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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
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【ゆどうふ】


 社長が選んだマンションは十階建ての新築で、最上階の一室だった。ワンフロア貸し切り状態にするとか聞こえたけど聞かなかったことにしておく。オートロック制で一階エントランスには宅配BOXや管理人室がある。カードキーで宅配BOXやエントランスのドアを開けることができて、部屋は別の鍵で入る仕組みのようだ。

 ワタシとしてはもっと普通の、学生向けアパートとかでもいいんだけどそれは社長が許してくれなさそうだ。あと元軍人も。


「なーんか……親のスネ(かじ)っているみたいでさ」

「親のスネは齧れるうちに齧れ。齧れなくなってからじゃあ遅いからな」

「…………」


 当たり前なんだけれど大家さんも元軍人も、まっとうに生きればワタシより先に死ぬ。そうだよね。だから、子どもに最大限遺してやりたいのが親心ってものなんだろう。


「親の仕送りで遊び歩く大学生が多いのは事実だ。だがお前は大家さんや元軍人の金を食い潰して平気でいられるほど図太くないからな」


 むしろもっと甘えろ、頼れと言われる側だ──そう言う社長の声の優しさになんだか笑えてきて、つい噴き出す。


「社長が優しい」

「にーちゃはねーちゃにあまいのー」

「言っておくが私はまだ認めていないからな神宮寺蓮」

「この前の一件は俺に連絡回しておいて……」

「それとこれは別だ」


 仲いいわよね、社長と元軍人。


「ほんとはおとうさんっていいたいのよね、しゃちょうさん」


 たぶん大家さんのこともおかあさんって言いたいと思うよ社長。社長より年下だけど。まあそれはいずれ叶、う──って違う!! ちがうちがう!! なに考えてんのよワタシ!! バカ!!

 と、まあ!!

 マンション見学を手早く済ませて周辺の探索がてら大学も見に行ったワタシたちはそのまま、昼食を食べに行った。


「ぅどーふ!」

「湯豆腐おいしいわねぇ~」


 京都といえば湯豆腐。老舗の(うなぎ)料理屋さんなんだけれど、老舗なだけあって京都の郷土料理大判振る舞いの御膳があった。その中に湯豆腐があって、これがまたあったまるのだ。


「このゆどうふはおつゆものめるんだって。おとうふをたべたらおつゆものんでみましょうね」


 ここの湯豆腐は豆乳鍋になっていて、白いお汁の中に真っ白でまーるい豆腐が浮かんでいる。確かにお汁のほうもおいしい。


「お豆腐もおいしい」


 京都の湯豆腐は木綿豆腐が使われる。でも絹ごし豆腐と変わらないなめらかさでするする口の中に吸い込まれていく。京豆腐はスーパーにも売ってるから食べたことあるけど……これはスーパーのよりさらにもっちりしてる気がする。


「にーちゃ、どこいくー?」

「もう旅館に行く。今日は町の探索に留めて、映画村には明日行く」

「たのしみねー」

「俺は行かんぞ。仕事がある」

「だめよーにーちゃもいっしょじゃないとだめー」

「…………」


 さしもの社長も可愛い弟分のわがままには弱いようだ。どうすべきか考えあぐねている社長にくすくす笑いつつ、今日と明日くらいは大丈夫なんじゃないのかと聞く。


「……群馬旅行もある。今休むわけにはいかん」

「ありゃ」


 うーむ、社長業は大変だな……。

 ちなみに群馬旅行ってのはさいはて荘のみんなで行く旅行のことである。そう、またハイエースを飛ばして旅行するのだ。

 なっちゃんのことがあるし、社長は本当に忙しいのだろう。前回の高知旅行でも随分無理をしていたもんね。

 たまには、ゆっくりしてほしいんだけれどね。


「とーちゃやもとこくおーみたいになってもいいのよー」


 トランクスにタンクトップのお父さんスタイルね。確かに社長、基本スーツしか着ないし寝間着だって黒一色のジャージだものねぇ。でもトランクス一丁の社長って少しも想像できないわね……。


「そんな恰好はしないぞ」

「ねーちゃのまえではかっこつけたいもんねー」

「違う」

「ちがわなくなーい」

「違う!」


 何言ってんのよ巡! もうもうっ、いきなり変なこと言わないで!


「おい元軍人、息子に一体どういう教育してるんだ」

「特に何もしてないが」

「じゃあ何なんだ、こいつ四歳児だろう。どう考えても四歳児の知能じゃない」

「さすがは私の息子だな」

「ううん。たぶんしゃちょうさんのせいだとおもう」

「…………」「…………」


 大家さんに思いっきり否定された元軍人と、大家さんに言われてしまった社長が無言になる。面白い。


「でも一番似てるのはお母さんだと思う……」

「そお?」

「うん。だって……巡、アンタの将来の夢を教えたげなさい」

「んー? あんねー、めーはもっとつよくなるの。だれよりもつよくなって、そんでみんなをゆるして、みんなをまもれるよーになるの。めざせせかいせいふく」


 〝()〟が欲しい。

 全てを許すために。

 そう、素で言ってのけてしまう巡に社長が頬を引き攣らせた。うん、そうなるよね。元軍人ばりの身体能力で大家さんばりの愛の深さ。ホントどう成長するのやら。


「そお? どれみちゃんににてやさしいこになるのはまちがいないとおもうけどな」


 ……元軍人並みの身体能力を持ち、大家さん並みの愛の深さを携え、社長に劣らぬ俺様っぶりを発揮し……ワタシの要素が入るスキなくない?


「そうでもないぞ。巡はどれみが大好きだからな。どれみを手本にしようっていつも見てるぞ」

「そ……そう?」


 ……だとしたらワタシの責任重くない?


「がんばれねーちゃ」

「お前が言うな」


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