【からあげ】
「からあげはね、神が作りたもうた食物だとボクは思っている」
「ぼくも」
「…………」
朝っぱらから元王子に叩き起こされたワタシは元国王のトラックに乗せられてドナドナされた。そして何やら行列のある店に連れてこられたかと思えば唐突にこんなことを言われた。甚だ迷惑である。
「からあげはワタシも好きだけど……何でわざわざお店に来るの? それも都市部に……」
行列に混じって並んでいるために周りには人がたくさんいる。人ゴミの苦手なワタシは元国王の足にぎゅっとしがみついていた。元軍人の大きな手に包まれている時のような安心感には到底及ばないけれど、それでも少しだけ安心する。
「ここはね、からあげ専門店なのだよ。つい先日オープンしたばかりでね……そのあまりの美味しさにリピーターが絶えないという評判さ」
「へぇ……」
「僕と元王子とで行こうって話になってたんだけどね~どうせなら魔女くんも連れていこうってなったんだよ~」
「なんでよ」
「魔女くんの食べる顔が好きだからだよ~」
は? 食べる顔?
「魔法少女ちゃんはいつも幸せそうに食べるからね! 見ているだけでこっちも幸せになってしまうくらい、本当に幸せな顔をしているんだよ。そういう人と一緒に食べる食事というのは格別なのさ」
……幸せそうな顔?
……そうなの? 自覚してなかった。いや、そりゃ確かに大家さんの作るごはん最高においしいけど。
「あの……すみません、旅行か何かでこちらに──」
「OH何かなレディたち! 我が天使、天才プログラマーちーたんについて聞きたいのかな!?」
背後から元王子に声を掛けてきた見知らぬ女性たちに元王子は前触れもなく超絶ハイテンションで、自分のシャツにプリントされている制服姿の美少女キャラクターを見せびらかすように胸を張りながら声高に叫んだ。
ワタシがビクッと肩を震わせるのと同じように、女性たちもビクッと肩を震わせてそれまで頬を赤らめていたのが嘘のように怯えた表情に変わった。そりゃ怖いわ。てかこれってあれか? 逆ナン?
「いえ……」
「OH違うのかい? 残念だ! じゃあ話しかけないでくれたまえ!! ──さて魔法少女ちゃん、ここのからあげはどうやら台湾風らしくてね。せんべいのようだって話だよ」
「炸鶏排と言うらしいね~」
「へぇ」
……元王子、意外と容赦ないな。多分いつもこんな感じで声掛けられているんだろうな。顔だけはイケメンだから。女嫌いのくせに執事喫茶でバイトしているから何だかんだ言いつつも女性には優しいのかと思っていた。さいはて荘の女性に対しては、ちょいアレだけど紳士で優しいし。
それから一時間ほど元王子の二次元嫁たちの話を聞くという苦行を強いられたワタシたちはようやくお目当てのせんべい型からあげを手に入れることができた。
「わあ、大きい……」
両手で持っても余るほどに大きく、そして平べったい熱々のからあげ。
それを三枚手に入れたワタシたちは元国王のトラックに戻って、荷台に並んで座る。そして声を揃えていただきまーすと言い、からあげにかぶりついた。
「ん~、おいしい!」
サクサクカリカリの衣にもちもちしっとりジューシーなお肉! 日本のからあげと違って香辛料をふんだんに使っているからか、とてもスパイシー。けれどそれがいい。
「そうそう、その顔だよ~」
「もふ?」
からあげに思いっきりかぶりついている時に唐突にそんなことを言われてワタシは目を丸くする。その顔?
「その幸せそうな顔だよ。おいしいものをおいしいって心の底から思っている、幸せそうな顔」
「その顔を見ているだけでボクらもおいしい気分になってしまうのさ。魔法少女ちゃん、君の人を幸せにする魔法はとても素敵だ」
「…………」
な……なんだこれ。
こ、こっ恥ずかしいぞ! ワタシ、そんな間の抜けた顔をしていたの?
「恥ずかしがることはないよ~。一緒に食べるならおいしそうに食べてくれる人の方がいいだろ?」
「それはそうだけど……」
「ぼくらだけじゃないよ~さいはて荘のみんなね、魔女くんと一緒に食べるのが大好きなんだよ~」
みんな幸せのおすそわけが欲しいのさ。
そう言って元国王はワタシの頭を撫でた。そう言われてみてふと、思いだす。そういえば──さいはて荘に来てからひとりきりで食べたことが一回もない。
いつだって、誰かと一緒だった。今だってそう。隣に元王子と元国王がいる。
そして──食べる時はいつも、みんな笑顔だった。とても楽しそうに、幸せそうに、おいしそうに──食べていた。
「幸せだよね~」
「……うん」
ちっぽけな幸せだって他の人たちは笑うかもしれない。
けれどワタシたちさいはて荘の者たちにとっては──おいしいものを幸せな気持ちで食べることができる、ただそれだけで泣きそうなくらいに幸せなのだ。




