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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
34/185

【うどん】


「大家さん」

「…………」


「大家さん」

「…………」


「大家さんっ!!」

「ぅえっ? あっ、まじょちゃん。ごめんね、きこえていなかった」


 ワタシが耳元で大きな声を出してようやくワタシの存在に気付いた大家さんは眉尻を下げて謝罪してくる。別に気にしてないと言ってから大家さんにお昼はどうするか聞く。


「おひる……あっ、もうこんなじかん! ごめんね、なにもよういできていない」

「じゃあワタシがうどん茹でるよ。爺からのお土産、あるでしょ?」

「ああ、そうね。じゃあきょうのおひるはうどんにしようか」

「──三人分茹でるね」

「あ……」


 ワタシの一言に大家さんは分かりやすいほどに分かりやすく狼狽する。動揺に瞳を揺らして、そのあとどこか苦しそうにぎゅっと唇を噛み締めた。

 それを見てワタシはため息を大家さんに聞こえぬよう小さく吐きながら鍋をシンク下から取り出す。


「そういえば元軍人、元国王と出掛けてるんだった。ワタシと大家さんのふたりだけだね」

「あ……そ、そうなのね。ふたりだけ、ね」


 ……安心しちゃって。


 ふっ……我ながらいい気遣い方したと思う。ろくに人間関係築いていない子どものワタシでもこれくらいできるのだ。さすがワタシ。


「大家さん、うどんだけじゃ物足りないと思うんだけど何かある?」

「あ、じゃあきのうののこりのからあげをあたためようか」


 からあげ!

 からあげとうどん! いいねぇ~。

 それからワタシはお湯を沸かして、包装に書いてある説明通りにうどんを入れてしばらく茹でる。その間に大家さんがからあげをレンジに入れて、長ネギを取り出して刻んで、しょうがをすりおろして──結構やること多いな。うどんを茹でるだけでも色々準備が必要になっちゃう。


「大家さんって料理上手だよね」

「そう? うふふ、ありがとう。でもりょうりをするようになったのはごねんくらいまえからなのよ」

「えっそうなんだ」

「うん。あのね、もとぐんじ──」


 と、そこで言葉を切って大家さんは黙り込む。

 うん、察した。察した察したさすがワタシ。元軍人と一緒に暮らすようになって料理を始めてみたパターンだ。


「大家さんの作るごはん、どれもおいしくて大好き」

「ほんと? うふふ、いつもまじょちゃんおいしそうにたべてくれるからわたしもつくりがいがあるの」


 ワタシの言葉にぱあっと笑顔になる大家さん。癒しだ。

 ──大家さんによれば、ワタシが実年齢よりも小さい体だからワタシが来てからは料理により力を入れていたらしい。すくすく成長するワタシを見てとても嬉しかったんだそうだ。


「ワタシも体力そこそこついてきたし、大家さんの手伝いも色々できるようになったから……料理も教えてよ、大家さん」

「そうね。ときどきまじょちゃんがつくってくれるごはん、とってもおいしいもの。まじょちゃんならすぐわたしよりもおいしいごはんつくれるようになるわ」

「そんなことないよ」


 大家さんのごはんには一生敵わないと思う。


 だってワタシの一番好きなものだもの。大家さんのごはんって。ワタシが作ってもそれは大家さんのごはんじゃないからね。


「そろそろいいとおもうよ」

「うん」


 茹で上がったうどんをどんぶりに移して、ワタシたちは畳の間に移動して机にうどんとからあげを並べて座った。ほわほわと湯気を立てるうどんがとてもおいしそうだ。からあげと合う、絶対合う。


「いただきまーす」

「いただきます」


 ふたりで両手を合わせて、箸を手に取る。

 ネギとしょうがを絡ませたうどんを二本ほど口に含んでずるずると啜る。うどんの本場のお土産というだけあってワタシが普段食べているうどんとは比べ物にならないくらい張りがある。コシがあるって言うんだったけ? おいしい。


「ねえ大家さん」


 ずるずる。ずるる。


「なあに?」


 ずるずる。ずるる。


「ワタシ大家さん大好きだよ」


「えっ、ど……どうしたの? もちろんわたしもまじょちゃんがだいすきよ」

「言いたくなっただけ」


 大家さんは、理解していない。

 ワタシが大家さんを大好きなことを。

 ──元軍人が大家さんを愛していることを。





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