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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
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【ふらぺちーの】


 大学共通テストを終え、二次試験の出願も済ませてあとは二月末の二次試験を受験! ──という状況下で、精神的にキてる大王といっちゃ、いおりんを励ましがてらみんなでカフェに来ている。たまたま帰省していた坊主も巻き込んで。

 ワタシとゆゆ、坊主はもう大学に受かっているけど、大王といっちゃ、いおりんは二次試験次第だ。大学共通テストの結果を踏まえての二次試験。大王は私立大学だから小論文と面接だけみたいだけど、公立を目指してるいっちゃといおりんはさらに学科試験を受けないといけない。


「ほらいおりん、おれのおごりっす! モカ・フラペチーノ! こーいう時は甘いモンに限るっす!」

「真冬にフラペチーノかよ!?」


 飲むけど、といおりんが坊主からフラペチーノを受け取って飲む。

 ワタシも季節限定のホワイトチョコフラペチーノを四人分、ゆゆと半分こして買った。それを大王といっちゃに渡して、ストローに口をつける。


「あ、おいしい」


 チョコレートのまろやかなとろみと甘みが冷たいシャーベットと合う。甘すぎるってこともない。カフェの中はあたたかいし、なかなか贅沢なひと時だ。


「あぁ……あまぁい」


 いっちゃがはふうって大きな息を吐きだす。小論文と面接だけの大王はだいぶリラックスした顔をしているけれど、いっちゃといおりんはさすがにキツそうだ。


「ちゃんと糖分取ってる? 勉強には糖分よ、糖分。チョコレート常備しなきゃ」

「それって神宮司さんの受け売りだったりぃ?」

「……まあね。夜更かしするなだの効率よく進めろだのチョコレート食べろだの炭水化物は腹が膨れて眠くなるから間食にするなだの……」


 おかげでワタシの部屋には常にチョコレートが常備されていた。そろそろなくなりそう、と思った次の日には新しいのが追加されてる。受験が終わった今も継続中なのは謎だけど。もっと太れとか言ってたから太らせにかかってるのか? 人食い魔女かアイツは。魔女はワタシだっつーの。


「はぁ~ん、ラッブラブねぇ~!」

「ち、違うわよ! そんなんじゃ」

「どれちん、ソレいくらなんでも無理あるだろ。どれちんのことで相談あるって電話したらすぐ駆けつけてくる人だぜ」

「素敵だよねぇ。私もその場面、見たかったなあ……」

「…………」


 愛されてるねぇ、とゆゆがからかい気味につっついてくる。顔が熱くなる。何も返せなくなる。返したところで墓穴にしかならないのはわかりきってる。くそぅ。


「いいっすね~青春してて」

「ん? 坊主にもカノジョいるだろ?」

「別れたっすよ」

「あらぁ」


 ゆゆの声が甲高くなる。性悪め。


「で、こっちも大学に受かるまでは保留なう……と」

「え!?」

「は、はぁ!? おい大王、なんで知ってる!?」


 なんでもなにも。ゆゆが盗み聞きしてたから。


「由良ァ!!」

「えぇ~? うちはそんなぺらぺら喋ってないよぅ? 放課後の教室で見つめ合うふ・た・り❤ 〝俺の気持ち、知ってんだろ?〟〝…………〟〝お前も同じだって……思っていいのか?〟〝あ…………〟〝大学……同じところに行けると、いいな〟〝…………うん〟」

「わああああああああああああ!!」


 いおりんの絶叫が木霊して、店内の注目を集めてしまう。すぐ我に返ったいおりんがぺこぺこ頭下げるのを面白く思いつつ、ゆゆに演技力あるわねと言う。

 今の演技、めっちゃリアルだった。さすがは小悪魔。


「大学でいいオトコ絶対にゲットしなきゃ~」

「ゆゆは可愛いから大丈夫だと思うっすけど、性格の悪さバレないように気を付けてくださいっす。マジ性格悪いっすから」

「あ? ンだとコラ」

「ゆゆ本性出てる」


 うん、いつも通り。このいつもと変わらないやりとりがなんかいいのよね。お決まりのパターンというか、王道というか……定型文? 十八番ネタ? 何にしても、〝変わらないもの〟があるってのはすごくいい。

 ──だって、ワタシたちはこれから変わるから。

 卒業、するから。


「──……もう卒業、するんだねぇ」

「…………」


 ぽつりと零れたワタシのひとことに、ふいに沈黙が落ちる。

 三月半ば、ワタシたちは卒業する。そうすればみんなバラバラだ。坊主と離れ離れになった時もそうだったけれど……すごく、胸がさざめくのだ。なんて言えばいいんだろう。哀切? 寂寞? 郷愁? 全部かもしれない。

 むねが、すごくせつなくなるのだ。

 加えて、ワタシはさいはて荘を出て行く。

 あそこを、出て行く。


 ──むねが、とてもとても。


 とても、さざめく。


「──でも大学生になったらバイトするだろ? みんな」

「もちろん! うちはぁ……やっぱりウエイトレスかな~」

「まあ……家庭教師とかやれたらいいなとは思ってるけど」

「ならよ、みんなで金貯めて旅行とか行けるんじゃね?」


 あぁ、旅行。いいかも。そういえばお泊まり会こそしてもみんなで旅行ってしたことないもんね。

 うーむ、ワタシは……やっぱり〝SAIHATE〟でグッズ販売か? 貯金なら社長に依頼された絵画で得た収入があるけど、そっちは貯金しておきたい。


「沖縄とか、北海道とか行きたいっすねー」

「極端すぎぃ」

「学生向けに格安の海外旅行プランとかもあるだろ? だからみんなでバイトがんばろーぜー」

「う、うん! いいね……! みんなで旅行、すっごく行きたい!」

「そのためにもまず受からないと、だなぁ……」

「こらいおりん、今はその現実忘れときなさい! ほら飲んで飲んで。追加でホットココアも買ってくるから」

「血液が甘ったるくなる!!」


 ……──うん。

 卒業は胸がさざめくくらい切ない気分になるけれど、こうやって卒業した後も会う気でいるのは──すごく嬉しいし、なんかいいな。

 うん。

 卒業しても、こうやって会いたい。


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