【神宮寺蓮の場合】
【神宮寺蓮の場合】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
暴れ狂う鯱。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。
◆◇◆
ある日の放課後、ワタシは早足で廊下を駆け抜けていた。
「おい、待て! 待てって黒錆!!」
ワタシの後を追うのは、春哉。でも無視する。無視して、手早く玄関で靴を履き替え──ダメだ、捕まった。
「無視するなよ! さすがに傷付くぞ!」
「……春哉、何の用?」
「なあ、なんでそんなに冷たいんだ? 俺、俺なりにずっとお前のこと好きだって伝えてきたつもりだったけど」
「……それに対して、ワタシはずっと断り続けていたんだけれど?」
「俺は本気なんだよ。心の底から真剣に、黒錆のことが好きなんだ」
ぞわりぞわりと肌が粟立つ。
好意を向けられることに生理的嫌悪を抱いている証拠だ。前はここまでじゃなかったのに、ここ最近で悪化している。
そして、この感覚には覚えがあった。
悪いことに、覚えがあった。
──かきたくない。もういやだ、いやだよ。
──てがいたいよ、おとうさん。おかあさん。
──えなんて、もうかきたくない。
あの頃。
絵を描くよう強制されていたあの頃──こんな好意を向けられることがあった。
描きたくもないのに描かされたワタシの絵を見て、心の底から感動してみせる人々。
あの気持ち悪さと、同じだ。
ワタシのことなんて見ていない。外面ばかり見て、中にいるワタシを見ようともしない。そしてタチの悪いことに、彼らはそれを自覚していない。自分の審美眼を信じて疑わない。芸術(笑)アート(笑)才能(笑)天才(笑)私にはわかる(笑)作者の繊細な内面が見える(笑)感動で涙が止まらない(笑)計算された大人のアートにはない何か(笑)子どもの純粋な心(笑)素敵なご両親(笑)病弱の天才画家(笑)才能の育成に理解ある学校(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)──……
「ふざけないで!! アンタが好きなのは〝一途に恋する自分〟でしょうが!!」
芸術に酔いしれる自分を評価していたあいつらと、同じに。
荒み切った心そのままに春哉の腕をふりほどいて、靴のかかと部分が潰れるのも構わず不格好なまま駆け出す。
いつもなら間に入って助けてくれるゆゆや大王も今日はなんか用があるとかで先に出ていってしまった。いっちゃは先生に捕まってたから多分今ごろ小間使いされている。いつもならいっちゃを救出してから帰るけど、その余裕もワタシにはない。
「黒錆!!」
来るな。お前は来るな。何で来る? あれほど断ったのに。あんなに拒絶したのに。なんでそんなにワタシを追い詰めるの?
学校の正門を出たところで体がつんのめった。鞄を春哉に掴まれていた。つんのめった勢いそのままに、足がもつれて地面に転がる。
「あっ……!! ごめん黒錆!! 大丈夫か?」
「触らないで!! 近付かないで!!」
「ご、ごめん……でも俺、黒錆にちゃんと聞いてほしくて……」
「ワタシは聞きたくない!! ねえなに? なんで? ワタシこんなに嫌がっているのにどうしてそんなにワタシの嫌がることをするの?」
「ち、ちが……違う! 黒錆聞いてくれ、ちょっと強引だったのはホントごめん! でも俺──」
「でもじゃない!!」
ぼろりと、まなじりから涙が溢れた。春哉がぎょっと焦りを顔に貼り付ける。
「黒錆……ごめん、ホントごめんって。俺……黒錆のことが本当に好きだからさ。振り向いてほしくて……」
ああダメだ。
こんな状況でも、こいつは何もわかっていない。
「〝好き〟なら何をしても許されるってんなら……!! アイツが待つワケないでしょうが!!」
そう。
そう、アイツは待つって決めていた。ワタシが子どもで、アイツは大人だから。ワタシはアイツのことが好きで、アイツも言葉にこそ絶対しないけれど時折見せる視線がワタシに好意を伝えてくれている。
でも、アイツは何もしてこない。
ワタシがちょっかいをかけて仕返しされるってくらいで、アイツからは絶対に何もしてこない。
そう、そうだ。
それこそが──〝好きだから〟なんだ。
ワタシは、アイツに大切にされて──いるんだ。
「どれみ」
心臓が、跳ねた。
ふわりと香ってきた柑橘系の香りに涙を拭うのも忘れて振り返る。ゆゆと大王、いおりんがいた。そして、三人の前に。
「……しゃちょぉ……」
ワタシの、すきなひと。
その後は──もう、無我夢中だった。春哉に掴まれたままの鞄を捨てて立ち上がって、もつれそうになる足を必死で動かして──社長の胸の中に、飛び込んだ。社長はワタシを受け止めてくれたばかりか、その大きな腕で包み込むようにワタシの頭を撫ぜてくれた。
骨張った手の、優しい手つきにほうっと荒み切った心が凪いでいくのがわかる。
「──貴様か。どれみに付きまとっているストーカーとやらは」
「は……ちがっ!! だ、誰だよおっさん……」
「この三人に相談を受けてな。どれみが心底参っていると」
「え……」
涙が止まらぬまま、社長の胸元に顔を押し付けていたワタシはその言葉に、そろりと社長の背後を見やる。ゆゆと大王が手を振ってきた。いおりんは申し訳なさそうな顔で佇んでいる。
「わりぃな春哉。おめーダチとしてはいい奴だけどよ、ちょっと黒錆に対しては異常だよ。さすがに大人に介入してもらった方がいいって思って、黒錆の父ちゃんに相談した」
「え……ち、ちょっと待てよ……強引なところがあったってのは反省してるよ……! いくらなんでも親呼ばなくても……」
「この人黒錆の父ちゃんじゃねーよバカ。どう見てもそうじゃねーだろ」
「え?」
はあっとため息を零したいおりんに続けて、ゆゆがそれはそれは蔑み切った笑顔で腕を組む。
「どれちゃんのお父さんにね~どれちゃんが参ってるって相談したの。そしたら、神宮寺さんの連絡先教えてくれたんだぁ」
「じ……じんぐうじ? だから誰だってこのおっさん……」
「誰でもいい。俺が誰であろうと、貴様がどれみを傷付けていい理由にはならん」
それはゆゆの蔑み切った声よりもはるかに底冷えする、無情緒な声だった。つい、顔を上げる。
息を、呑んだ。
人間の根底は変わらない。
そう、変わらない。どう足掻いても変わらない。
社長。
神宮寺蓮。
支配性で支配し尽くしつつも、故郷を心底欲する完全無欠の支配者。けれど、人間の根底は変わらない。無情緒なところは変わらない。
神宮寺蓮はどこまでも無情緒だった。
「……っ、俺は傷付けてなんかいない!」
ああ、このバカ。
つい、内心春哉に毒づく。社長の背後に佇む三人も社長に喰ってかかろうとしている春哉に呆れの眼差しを向けている。
今の社長に歯向かうんじゃない──そんな視線だ。
そう、そうだ。忘れていた。
社長は、こういう人間だった。
社長は、こんな風に人を見下す人間だった。
すっかり、忘れていた。
いつだったか……大家さんに助けてもらって、病院で目覚めて、それから数日後あたりだったと思う。社長と初めて、出会った日。
あの日もこんな目で見下ろされた。
石ころを見るような目で。たとえ今すぐ首を吊ったとて驚きひとつ見せやしないだろう目で。人をヒトとも思わぬ目で。畜生にすら劣る、存在さえ認識していない目で。トラックに四肢を吹き飛ばされたとて、石ころが弾かれた程度にしか捉えぬ目で。
まだ豹南中学校に通っていたころ、社長と初めて出会ったゆゆたちが過剰に怯えていた様子を思い出す。そんなに怖かったか? と当時は思ったけれど。当たり前だ。怖い。こんな目で見下ろされたら、怖い。自分は本当に人間なのか? それにさえ確信を持てなくなってしまう程度に──社長の眼差しは、あまりにも無情緒すぎた。
そして、実感する。
普段、社長がワタシを見つめているその目の優しさを。
俺様何様イヤミ野郎って言っていたけれど、それだって社長がワタシに対して感情的すぎるほどに感情的になっていたからこそ言えることだった。
「──社長、人間として扱ってあげて」
「…………」
なんとなく、言っておかないと春哉がとんでもない目に遭いそうだったから。確かに春哉には生理的嫌悪を催すレベルに嫌なことばかりされてきたけれど、でもだからって社会で生きていけなくなっちゃえばいいのよとまでは思……うけれど、それはただの怨嗟だしね。思うわよワタシだって人間だもん。酷い目に遭ったから酷い目に遭えって思うわよ。でも、実行するかどうかは別。
「…………わかった。今回は何もしないでおく」
「ん、ありがと」
「おい。今日のところは警告だけで済ませておく。今後どれみに近付こうとするな」
社長の底冷えする、冷淡通り越して凍結した声に春哉が一瞬息を詰めるのがわかった。けれど、持ち前の陽気さだろうか。空気の読めなさ、かもしれない。自分の状況を顧みることもできないようで、社長になおも食い下がった。
いおりんがバカ、と頭を抱える。うん、社長を知ってる人間からすりゃそうなるよね。社長を知らなくても、この威圧感を前にしたら生存本能が人並み程度にあれば逆らわないと思う。
だって、社長は容赦しないから。
羽虫を羽虫程度と放置しない人だから。羽虫が飛ぶ環境さえ許さない人だから。
「友だちとの付き合いをおっさんがどうこう言う権利はねぇだろ!?」
「ないな。それを選ぶのはどれみだ。そして、どれみは既に貴様との関係を断ち切りたいと選んだ。だから大人たる俺はそれが通るよう、庇護する。それが大人の役目だ」
「なっ……大人にゃ関係ねえだろ!? 勝手に割り込んでくんな!! お前ら大人の都合で俺たちの関係まで決めるなよ!!」
「貴様、人の話聞いていたか? まあいい。後ろの三人から聞いたところによれば貴様は嫌がられているにも関わらず好意を押し付け、付きまとい、先ほどは無理矢理抑えつけようと鞄を掴んでもいたな。強要罪、準強制わいせつ罪、傷害罪、いくつかの軽犯罪法違反といったところか」
社長はワタシを胸元に抱え込んだまま淡々と喋り、未成年であるからしてこれ以上付きまといを続けるのであれば弁護士を保護者の元へ派遣すると伝えた。
きっと、いくつかの罪名はあえて大袈裟に言っているだけなんだろうし、弁護士を呼ぶというのも……四割……三割、方は本気じゃないと思うんだけれど。でも、社長のあまりにも無情緒すぎる眼差しが真実味を強く持たせていて、一介の高校生にすぎない春哉には十二分すぎるほど効いたらしい。
怯えた声で「親は関係ない」と囁いている。
「今後の貴様次第だ。どれみも言っていただろう? 〝好きなら何をしても許されるわけじゃない〟──当たり前だ。好きならまず、思いやれ」
無情緒人間らしからぬ台詞に思わず社長を見上げたけれど、後頭部を掴まれて阻止された。そのまま、ずるずると引き摺られていく。
「帰るぞどれみ。おい、どれみの鞄」
「あっハイ」
いおりんが放心している春哉から鞄をひったくって、ワタシに手渡してくれた。ゴメンと両手を合わせる仕草も込みで。ワタシは改めてゆゆと大王、いおりんの三人を見回す。ワタシが春哉に参っているのをどうも、気にかけていてくれたらしい。たぶん、ここにはいないけれどいっちゃもだろう。
〝ともだち〟の思いやりにこみ上げてくるものを感じながら、いびつな声でありがとうと零す。三人が軽く手を振ってきて、応えようと手を挙げたけれど社長に抱きかかえられてあっという間にゆゆたちが視界から消える。いくら小さいとはいえ、ワタシを軽々持ち上げる腕の逞しさに胸を熱くさせながら社長を見上げ──また後頭部を掴まれた。なに? 顔見られたくないの? なんで?
しばらく歩いて、路駐してあった無駄に高そうな高級車の助手席に押し込められた。少し息を詰めつつ、シートベルトを締めようとしている社長の手を押し留めて自分でできると言う。
キスされた。
え?
あ? え? えっ?
いきなりすぎて状況を掴めず呆然とするワタシをそのままに、社長はシートベルトを手早く締めて鞄を後部座席に放り投げ、運転席へ回ってきた。
「え? ぁえ?」
「…………」
放心しているのか混乱しているのか硬直しているのか、思考さえままならぬワタシを置き去りに車は走り出し、無言の空間が車内を包む。
それから、十分と少し……だろうか。
思考ができない状態であったワタシの頭が次第に落ち着きを取り戻して、じわりじわりと状況を把握して熱を帯びていった、というのは言わずもがな。今度は熱暴走する勢いで頭が、顔が、首筋が、胸が、指先が、お腹が、つま先が──何もかも熱くなってしまってくらくらと眩暈を覚えてしまう。
「……しゃちょ」
「言うなバカ。お前が悪い。俺に言わなかったお前が悪い」
何も言ってないわよ、ばか。
「勝手に言い寄られるなバカ」
「そんなのワタシが知るワケないでしょばか」
「何で俺に言わなかったバカ」
「……恋人でも何でもないのに、言えるわけないでしょ。ばか」
何度も言おうとした。
社長と一緒にいる時に、学校はどうかと聞かれた時に、一緒にごはん食べている時に、言葉なくただそばにいるだけの時に──何度も何度も、言おうとした。
けれど言えなかった。
だって、言ったとしてどうするの? 俺の恋人に手を出すなーなんて社長は言えない。当たり前だ。恋人でも何でもない。友だち? 違う。お兄さん? 違う。赤の他人? ……違う。
じゃあ、ワタシと社長の関係性は──何?
そう考え始めたらぐるぐると思考が渦巻いて、言えなくなるのだ。実は告白されちゃってさ~そんで、ちょっとしつこくてさ~なんとかして~なんて甘えていい関係じゃないと思うと、声が出なかった。
春哉のしていることはセクハラだと言われた時、今度こそ社長に言おうと思った。思ったのに、〝恋人でも何でもない〟という関係性が立ちはだかって、ダメだった。
「……ワタシと社長の関係って……なに?」
「知るか。俺が聞きたい」
「……何よ、それ。人の気も知らずに……」
「それはこっちの台詞だ。お前のせいで築き上げたはずの俺の矜持が崩れていく」
「知らないわよ、そんなの……」
「──もういっそお前の全てを暴けたらと思う」
「っ」
殺傷力の高い声だった。殺気に満ちた、低く轟くようなおどろおどろしい声。なのに、何故だかその声はワタシの鼓膜から電流のように全身に迸り、甘い痺れがぞくぞくと駆け上がってくる。
「俺が何もしないでいるうちにお前が何処かの誰かに奪われるくらいなら、もういっそ──……」
「う……」
「俺に矜持を壊させてくれるな。ちゃんと言え、こういうことは」
今度また黙ってたらキスじゃ済まないぞ、と信号待ちの隙に耳元で囁かれてしまえば。
ワタシはもう、腰砕けだった。
「ハッ、お子様め」
「う、うっさい素人童貞!」
「その言葉は忘れろ!!」
本気で怒られた。ごめん。
「うううう……もぉ。ほんと……ほんと、早く大人になりたいなぁ」
「…………」
あとたったの数年。けれど、その数年がとても遠い。十代の三年と三十代の三年は過ぎる速さが違う、って聞くけれど……社長はどうなんだろ?
「あとわずか数年、そう気楽に構えてるように見えるか?」
「…………大人のくせにヨユーないのね」
「ないに決まってるだろ。お前のことなんだから」
「っ……もぉ。ばか」
絶対に明確な言葉にしない。ワタシがいくらすきだと言っても、社長は形にしない。でも、そのくせこうやって思わせぶりに揺さぶってくる。ほんとずるい。
「……こうやって繋ぎ止めていないと、どうしようもなく不安になる。いくらお前がどんなにわかりやすくても、俺には〝己〟がないからな」
俺様何様イヤミ野郎が何を、と思う台詞だ。でも、たぶん。でもきっと。きっと、その通りなんだろうと思う。たぶん社長が〝俺様何様イヤミ野郎〟になったのは。
ワタシと、出会ってから。
社長がどうしてもわからないんだ、と言葉を続ける。
本来ならば社長がワタシに対して思わせぶりなモーションをかけること自体、良識ある大人であれば控えるべきだった。
ワタシが自らの足で見聞を広めていくのを、大人が横槍入れて歪めていいものではない。
けれどそれでも、社長は時折ワタシにモーションをかけずにはいられなかった。何故ならば、社長には〝己〟がなかったから。無情緒だから。
「取引を有利に進める上で必要な処世術は身に付けさせられた。だが、それだけだ。まともな情緒教育を受けていない俺に、まともな人間関係を築いてこなかった俺に、まともな成長期を迎えなかった俺に──〝己〟なんざ、自我なんざ宿るわけがなかった。だから人の心の機敏なんて読めるわけがなかった」
だから、ワタシを見ていて不安になったのだと社長は静かに漏らす。
ワタシは若い。まだ幼く、未熟で、これから色々なことを知って行く雛のようなもの。その心が果たしていつまでも社長のもとに在り続けるのか──社長には、少しも読めなかった。
だから繋ぎ止めるために。
ワタシの関心が逸れていかないように。
「……好きな子をいじめる小学生男子的な」
「小学校行ってないだろお前。何だその知ったか」
「社長もまともな学生時代送ってないくせに」
きれーなおねーさん何人も宛がわれて性教育受ける思春期とか、よく社長歪まなかったわね……いや、歪んだ結果がコレなのか?
「……てかさ、そうやって不安になること自体〝己〟があるからだと思うんだけど。社長、オトナのくせになんだか同い年の男の子っぽい」
「そりゃお前のせいだからな。お前のせいで〝己〟を得てしまった」
「何よソレ」
知ってる。そうだと思った。そうだと、自惚れてた。
その自惚れを気取られたくなくて、ふくれて不機嫌アピールしてみせるけれど心臓はもうずっとどきどき高鳴りっぱなしだし、顔やら鼻先やら何やら熱くて仕方ないし、指先が勝手に嬉しそうに踊ってしまうし。散々である。
「ん、そうだ社長。お絵描きは……」
「やらん。俺の分の絵はお前が描け」
「えー。社長の絵、ちょっと興味あったのに」
「俺は絵なんざどうでもいいし描きたくないからな。お前の絵は愛しいが」
「っ……」
な、なによその不意打ち。やめてホント。絵の方だってのに、なんか自分が言われたみたいな感じで……心臓がドコドコ太鼓叩いている。
ほんと、ずるいコイツ。
「ねえ社長」
「なんだ」
「すきょ」
「…………」
返事はない。
でも、ハンドルを握る社長の手に力が入ったのがわかった。
うん。
今は、それでいい。
《神宮寺蓮》
〝社長〟
──「己が欲しい」
◆◆重んじるもの:支配性
◆◆大切にしたいもの:故郷
◆◆変わらないもの:無情緒
【曖昧関係】




