【さくらごはん】
「さくらごはん? 桜の花びら使うの?」
「ううん。さくらごはんってのはたきこみごはんのひとつで、しょうゆあじのぐがなにもないごはんなのよ」
大家さんが笑顔でそう言いながら“さくらごはん”がいっぱい入った寿司桶を机の上に置いた。寿司桶には茶色の、炊き込みご飯から具材を全部取り除いたようなごはんがぎっしりと詰まっていてふんわりと醤油の香ばしい匂いを漂わせていた。
「醤油や酒、味噌に出汁で炊くだけのシンプルな飯だがね──そのシンプルさが非常に美味だ」
元軍人はそう言いながら姿勢を少し正してお盆に入った水で手を濡らしてから寿司桶の中のごはんを手に取り、握り始める。ワタシもそれに倣っておにぎりを作ろうとする──けど、ごはんが熱すぎて途中で落としてしまった。
「あう」
「あつかった? このうつわにうつして、すこしさましてからにぎってね」
大家さんがよしよしとワタシの頭を撫でてくれる。優しい。
「元々は静岡県の郷土料理なようだ。関東では茶飯とも呼ばれているようだが……」
「おじいさんがしずおかしゅっしんなんだって。それでこのれしぴをおしえてもらったの」
「ふぅーん」
そうして大家さんが見せてくれた一枚の紙には爺の無駄に達筆すぎる字で、目の良くない大家さんが読みやすいように太いサインペンでレシピと手順が書かれていた。基本は醤油と酒で、そこにより味を深くするための味噌や出汁を加えることでおいしくなるらしい。簡単でおいしいっていいな。ワタシにもできそうだ。
その後器に移し替えたさくらごはんが少し冷めたのを確認してから、大家さんや元軍人と一緒にひたすらおにぎりを握り続けた。
にぎにぎ。にぎにぎ。
にぎにぎ。にぎにぎ。
十個。十五個。二十個。二十五個。三十個。
「これでおしまい。はい、まじょちゃん」
寿司桶に少しだけ残ったさくらごはんを小さなこむすびにして海苔を巻いてから大家さんが差し出してくれる。さくらごはんの香ばしい匂いでさっきからきゅうきゅうお腹が鳴っていたワタシは大喜びでそれにかぶりついた。
「おいしい!」
五目飯とかのように具材がないけど、物足りないって感じは全然しない。
それどころか余計な具材がないせいでごはんのおいしさをより感じられるって思える。温かいごはんを噛み締めるたびに醤油の香ばしさが口内に広がってとってもおいしい。かやくおにぎりよりも好きかもしれない。
「ふふ。じゃあこんやこられないひとたちのぶんをわけようか」
今夜は縁側でごはんを食べることになっている。二階と三階の部屋にある窓は普通の小ぶりな窓なんだけど、一階は全てが繋がった縁側になっているのだ。元巫女とワタシの部屋はいつもカーテンを閉め切っているけど、大家さんと元軍人はいつも開けっ放しにしてある。まー、泥棒なんてこんなど田舎に現れるわけないし、現れたとしても元軍人がいるし。
あの人、この間畑に現れたイノシシを素手でぶっ倒していたもん。イノシシ肉おいしかった。
「今夜は誰が来るの? ──あ、今夜は誰が来るの?」
大家さんがいそいそとプラスチック容器におにぎりを詰めている時に声をかけて、けれど聞き取れなかったらしい大家さんに首を傾げられて今度はよりはっきりとした声で聞く。
「おじいさんともとおうじさんともとこくおうさんとしゃちょうさんともとみこさんだよ」
「げっ、社長もいるの? 結構集まるね~」
普段好き勝手暮らしているさいはて荘の住人たちが集まるのは結構珍しい。普段からさいはて荘にずっといるのはワタシや大家さん、元軍人に元巫女くらいであとはみんな仕事だったり趣味に走ってたりで不在なことが多い。
「大家さん、片付けは私がしよう」
元軍人が寿司桶やら水の入った器やらを持ち上げてキッチンへと向かっていく。その後ろ姿に大家さんがありがとう、と声を掛ければ元軍人は少し後ろを振り返ってにこりと微笑んだ。いつも通り。
「まじょちゃん、ごはんをならべるのてつだってくれる?」
「うん、いいよ」
それからしばらく大家さんと一緒に縁側に色んな料理を並べた。裏庭に元軍人が作ったテーブルも置いて、その上にも料理を並べていく。
おにぎりに天ぷらに焼き鳥に出汁巻き卵に。どれもおいしそう。
そうしているうちに匂いに釣られたのか、続々とさいはて荘の住人が集まってきた。
「OH! なんていい香りなんだ! ──OH! これはなんて美しいエビの天ぷらなんだ! アニメで見たのとそっくりそのままの美しいフォルムをしている……!」
「やあ。デザートにどうかなってどら焼き作ってきたよ~」
「大家さん、何か変わりは? ──ないのであれば重畳。失礼する」
「お邪魔いたします」
元王子に元国王に社長に。それにいつの間にか元巫女もカーテンや窓を開けて、けれど部屋の中から出ることなく正座したままそこにいる。
最後に爺もやってきて、騒がしいながらも賑やかで楽しい晩餐が始まった。
人ゴミは嫌い。
沢山の人間に囲まれるのも嫌い。
そもそも人間なんて大嫌い。
でも、さいはて荘の住人だけは──好き。