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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
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【そふとくりーむ】


 今回のお宿は社長チョイスの純和風旅館。純和風ってか、館内全域畳張りで、館内の移動には足袋を履くよう定められている。

 そう、館内全域だ。玄関で靴を脱いで預けたら、あとはもうずっと畳張り。廊下も畳。ここまでするか! でも日本人だからだろうか。めっちゃ安心する。


「ぼくもなんかほっとするよ。前のさいはて荘が畳張りだったからかな?」


 温泉を堪能してほこほこ顔の元国王がにこにこ笑顔で言う。髪を下ろしていて、浴衣効果もあってなんだかいつもより若々しく見える。隣でコーヒー牛乳かっ喰らっていたお蝶のおっさん臭いゲップで台無しだけど。


「雪が降りそうじゃのぉ」

「明日はとても寒くなると報じておられましたね。今日も、ちらほら残り雪がありましたが……積もりますでしょうか」

「群馬だしねっ。積もると思うよ!」


 爺と元巫女、元王子は窓から外を眺めつつ、雪が降ったらまた温泉に入りたいなどと談笑している。美男美女に挟まれている爺がなんかシュールだ。


「大家さん大家さん、あっち! アイスとか売ってるみたい! 暴君ちゃん食べたいよねぇ?」

「たべるー」

「じゃ、いきましょうか。どれみちゃんもたべる?」

「たべるー」


 お土産を扱っている売店の隣で軽食も売っていて、メニューの中にソフトクリームがあった。こんな寒い日に、と思うかもしれないが館内はとってもあったかい。温泉でほこほこだし、軽く冷たいものでも食べたい。


「ねぇ巡、お父さんと社長は?」

「さうなでしょーぶしてる」

「何やってんのよ」

「ばかやってる」


 弟よ、父親と義兄──違う!! 兄もどきに対してとんでもなく失礼なこと言ってる自覚はあるか。


「お父さんの方が有利でしょ?」

「そうでもないみたい。元軍人さん、サウナの中で腕立て伏せしてたから」

「何してんのよお父さん」


 他のお客様がいないからって。


「なにがいーい?」

「ん~、やっぱ濃厚ミルク!」


 売店の女将さんに注文して、それぞれがソフトクリームを受け取っていく。ソフトクリームとはいっても普通のよりひと回りちっちゃくて、風呂上がりにはちょうどいいサイズだ。

 みんなで()毛氈(もうせん)が敷かれた縁台に腰かけて、おいしくソフトクリームをいただくことにする。


「おいし~い」

「ワッフルがおいし~い」


 ちっちゃなワッフルにミニソフトクリーム。ミルクの味わいが濃厚でとってもおいしい。元王子がカメラを向けてきたから、巡とピースサインを作って笑顔を浮かべる。浴衣に赤い椅子に畳張りの空間。いいねぇ。


「……今回も社長の負担が大きいんだよね、やっぱり」

「まあねぇ。ぼくらの収入じゃこんな高級旅館の宿泊代だけであっぷあっぷになっちゃうし」


 当たり前だけれど、みんなそれほど収入がいいわけではない。お蝶と元国王は地元民に支えられてかろうじて黒字経営できている飲食店だ。オマケにローン返済中。元巫女はバイトだし、元王子もまだまだ収入が安定していない。爺と元軍人は隠居前の貯金でもってるようなものだし、なっちゃんは……まあ、色々アレだし。大家さんが一番収入はいいんじゃなかろうか。

 そんなワタシたちがこうやってみんなで旅行できるのはひとえに、社長がいるからだ。最低限ワタシたちに出費させているとはいえ、社長の支出全額に比べれば雀の涙もいいところだろう。

 まあ、こういう旅館を選ばなければならないのだって、へたに格安の旅館を選ぶとなっちゃんが何に作用するかわからないから、社長が厳選に厳選を重ねてこうなってるワケなんだけど。


「さいはてそうは、()()()()()()()だもの」


 ふと、大家さんが笑顔で言葉を紡ぐ。

 社長がいなければ〝さいはて荘〟は成り立たない。それどころか、大家さんが──元軍人が──ワタシが──元国王が──みんなが、ひとりたりとて欠けていれば成立しない場所。偶然の鬼籍で寄り添い合ったように見えて、複雑で綿密な──針の穴に糸を通すような繊細さで〝さいはて荘〟という場所が成り立っている。


「だれかひとりでもいなかったら、さいはてそうはそんざいできない」


 ()()()()()()──そう紡いで、大家さんは微笑む。

 なんだかちょっと大袈裟な気もするけれど、でも。

 誰かひとりでも欠けたら成立しないのは確かにそうだ。ひとりたりとて不必要な人間がいない。ジグソーパズルのピースのように、ひとつでも欠けたら永遠に未完成になってしまう。

 そう、ワタシたちは特別。ワタシたちにとって、ワタシたちは特別。決して欠かせないかけがえのない存在。


「ひひひ、ワタシたちに社長がいてホントよかったね」


 超お金持ちが仲間にいてよかった!

 はたから見れば、金持ちに寄生している貧乏人どもなのだろう。でも、そう見られたって気にしない。だって、ワタシたちが社長のことをどう想っているかは、社長が一番知っているんだもん。

 お金持ちイェーイ!! ワタシたちは純粋にそう、喜んでいればいいのだ。ワタシたちの気持ちの本質は、社長が勝手に読んでくれる。


「どうした、不気味な顔をして」

「不気味とは何よッ!!」


 サウナに籠り過ぎたのか、顔が赤い社長が浴衣の襟で扇ぎながらやってきた。そして開口一番にコレである。


「ラムネふたつ頼む」


 元軍人も上半身を露出させた格好で女将さんにラムネを注文していた。こっちも真っ赤だ。どんだけサウナにいたのよ。


「おい蓮、ラムネ」

「ああ」


 元軍人が差し出してきたラムネを乱暴に呷って喉を上下させる社長を眺めて、ワタシはついくすりと笑ってしまった。

 何だかんだ、仲いいわよねこの父子。


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