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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
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【すいか】


「元巫女、スイカ好き?」

「スイカでございますか? わたくしの好物のひとつにございます」


 縁側から元巫女の部屋に上がり込んだワタシはその答えを聞いてじゃあ元巫女も見なよ、とカーテンを大きく開け放した。真夏だというのにエアコンもないこのボロアパートで窓閉めきるとか自殺行為もいいとこだ。だから大家さんがちょくちょく元巫女の様子見に行くし、元軍人も元巫女が閉めないようにドアと窓を開け放したまま固定することがある。


 窓を開けたおかげで一気に爽やかで心地いい風が部屋の中に吹き込んできて、元巫女の長い髪がふわりと持ち上がる。いいなー、さらさらつやつやな髪。


「今裏庭でスイカ割りしてるんだ」

「スイカ割り……でございますか?」


 元巫女は無表情のままこてんと首を傾げながら裏庭を眺める。


「フッ!!」


 ごとり、と音もなく切れたスイカが真っ二つに割れて転がる。それを見て元軍人は満足そうに手を拭った。その隣では大家さんがにこにこと笑いながらスイカをさらに細かく切り分けている。手刀ではなくちゃんと包丁で。


「…………うん、スイカ割り…………」


 手刀で切るとか元軍人本当に人間? 包丁で切ったのと何ら変わらない切れ目なんだけど。怖い。


「もとみこさん、どうぞ」


 お皿に盛りつけられたたくさんの三角スイカに元巫女は丁寧な礼を言い、ひとつ手に取ってこれまた上品な手つきで口に運んだ。なんだろう、優雅とは少し違う。視線の運び方から指先の動きまで何もかもが洗練された清さを持っている。余計な動きひとつしないというか……無駄を排除している感じ。


 体の動かし方については元軍人や社長も洗練されているんだけど、三人とも洗練の方向性が違う。元軍人は“殺す”動き。社長は“支配する”動き。そして元巫女は──“融和する”動き。

 空気に融けこむように、自分という存在を空気に融けこませるように、自分という自我を殺すように──元巫女はそこに在る。


「とても美味にございます」

「おいしいよね。もとぐんじんさんのはたけでとれたものはどれもやさしいあじがしておいしいの。さすがもとぐんじんさんよね」


 うん、このスイカあま~い。なんかさっきよりあま~い。


「元軍人さまの、大家さまに健やかに過ごしていただきたいというお気持ちがこのスイカに満ちておられるように存じます」


 お?


「元王子さまよりお伺いしております。大家さまがこちらに住まわれるようになって以来、より多くの野菜や果物を育てられるようにと畑を改良し続けていらっしゃると」


 なんと。

 昔は完全に趣味の範囲内での家庭菜園だったのが大家さんの健康を考えてビニールハウスを追加したり、肥料に気を遣うようになったり、畑そのものを拡大していったりと色々なことをして今に至るらしい。

 さすが大家さんラブな元軍人。


「……いや、大家さんにはいつも世話になっておるし、その礼を兼ねてだな……それに大家さんの料理はうまいからもっと色々なもので作ってほしくてだな……」


 珍しく困ったように照れながら元軍人が元巫女に言い訳めいたことを言っている。素直になればいいのに。


「ってか気になっていたんだけど元巫女、元王子にいつも押しかけられているけど大丈夫なの?」


 元巫女が引きこもりなのをいいことに元王子は時間さえあれば元巫女の部屋に行ってオタクトークをマシンガンの如くかましている。引きこもりの元巫女は逃げられないから、いつも元王子が満足するまでマシンガントークは続いているのだ。隣室のワタシは知っているのだ。


「元王子さまのお話しはわたくしには縁のないことばかりで大変面白く存じます」

「……まあ、縁ないよね」


 元巫女の部屋には本当に何もない。テレビにゲームに漫画にパソコンに、と娯楽に溢れている元王子の部屋とは対照的にモノというモノを全て断捨離しきった清廉な空間となっている。

 そんな元巫女がアニメやゲームのことなんて知るわけがない。もしかしたら小説さえ読まないのかもしれない。そんな元巫女にとって元王子の話はもしかしたら唯一の娯楽──なのだろうか。


「時折わたくしに巫女衣装以外の服を着てほしいと仰るのですが……そこだけが少々困ったことでございます」


 ああ、コスプレ。


「せっかくわたくしに服をご厚意で寄与してくださっているのを断るのは心苦しいことでございますが……わたくしは神に仕える身でございますから」


 いや、心苦しく思う必要なんて一ミクロンもないから。


「意外と楽しんでいるんだね。元王子、押しが強いから迷惑しているんじゃないかなーって思ってた」

「迷惑だなんてとんでもございません。わたくしが穢れているばかりに神職から追放されてしまったということを理解した上で、あの御方はわたくしを清らかだと励ましてくださっております。とてもお優しい方なのでございますよ」


 神職を、追放……?


 ……今は聞くのは、やめておこう。またいずれその時が来たら──ちゃんと聞いてみよう。


「それはワタシも元王子に同意かな。元巫女、すごく清廉な空気だもん」


 そう、本当に清らかなのだ。

 純白にして無垢。純粋にして無缼。穢れという穢れが一切見当たらない。引きこもりという欠点さえも、自分を戒めているのだというように捉えてしまう。本当に──透き通った純潔さを含有しているのだ。


 それが何故、穢れているのだろう?


「すいかのおかわり、いる?」

「頂戴いたします」


 ──何はともあれ、今日は珍しく元巫女と色々喋った日であった。満足である。




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