【しゃぶしゃぶ】
最高級のしゃぶしゃぶをしたい──そんなリクエストに今日も今日とて、社長は応えてくれた。男性陣は当然の如く巡と社長を除いては誰もいない。男女差別? うるせえ逆らうな! さいはて荘の女 イズ 神。逆らうな。
──と、まあ冗談はさておき。
しゃぶしゃぶである。
目の前には、最高級のお肉カーペット。紅蓮のカーペットである。しかもこのカーペット、おひとり様専用。ひとりにつきいちカーペットとか贅沢すぎる。見よ、この広々としたカーペット。お肉が美しく並んで見事な紅蓮の空間を作り上げている。なんと美しい。
「食わんならもらう」
「あっ」
ひょいっと社長がカーペットの一角をはぎ取っていった。なにすんのよ!! アンタにも自分のカーペットあるでしょうが!!
「ちんたらしてるお前が悪い」
「食べるタイミングくらい好きにさせなさいよっ!!」
フシャー!!
──と、いつもの応酬を交わしつつワタシもお返しとばかりに社長のカーペットからはぎ取る。二枚ほど。
「ああ、なんてでっかいおにくなのでしょう」
ひと足先にでっかい豚肉をしゃぶしゃぶしていた元巫女がよだれを垂らしそうな勢いでうっとりとお肉を鍋から上げる。贅沢にも、その薄くてでっかいお肉を丸ごとタレの入った小皿に詰め込んで、これまた贅沢に丸ごと口に詰め込んだ。
元巫女の顔がとろける。うん、いつも通り。
続けて、ワタシたちも自分のお肉をしゃぶしゃぶしにかかる。社長がお肉を奪いに来るものだからちょっとしたバトルになった。
「ふわあおいしい」
元巫女に倣ってタレを絡めたお肉をぎゅっと口に詰め込むと、とろっと豚肉が口内でほどけた。牛肉ほどのジューシーさはなくあっさりしてて、これは何枚でもイケる! って確信するほどだった。
タレもね、お店秘伝のタレとかでゴマの香りがすっごく芳醇で優しい甘みがある。豚肉によく合うタレだ。あぁ、おいしい。
「ねえねえお蝶さん、いつ籍を入れるのぉ~?」
「ん? あ~それな。つわりもねえし、クリスマスパーティーと兼ねて結婚パーティーやろうかと考えてるトコだ。その前日に籍入れるつもりだから、十二月二十四日か?」
ただいま、妊娠三ヶ月……四ヶ月かな? 生まれるのはワタシが大学に行ったあとだけれど、生まれたら絶対駆けつけるつもりだ。
「ふぉとうえでぃんぐ、もなさるのですよね?」
「おっ、理性戻ったか元巫女。ハムスターだけど」
もっきゅもっきゅお肉をめいっぱい頬張っている元巫女になんだかデジャヴを感じて、何だったっけと考える。この顔、めっちゃ見覚えあるってか覚えがありすぎてなんかパッと浮かばない。なんだろう……この顔、めっちゃ親近感あるんだよね。何だったっけ……。
と、お肉を頬張りながら首を傾げているワタシを社長が何か言いたげに見つめていた。なによ。
「もっとお腹膨らんでから撮りたいと思ってな~。フツーは膨らむ前にやるモンなのかもしれねぇけどな」
「とってもすてきだとおもうわ。あかちゃんもいっしょにいるって、ちゃんとわかるようにしたいものね」
「うん」
大家さんの優しい言葉にお蝶が珍しく、あどけない少女のような笑顔で頷いた。
「最近はマタニティウエディングドレスもあるみたいだもんね」
「そぉそぉ! 和洋折衷の可愛いウエディングドレスもあるんだよぉ~! ね、社長さんはどういうのを着せたい~?」
「何故俺様に聞く。魔女らしく黒いのでも着てたらどうだ」
「誰も魔女ちゃんのことだって言ってないけどぉ?」
「…………」
……うん、まあうん、色々置いといて。顔が熱いのも置いといて。
社長って油断も隙もない帝王って感じなのにさいはて荘のみんなには案外してやられるよね。それだけ気を許してて、気を抜いてるってことなんだろうけど。
「でも黒いウエディングドレスか~。いいかも。真っ白なのもいいけど、なんせワタシ魔女だし?」
「ぜったい似合うよぉ? あ、でもでも社長さんの結婚なんだからやっぱり会社ぐるみででっかい披露宴やらなきゃなのかな?」
「何故俺様の結婚の話になっている」
「まぁまぁたとえ話なんだからぁ! ムキになってるって思われちゃうよ?」
「…………」
なっちゃん強い。
社長はため息を零して、披露宴はやらないが形式的な結婚発表パーティーを行う必要があると眉間にマリアナ海溝よりも深いヒビ刻み込んで言った。
「そっかぁ~、たいへんだね魔女ちゃん」
「ワタシに振るなし」
答えに詰まるわ!
……でも、そうだよね。社長なんだから当然、色んなえらい人を呼んで結婚報告しなくちゃいけないんだよね。てか……それ以前に、そもそも社長の両親にも報告しなければならない。社長の、両親。両親……。
「社長の両親ってどんな人?」
「おぉ切り込むぅ」
お黙りなっちゃん!
「…………父は先代社長だったが、経営が絶望的に下手だった。俺様に丸投げする形で逃げて、今は交通インフラ事業の責任者をやっている。母は……元々アパレル会社の御令嬢で、神宮司家に嫁いでからもアパレル関係の仕事をこなしながらモデルやアーティストのコーディネーターもやっている」
どんなご両親か聞いて、仕事内容が返ってくるとは思わなんだ。そうじゃねえ。
……と、思ったけれど社長の無情緒さを顧みるに、もしかしたら両親の人格を知らないのかもしれない。
父親、神宮司零。
母親、神宮司艶。
スマホで検索したらあっさり顔写真が出てきた。社長、めっちゃ母親似だった。めっちゃ怖そう……ってかこの人雑誌で見たことある。tsuyaって名前の、手掛けたデザインやモデル、アーティストは必ず売れるって敏腕コーディネーター。Tsuyaブランドの服は若い女性に人気だ。もちろん、なっちゃんにも。
「ふぅん……」
「息子さんをワタシにください! が楽しみだな? 魔女」
「や、やらないわよそんなの!」
「だいじょーぶよ。ねーちゃ、いざというときはのろえばいい」
「怖いこと言わないの巡!!」
むやみやたらに人を呪っちゃいけません!!
ま、まあ好感度が上がる呪いくらいなら……って違う!! 何でワタシが社長に嫁ぐことになってんのよ!! そんな予定は!! ……わかんないけど!! ええい黙れニヤニヤするな呪うぞ!!




