家さんは私が運んで行こう。魔女は今から体を鍛えるがよい」
「えっ」
相変わらず大家さんにべったべたに甘いな元軍人。その甘さをワタシにも向けろ。
「ふむ、確かに年の割に貧相すぎるおぬしは少し体を鍛えるべきじゃろう。あそこは多少岩場が多い──今の貴様ではすぐ倒れるだろうよ」
「ジジイのくせに……」
「スクワット五回で倒れる貴様に言われたくないわい」
うるさい。
「かわにいくなら、みずぎをかわないとね。まじょちゃん、もうすこしあつくなったらみずぎかいにいこうね」
大家さんだけが癒しである。