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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
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【ぜんざい】


 鍋の中で煮えているあずきをひと粒すくい上げて指先でつまむ。熱さに指を引っ込めそうになったけれど堪えて指先に力を込める。そうすればふにゅりと潰れて、頃合だとお蝶が横から言ってきた。鍋いっぱいのあずきをざるに全て上げて、空になった鍋を軽く洗ってから柔らかくしたあずきと水、砂糖、塩を入れてゆるやかに掻き混ぜていく。


「上手上手」


 それから餅を人数分オーブンで焼いて、いい具合にとろとろになったぜんざいをお椀によそっていく。う~ん、とっても甘い香り。


「じゃあ庭に行くか」


 お蝶と分担してお盆にぜんざいを載せたワタシたちはお蝶の部屋を後にして庭に降りていく。昨夜から降り続けていた雪ですっかり一面の銀世界となったさいはて荘の前庭にはテレビでしか見たことのない立派なかまくらが出来上がっていた。


「いい匂いだな。もう準備できているぞ」


 かまくらを作っていた元軍人がそう言いながらかまくらの中を指差す。中にはござが敷いてあって、中央部に設置されている七輪でせんべいが焼かれている。なにあのせんべい。おいしそう。


「わ~おいしそうなぜんざい。早速食べようよ~」


 元軍人と共にかまくら作りに勤しんでいた元国王がにこにこと笑いながらかまくらの中に入っていく。それに続いてワタシたちも中に入っていけば、意外なことにそれほど寒くはなかった。むしろ外よりも温かい。


「まじょちゃん、はいすとーる」


 元軍人に連れられて雪の上をおぼつかない足取りでやってきた大家さんがワタシの肩の上に厚手のストールをかけてくれる。コートを着ていても少し寒かったからありがたい。


「とってもおいしそう。まじょちゃん、じょうず」

「お蝶が教えてくれたから……」


 恥ずかしい。褒めてくれてうれしいけど恥ずかしい。

 にこにこ笑顔でぜんざいを啜っておいしい、と零している大家さんににやけそうになりながらワタシもぜんざいを口に運ぶ。とろとろに煮切ったあんずがいい具合に餅と絡み合ってとってもおいしい。それに冬の寒気で冷え切った体がじわりじわりと奥底から温かくなっていく。はふぅ。


「せんべいもあるから食べなよ~」

「あ、これどうしたの?」

「ちょっと爺さんと海釣りに行った時にね~でっかいたこせんべいを買ったんだよ~そのままでもおいしいけどね、焼いてみたの~」


 甘いぜんざいと合うと思うよ、と言われてワタシはせんべいに手を伸ばして端っこをぱりっと食べてみる。ほんのりぴり辛で甘じょっぱいせんべい──確かに甘い甘いぜんざいとよく合う。交互に食べればいい感じ。


「おいひい」

「ははは、幸せそうな顔しちゃって~」


 だって本当においしい。たまらん。


「餅も焼け餅も。足りねぇ」


 お蝶がせんべいを七輪の端に追いやって餅を並べていく。まあ確かに足りないかも。でも夕食食べられなくなる……。


「きょうのよるごはんはおむらいすだから、かんがえてたべてね。まじょちゃん」

「おむらいす!」


 なんと、それは腹を空かせておかなければならないではないか。口惜しいけれどワタシは餅一個で我慢するとしよう。

 大家さんの作るオムライスは絶品なのだ。元軍人から教えてもらったらしいけど、すっごくふわふわでとろとろのオムレツを作ってチキンライスの上にのっけて、ナイフでつーって切るとぶわーって溢れ出るの。すっごいの。すっごいおいしいの。ああ語彙力が足りない!!


「いいな~。アタシはぜんざい食べたら仕事だぜ~」

「えっ、それなのにワタシのぜんざい作り見ててくれたの?」

「食べたかったからいいんだよ。午前丸ごと寝てたしな~」

「そっか。ありがとう」


 姐御って呼びたくなるよ。


「鍋に残ったぜんざいは私が引き受けよう。他の住人が帰ってきた時に食べられるようにしておく」

「ありがと元軍人」


 ちるちる。

 ぱりぱり。


 ぜんざいとせんべいを交互に食べる至福のひと時。


「食べ終わったら雪合戦しようよ、魔女くん~」

「ひ弱なワタシと雪合戦と申すか」

「でも運動しないと夕飯食べられなくなるだろ~? じゃあこうだ、ぼくと魔女くんvs元軍人」


「ほう」


 ぎらり、と元軍人の目が鋭く煌めく。

 鷹のように鋭い眼光にワタシと元国王はビビって思わず抱き合う。おい元国王! なんてことしてくれたんだ!


「それは面白い。ジャッジは大家さんに任せてやってみようではないか」


 安心しろ、ハンデは付ける──そう言って口を吊り上げた元軍人に、ワタシと元国王は辞世の句を詠むかどうか迷ったというのは言うまでもない。


 だって元軍人の背後に鬼が見えたんだもん。





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