【くりごはん】
「くりごはんだ!!」
今日も今日とて大家さんの部屋でお手伝いをしていたワタシは炊飯器を開けてほわりと立ち昇った栗の匂いに思わず叫ぶ。
「まじょちゃん、くりだいすきだものね」
「うん!」
一番の好物は大家さんが作るごはん全般だけれど、二番目に好きなのは栗なのだ。モンブランとか大好き。その一番と二番が合わさったとなるともう最高。
ちなみに嫌いなものはコンビニ弁当とかインスタント料理。
──絵を描き上げてごはんを貰えても、そればっかりだったもの。
「まぜたらおわんによそって、つくえにならべてね」
「はあい!」
いそいそといつものように三人分のお椀を出してよそっていく。たくさん食べる元軍人は一番大きな青い市松模様のお椀。大家さんとワタシはおそろいで色違いの桜模様のお椀。大家さんが赤色で、ワタシが桃色。
「いい匂いだな。今日はくりごはんか」
「おかえりおっ、元軍人~」
「……今何故どもった?」
聞くな!
あーもー!
「泥だらけじゃん。先に着替えてきなよ~」
ワタシは誤魔化すように話題を逸らしてから大家さんの元へおかずを取りに行く。
──言えるわけがない。
つい“お父さん”って口を突いて出そうになったなんて。
「まじょちゃん?」
ぎこちないワタシに気付いてか、大家さんが首を傾げながら膝を折ってワタシと視線を合わせてくる。体に少しだけまひのある大家さんはすぐふらついて、けれどシンク台に手をついて体を支えながらワタシをまっすぐに見つめてきた。
……こういうところが、みんなから好かれるんだろうなあ。
「まじょちゃん、もとぐんじんさんにはないしょのこと?」
「…………」
……言えるか!!
言えるわけないっ!!
いくら大家さんでも──言えないっ!!
──お蝶や爺、元王子の話を聞いて……社長や元国王、元巫女とも色々話して──いつの間にか。
ううん、“いつの間にか”じゃない。
たぶん、初めから。
最初から。
大家さんと出会って、元軍人と出会って、三人でごはんを食べるようになった──始まりの時からずっと。
ワタシは──あのふたりを“お父さんお母さん”と、呼びたくて仕方なかった。
「大家さんにも内緒!! 乙女の秘密なの!」
「あれ~ざんねん~。もとぐんじんさんがかっこよくてついついみとれちゃった~とかかな~とおもってたんだけどなあ~」
「…………」
それは大家さんでしょ!! ──と叫びたいのをぐっと堪えて、ワタシはふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ワタシはもーっとかっこいい人がタイプ!」
「しゃちょうさんみたいな?」
「そうそうってなんでやねんっ!! 誰があんな俺様何様イヤミ野郎っ!!」
「あはは、なにそのおれさまなにさまいやみやろうって」
大家さんはくすくすと愉快そうに笑いながらワタシの頭を撫ぜて、おかずを机に並べるようお願いしてきた。それに頷いて大家さんからお皿を受け取った時、気付いた。
いつの間にかワタシの中にあった恥ずかしさとかむず痒さとか、もどかしさのような──申し訳なさのような、悪足掻きめいた何かが消えている。大家さんはワタシが大家さんと元軍人のことをお母さん、お父さんと呼びたいと思っているだなんて知らないはずだ。けれどきっと──ワタシが何かに思い詰めているということは、気付いていたのかもしれない。
──だからこうやってワタシの心を軽くしてくれたんだろうか。
「ああそうだ魔女、モンブランが冷蔵庫にある──風呂上りにでも食べるといい」
作業着から和服に着替えて大家さんの部屋に上がり込んできた元軍人がそう言ってきて、ワタシはゆるりと笑顔を浮かべてありがとうと言う。
「……大家さん、元軍人」
「なあに?」
「ん?」
「ん~ん、早く食べようよ!」
──いつか。
──今はまだ無理だけれど。
──でもいつか、いつか。
──……お父さんお母さんって、言えたらいいな。




