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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
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【やみなべ】


「──何これ? ワタシの器になんか……ブヨブヨしているのが」

「どれどれ? こんにゃく……じゃないね。くらげ……かなまこかなあ。だいじょうぶ、おいしいよ」

「あっホントだ。意外とイケる。食感が好きかも」

「うん。なんかくせにあるかんしょくだね」


「元王子、キムチ鍋の素入れたな? 豆乳鍋だったのが一気に台無しではないか」

「何でボクだって分かったの? こんな真っ暗なのに」

「私の目はどんな暗闇であろうと何者も逃がしはせぬ」

「さすがラストサムライだね! いや、ラストニンジャかな?」


「わたくしキムチ鍋は初めてでございます」

「あたし、辛いの苦手なのにぃ」

「なっちゃんさま、そうであればはちみつを持参しておりますので如何でしょうか?」

「それは遠慮しよっかなぁ~」


「おい誰だいちご入れたの」

「ぼく~」

「お前か元国王! 順調にキムチ鍋風になっていたのがいちごのせいでアタシの口内で最悪なハーモニーを奏でている」

「意外とイケるんじゃないかなって思ったけど失敗か~ドンマイお蝶くん~」


 とある夏の夜。

 一階一〇二号室、元巫女の部屋。

 灯りという灯りを全て断絶して常闇の世界となったそこで──ワタシたちはいわゆる“闇鍋”をしている。発端は元王子。それ以上の説明なぞいらん。


「わぁ! キムチ味のいちごだぁ~まっず」

「ん? 今ワタシのお皿に入れたの誰? なにこれ……えっなにこれいちご? えっまっず!! ちょっ、これなっちゃんでしょ押し付けたの!」

「またいちごだぁ、一体何個入れたのよぅ? まっず」

「押し付けるな!」


「まだアタシの口内で最悪がオーケストラ奏でている」

「わたくしもこんな珍妙な食物は初めてでございます。噛むのを躊躇ってしまうなど……」

「えっ元巫女食べてる? 吐き出していいぞさすがに」

「そういうわけにはまいりません。いかなる食物であろうとも粗末にしては神罰が下ります」


「こういうのこそ闇鍋の醍醐味というものだね。さすがだねテディベア!」

「いや、ぼくは豆乳鍋にいちごを入れたつもりだったんだけどね~まさかキムチ鍋になってるなんてね」

「何が起こるか一切合切闇に包まれているミステリアスでワンダーな鍋……ブラボー!」

「いや、確かに楽しいけどね~でもさすがのぼくでもキムいちごはちょっと」


「大家さん、ほら取り分けたからゆっくりお食べ」

「ありがとうもとぐんじんさん。まっくらなのにうごきによどみがなくてすごいなあ」

「まあ、夜でも動けるよう訓練していたからね。──だから大家さんの顔も、よく見えるよ」

「ほんと? すごいなあ」


 ……なんか隣で大家さんと元軍人がじっと見つめ合っている気配がする。暗くて見えないけど、そんな気がする。すっごく甘い空気が流れてきている。キムチの辛さが吹っ飛ぶくらい甘い空気が。


「ねえ元国王」

「ん~?」

「キムいちご、元軍人が食べたいって」


「!?」


「そうなのかい? じゃああげるよ~」

「アタシのもやる」

「あたしのもぉ~あ、元巫女さんのもあげるねぇ~」

「……わたくしは大丈夫なのですが、元軍人さまが食したいというのであればどうぞ頂いてくださいませ」

「ボクのもあげるよもちろん!」


 元軍人からの強烈な視線を感じるけれど無視である。


「いちごが消えてちったぁマシになったな」

「いちごの香りが牛肉に染みついているぅ~やだぁ~」

「もっとキムチ鍋の素ぶち込め! いちごの痕跡薄めろ!」

「辛いの苦手なのにぃ~でも、いちご味はもっとイヤぁ~」


「ホーリィガール、どうだい? ジャパニーズ闇鍋! ボクの語った通り素晴らしいものだろう?」

「はい、元王子さまの仰った通りでございました。大変すりりんぐでわんだふるでございます」

「YES! 楽しんでいるようで結構! ──おやこれは肉団子かな? ……OH、白玉だんごだ……キムチ味の白玉だんご……ふむ、これはなかなか……」

「わたくしはおもちでございました。大変おいしゅうございます」


「大家さ~ん、もうそろそろラーメン入れていい~?」

「あ、もとこくおうさん? うどんもありますよ。どうしましょう?」

「一緒に入れちゃえ~」

「あっ、じかんがかかるほうをさきに……あっ。……まあいいかあ」


「私の口内は既に世紀末なのだがね、魔女」

「知らな~い。暗闇にかこつけていちゃつこうとする罰~」

「別に構わないだろう……応援してるんじゃなかったのか?」

「それとこれは別~」


 さて、この具は何だろう? ──げっ、いちご!!

 入れおったな元軍人!!




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