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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
153/185

【くらっかー】


 夜遅くまで勉強していたら社長に見つかり、ドナドナされた。


「まだ起きていたのかい? もう深夜の一時だよ」

「明日休みだっけ? でもあんまムチャすんなよなー」


 ドナられた先は元国王の部屋。風呂から上がったばっからしい元国王とお蝶がふたりしてキッチンに立っていた。なんでふたりともお風呂から上がったばっかな様相なのかは考えないようにしておく。


「ちょうど社長くんに夜食頼まれててね。軽いもの作ろうかと思ってたんだよ」

「夜更かしする悪い子にカロリー攻撃だ! うはは」


 社長が帰ってくると同時にちょうど風呂から上がってきたらしい元国王やお蝶と鉢合わせて、夜食をリクエストしたらしい。うん。触れない。触れないぞ。


「なにやってるの?」

「サーモンをこま切れにしてるんだ」

「さーもん!」

「俺様の土産だ。北海道に飛んでたんでな。ついでに標津(しべつ)サーモン科学館に行ってきた」

「なにそれ行きたい!」

「サーモンの土産物が大量に売ってあった」

「なにそれ見てみたい!」


 北海道いいなぁ~。行きたいなぁ~。

 網走監獄とか見てみたい。いいなぁ~行きたいなぁ~。

 北海道はでっかいどう。いや、今は試される大地って言うほうが多いんだっけ。


「ほら魔女くん、クラッカー」

「お?」


 元国王に軽く炙ったクラッカーを手渡されて、両手で持つ。そしたらクラッカーの上にこま切れにしたサーモンと醤油漬けのいくらを載せられた。ほわあっと喜色に満ちた声が勝手に上がる。


「いっただきま~す!!」


 大口を開けてクラッカーにかぶりつく。さくさくクラッカーにまろやかなサーモンと弾力あふれるいくら。最高に美味い。たまらん。なんて幸せ。


「しやわせ~❤」

「ははは。適当におかず用意しとくからじゃんじゃんクラッカーに乗せて食べちゃいなよ。社長くんもね」

「もう食べてる」


 小皿に並べられていたはずのクラッカーが消失していた。おどれいつの間に!! ひとりで喰うな!


「遅い貴様が悪い」

「うっさい呪うぞ!!」


 フシャー! ──と、いつもの小競り合いをしつつクラッカーをモシャっていく。サーモンにチーズを乗せて炙ったクラッカーとか、山盛りのいくらに刻みのりを乗っけた軍艦巻き風クラッカーとか、お口直しのとろける生チョコクラッカーとか。

 深夜に貪る自堕落な夜食の、なんと背徳的で贅沢なことよ。

 ……しばらくおやつ抜きね。


「抜かなくていい。お前はもっと太れ」

「いやよ。標準体重はキープしたいのよ」


 身長百四十七センチ、体重四十五キロ。三十キロ台どころか二十キロ台だったころに比べるとかなり健康な体になった。ちなみに百四十七センチのシンデレラ体重は三十八キロらしい。死ねってか。二十キロ台、三十キロ台を経験してきたワタシに言わせれば気が狂っとるのかおめーら、だ。痩せてれば痩せているほどいいってんなら即身仏にでもなればいいと思う。

 でもワタシの身長で三十キロ台が普通って思ってる男子が意外と多いことには衝撃受けたかな。骨が好みなのかおめーら。即身仏抱いて眠れボケナス。


「骨は好かん。もっと肉付きよくしろ」

「十分いいわよ! このおなかつまめるのよ!!」

「ふむ」

「ひゃん!!」


 マジでつまむヤツがいるか!! 変な声出てしまったでしょうが!! ──そこで黙んないでよ社長!! 気まずくなるでしょうが!! アンタ散々女食い散らかしたのに何よその反応!!


「食い散らかしてない。それは元国王だ」

「ブッ」


 思わぬ流れ弾を喰らった元国王がお茶を噴き出す。


「ちょっ社長くん!」

「あ~元悪い王様(笑)だもんなァ。美女をこれでもかって食い散らかしただろ? お?」

「う……」


 何も言い返せない元国王をお蝶が意地悪そうな顔で(いじ)る。

 そんな様子を見て、ふとお互いの過去の異性遍歴が気にならないのかなあと思う。ワタシはああ言ったものの……ぶっちゃけ、すごく気になる。社長は大人だし、過去に異性とお付き合いしたことがあったとしても別におかしくない。でも、気になる。どう気になるのか聞かれるとちょっと困るけど、気になる。

 やっぱり背が高くてスタイルがいい美人ばかりだったのかな。


「おう魔女、そーゆーことは普通に聞いたれ聞いたれ。元国王とアタシはお互いスレた遍歴辿ってっしおめーとはそこんとこ違うからな」


 一応断っておくが、ワタシは何も言ってない。心読むなし。


「わかりやすいおめーが悪い。アタシと元国王見て微妙そうな顔してんだもんよ」

「う……」

「で、どうなの? 社長くん」

「……言えと?」

「社長愛しの魔女たんは気になって気になって夜も眠れない乙女みたいだぜ?」


 その言い方やめろ!!


「……〝お付き合い〟とやらをしたことはない。婚約者はいたが、食事を二回ともにしただけだ」

「お? ひょっとして社長童貞──」


 メロンパンクッションの剛速球が飛んで、咄嗟に避けたお蝶の背後にいた元国王に直撃する。


「精通を迎えたころ、母に数人の娼婦を宛がわれた」

「なるほど、素人童貞か」


 あんぱんクッション剛速球第二弾。被弾はまたもや元国王。

 てかお母さんに宛がわれるって……え? お金持ちの家って……そういうものなの?


「ん~、ぼくん時はなかったけど、貴族や富豪の家なら割とそういう性教育はやってるよ。そういう家の出ともなると何とかして子を孕もうとする女性も出てくるからね。自衛という意味で」


 ヨーロッパのとある裕福でエリートな銀行マンが恋人とホテルを利用したところ、ホテル従業員がゴミ箱からコンドームを回収して自分の体内に入れて子を孕み、父親の認知を求めて銀行マンを訴える騒ぎが起きたらしい。なんだそれめっちゃ怖い。


「十のころから〝女に飽きるまで〟宛がわれていたな……」

「成程、それは情緒面で壊れそうだ。でも社長くんクラスともなれば娼婦が妻の座を狙ってくるとか怖くなかったかい?」

「そういうのに精通している高級娼婦だったようだからな。弁えていた。まあ、契約に反すれば殺されるような世界だ。弁えざるを得ないだろう」

「そりゃそうか。リスクの方が大きいもんね」


 え、何この会話。富豪あるあるなの? めっちゃ怖いんだけど。

 と、ふと社長がワタシに気付いてふっとまなじりを柔らかく綻ばせる。


「お前が気にするようなことは何もない」

「ボクちゃん魔女ちゅわんで素人童貞卒業しますッ!!」


 フランスパンクッション剛速球第三段。元国王がお蝶をがっちりホールドしてお蝶の顔面にぶち当たった。

 うん、実に深夜らしい馬鹿馬鹿しい会話である。ちょっと恥ずかしくもあったけれど、お蝶のおかげでだいぶ緩和された気がする。こういう時はお蝶の節操のなさがありがたい。


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