【おでん】
冬の冷気が肌を突き刺すようになってきて、タンスの中にある服が完全に冬服に塗り替わったある日のさいはて荘。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………なんでアンタなんかと……」
「それはこちらの台詞だ。せっかく一週間ぶりに帰ってきたというのに貴様と食卓を囲む羽目になるとは」
はあ、とクソでかいため息を吐いた社長にワタシはむかっとする。
今日、さいはて荘にいるのは最悪なことにワタシと社長のふたりだけである。大家さんは絵本の仕事で元軍人と一緒に出版社。遠方にあるから一泊することになっている。
お蝶は仕事。爺は日本酒の全国市があるとかでおとといから旅行。元王子は元巫女と山奥でキャンプ中。なんか修行するらしい。
元国王は菓子パンのコンクールに出るとかで不在。なっちゃんは大学のサークル合宿。吹奏楽やってるらしい
──と、いうわけで今日はワタシひとりだったのだが……そこに最悪なことに社長が帰ってきたのである。
大家さんが作り置きしてくれたおでんを挟んでワタシと社長は睨み合う。
「やれやれ……まあいい。食べるとしよう」
「食べさせてください、でしょ? これは大家さんがワタシのために作ってくれたものなんだから」
「ッハ。見てみろ、どう見てもひとり分の量ではだろう。大家さんには帰る日を伝えてあるからな──俺様の分も当然、含まれている」
そう言ってまた鼻で笑う社長にワタシはかちーんときてぎろりと睨み付ける。何様よ!
「何だその目は。俺様に向けていい目じゃないだろう愚民風情が」
「呪うぞ」
「はっ。その時は倍返しにしてやる」
そしたらさらに三倍返しだばっきゃろー!!
──その時ぼこりとガスコンロに載せられているおでん鍋が沸いて、ワタシたちは一旦睨み合うのをやめる。
「ふわあおいしそう」
「既製品が少ないな……ここまで力を入れて作らなくともよかったろうに。相変わらずだな、あの人は」
社長の言葉に視線を改めておでん鍋に向ける。確かに──社長の言う通り、市販されているおでん用の具材はあんまり入っていない。こんにゃくとかちくわとかは市販品のを入れただけだけれど、練り物の団子とかきんちゃくとかは手作りっぽかった。
……社長の言うように手抜きしてもよかったのに。
大家さんらしいけど……また今度、お留守番することがあったらちょっと考えた方がいいかも。
「料理できるようにならないと……てか市販のお弁当でもいいって言った方がよかったかなあ……」
「貴様はコンビニ弁当やインスタント料理が嫌いだろう? だから大家さんは作ったのだろうよ」
「…………」
そう、確かにワタシはコンビニ弁当やインスタント料理が大嫌いだ。吐き気がするほど、大嫌いだ。市販のおにぎりや菓子パンとかも嫌いだ。
……理由は言わずもがな。あれに与えられた食事だからだ。
……だから、気遣ってくれたんだろうなあ……。
「申し訳なく思う必要はなかろう。親心ってやつだ。普通のことにすぎない」
……──親心。
親心、か。
ワタシはゆるりと箸を鍋に伸ばして大根を器に移す。ほくほくと湯気を立てている、とろとろの飴色大根。
「……おいしい」
元軍人の育てた大根だ。
出汁がよく染み込んでいてとてもおいしい。
「……ワタシ、もっと甘えていいのかな」
「甘えない子どもがどこにいる」
「…………」
前にも……似たようなこと言われたなあ。
甘えるって、難しい。
「安心しろ。行きすぎた甘えは元軍人が止めてくれる」
「……!」
「お前はろくに躾けられていない餓鬼も同然だ。だから馬鹿でいいんだ」
馬鹿みたいに甘えて、いいんだ。
──そう言いながらはんぺんを口に運んだ社長にワタシはつい、口元を緩めて微笑んでしまう。
──らしくもない優しさを見せて自分で照れるとかばかなやつめ。
「へへ」
「何を笑っている」
「んん、何でもない」
元王子の言葉を、思い出す。
猟犬の社長と──仔猫のワタシ。
不器用な猟犬と、甘え下手な仔猫。
──意外と見る目あるなあ、元王子。




