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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
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【やきいも】


 前庭に植えられた一本の桜の木。

 満開の時期を越えてそろそろ散ろうとしている頃合の中、ワタシたちは前庭でたき火をしていた。元軍人が畑や山から集めてきた冬の名残りで季節外れのたき火──まあなかなかいいんじゃないかと思う。

 元軍人がたき火の火が切れないように火かき棒で調整しているのを、大家さんとワタシと爺とで見守りながらたき火に当たっている。平和である。


「お? 何してんだ?」


 さいはて荘の二階からお蝶が顔を出してきて、それに爺がやきいもをしていると答えればお蝶は自分も参加すると言ってさいはて荘から出てきた。


「あら、こんやはおやすみ?」


 お蝶がたき火のところまでやってきたところで大家さんがお蝶に気付き、そう問いかける。お蝶は頷いて明日の夜まで仕事がないことを教えてくれた。不定期だけれど最低でも週に一度はこういう休みがあって、その日はよくお蝶と一緒に駄弁っている。


「桜の下でやきいもってなかなかオシャレだな~」

「もとぐんじんさんのところでとれたいもをいまやいているの」


 やきあがるのがたのしみ、と元軍人を見上げて微笑む大家さんに元軍人も頬を緩めて優しく微笑む。ワタシたちに対してはいっつも無機質な顔ばかりのくせに大家さんにはべろべろに甘いヤツである。だからバレバレだというのだ。


「こうしてやきいもをたき火で作るのってアタシ初めてなんだよな~」

「ワタシも」


 やきいもの屋台からやきいもを買ったことは、ずっと昔にある。

 でもこうしてみんなでたき火を囲んでやきいもを作るってのは初めて。こんなにわくわくするものだなんて──知らなかった。ぱちぱちと弾ける火の音がとても落ち着くなんて、知らなかった。仄かに香ってくる芋の甘い匂いが幸せな気分を刺激してくるなんて──知らなかった。


「わたしはもとぐんじんさんとふたりだけだったときにいっかい、やったなあ」


 元軍人がひとりだけで暮らしていたさいはて荘に大家さんが移り住んだ頃に落ち葉を集めてやきいもをやったらしい。ほほう。


「へぇ~、じゃあ大家さんが大家やる前は元軍人さんが大家やってたのか?」

「いや。元々の地主が大家だった──名だけで、管理は全て私がしていたがな。家賃だけ地主に渡していた」


 なんと、大家さんが移り住んだ後に社長がやってきて、このあたり一帯の土地を買い上げて管理を大家さんに任せたのだという。その土地には裏庭の畑はもちろん、その先に聳え立っている山菜が豊富な山も含まれているのだそうだ。金持ちめ。


「さっすが社長だねぇ~一度店に来てほしいもんだぜ」

「元国王のパン屋には行くらしいし、頼んでみれば?」

「マジか。今度帰ってきたら名刺渡すか」


 カモ!

 と、目を爛々と輝かせているお蝶に内心、社長に対して毟り取られろと思う。


「爺も行けば? お蝶の店」

「カーッ! 青臭いガキに囲まれるなぞゴメンじゃ!」

「爺さんみてぇな連中もいっぱい来るけどなぁ」

「フン。そうでもせねば自己を保てぬのであろうよ」


 爺は豊かな顎鬚を撫ぜながらそう言って腕を組んで目を伏せる。それに対してお蝶は確かにな、と同意して緩やかに微笑んだが──ワタシには意味がよく分からなかった。


「焼けたぞ。火傷するなよ」


 元軍人が少し黒く焦げたアルミの包みをいくつか取り出し、ワタシたちは軍手をはめてからそれを受け取る。


「……? なんか丸いな」


 手のひらくらいの丸いアルミの包みにお蝶が首を傾げつつアルミを少しずつ剥がしていく。その拍子にふわりとした芋の甘い香りが一気に立ち昇ってワタシは思わず涎を呑み込んだ。でも、お蝶はその芋の香りに怪訝そうな顔をした。


「なんか違くね?」


 そしてごろりとアルミの中からほかほかに焼けた芋を取り出して──お蝶は、静かにツッコミを入れた。


「じゃがいもじゃねーか」


「そうだけど」


 じゃがいも特有の食欲を刺激する甘い香りからして分かるじゃん。


「やきいもじゃねーのかよ」

「じゃがいもだって芋じゃん」


 じゃがいもも芋だ。やきいも=さつまいもなんていう固定概念なぞ捨てるがよい。


「おちょうさん、ちょっとおいもかりるね」


 横から大家さんがひょいとお蝶の芋を軍手の上に転がし、ゆっくりとした手つきながらも丁寧に果物ナイフで十字の切れ目を入れてお蝶に返した。


「ばたーと、しおがあるから」

「ああ、じゃがバターね……やきいもじゃねーじゃんやっぱり」

「いらないならワタシがもらうけど」

「食う」


 食べるんかい。

 その後みんなではふはふと熱いじゃがいもを口の中で転がして、バターとの融和で華麗なハーモニーを奏でるじゃがいもを堪能した。じゃがいもの熱でとろけたバターがじゃがいもの肉に染み込んで、ただでさえほくほくなじゃがいもの肉がさらにほわほわとろとろなものとなってすごくおいしい。

 桜の花びらがふわふわとあたりに散る中、大家さんや元軍人、爺にお蝶のみんなで食べるやきいも(じゃがバター)はとてもおいしかった。

 今度はもっとたくさんのメンバーでやきいもをやってみたいなあ。今度はちゃんとさつまいもで。




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