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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
148/185

【黒錆巡の場合】




黒錆(くろさび)(めぐる)の場合】




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 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。

 十体のぬいぐるみを背に載せて悠然と胸を張っているシャチのぬいぐるみの鼻先を撫ぜつつ、ぬいぐるみを陳列している棚の中を覗き込む。〝さいはてのものがたり〟をはじめとするワタシの絵本十一冊に、大家さんの絵本いっぱい。それに、お蝶と元国王のレシピノート、元軍人による農耕日誌。あと爺の達筆すぎる書き散らしノートに元巫女の元王子との旅行紀行ノート。果てには元王子の同人誌(健全)。あと……社長がまとめたさいはて荘全体の管理状況メモもあるな。いつの間にこんなに増えたんだ。

 でも、なんだかいいなこういうの。

 〝さいはて荘の歴史〟って感じがして、いい。


「ねーちゃ! おえかきぴくにっくいくのよー」

「あ、巡。うん、行こっか」


 春休みのとある穏やかな昼下がり、ワタシはお絵描きしようと巡を誘った。巡は即首肯で、さいはて荘を描きたいとリクエストしてきた。だからさいはて荘から田畑をひとつ、ふたつ跨いだあたりのあぜ道でお絵描きしようってなったのだ。

 使用画材は巡のリクエストにより、クレヨン。


「かーちゃがおべんとつくったのよー」

「ほほーう、それは楽しみねっ。じゃ、手をつなごっか」


 大家さんの作ったお弁当が入っているらしいリュックを背負っている巡の手を引いて、すっかり春らしくなった田舎道をゆったりとした足取りで進んでいく。


「いい天気ね~」

「めーねぇ、よーちえんではなさかぼーいやったのよー」

「あ~、花咲か爺さん。キレイなお花咲かせた?」

「はなさかぼーいはほかのこにあげたのー。めーはねー、さくらやく」

「桜役」


 そうか、主人公は他の子に譲ったのか。えらい。それで、劇はどうだったのだろう?


「めーがいちばんめだってたー」

「何したのよアンタ」


 桜役が一番目立つって。ホント何したのよアンタ!!


「そこらのいしやくだろーが、もぶのへいみんやくだろーがめーはおうじゃになるのよー」

「何目指してんのよアンタ」

「ぼうくん」

「やめんかい」


 〝暴君〟って二つ名付けなきゃよかったかしら……。ホント将来どんな子に育つのか想像がつかなくて怖い。


「ゆめはねー、にーちゃをあごでこきつかうことー」

「魔王をこき使う」


 マジで大魔王になったらどうしようこの弟。


「一体どこでそんなこと学んでくるのよ……」

「しぜんと」

「ンなワケあるか!! ……いや、そうでもないのか?」


 なんせ〝さいはて荘〟である。

 高校二年生も修了した今となってはよく身に染みてわかっている。ここはおかしい。色んな意味でおかしい。まずこんなド田舎に好き好んで住む時点でおかしいし、新築なのに廃墟同然なのもおかしいし、何より住人がおかしすぎる。こんなところに好き好んで住もうとする時点でおかしいし、それを引いても個性的すぎる濃ゆい連中ばかりだ。大家さんはさいはて荘唯一の良心って感じだけど、元軍人はまずあの明らかにカタギじゃない振る舞いよね。さいはて荘の表ボスなだけあって身体能力が人間じゃない。呼称の如く、元々軍人だったから。その血を引いている巡も人間じゃない。まあ、お父さんしている時はすごくお父さんだけど。

 次に爺。厭世的で人間嫌いなご隠居。身内、つまりさいはて荘のみんなに対しては甘いおじいちゃんって感じだけど、さいはて荘以外のものには清々しいくらい()()()だ。自由気ままに、貯金の残りを食い潰しながら悠々と過ごしているジジイ。

 お蝶。ギャルっぽい派手派手しい見た目に見合った男勝りな姐御肌。でも男勝りが過ぎてズボラなところがある。それどころか中身ただの中年太りのおっさんだろってなることもある。

 社長。言わずもがな、俺様何様イヤミ野郎。世界に名立たる大企業〝神宮寺コーポレーション〟──通称JJCの社長で、幾つもの不動産を所有している大金持ち。だというのに何故かさいはて荘を〝帰るところ〟にしている。いつだって上から目線で、高圧的で横柄で厭味ったらしくてワガママでスパルタでねちっこくてお子様でもうまんまどこのガキ大将みたいなヤツ。でもああ見えて案外優しいところもあって、さいはて荘のためなら死力を尽くすほどの甲斐甲斐しさもあって、ふと見せる柔らかい笑顔がなんとなく心地いい──


「ねーちゃ、にーちゃはもーいい」

「はっ」


 元巫女。お蝶とは正反対の、大和撫子を地で行くとんでもねぇ美女。元軍人の〝殺す〟動きとも、社長の〝支配する〟動きとも違う──自然と調和し語らい合う〝融和する〟動きがとても清廉で気高く見える、まさに人類史上でも類稀なる高潔なひとだ。食い意地張ってるけど。

 元王子。超美麗CGの金髪碧眼イケメン王子がそのまま実体化した超絶イケメン。ただし中身は残念。キュアプリティをこよなく愛していて、日本のサブカルチャー文化に全身全霊で浸って楽しんでいるオタクだ。

 元国王。縦にも横にもでっかい体にもりのくまさんのような柔和な顔と性格が乗っかっているおじさん。実は元王様で、しかも悪王(傀儡だけど)だったらしい。今じゃとてもそうは見えない気のいいおじさんでしかない。

 最後に、なっちゃん。どこにでもいる普通のOLだ。可愛いが特徴な普通のOL.女子力向上委員会の委員長でもある。あと、ドーナツ大好き。


「うん、改めてみなくても個性的よね」

「ねーちゃもねー」

「ワタシは普通よ」

「ふつーはのろいもまじないもなーい」

「…………」


 弟に正論言われてしまった。


「ここでいっか」

「ういー」


 そよそよと心地いい風が吹いている。冬がそろそろ眠りについて、春が大きなあくびをしながら起き上がった頃合。風はまだ冷たくとも、あたたかな日差しのおかげで寒くない。ちょうどいい季節である。

 あぜ道の端にシートを敷いて座り込み、巡の帽子をしっかり被り直させてから画用紙とクレヨンを取り出した。イーゼルも考えたけど巡には扱えないから、普通に板に画用紙を貼り付けた。それを地べたに置いて描きやすくする。


「描く前に梅昆布茶飲もーね」


 夏場じゃなくたって水分補給大事。

 ほこほこの梅昆布茶で一服して、ワタシたちは一斉にクレヨンを手に取って描き出した。巡は緑色のクレヨンでど真ん中をがりがりと塗りたくっていく。ワタシはまずあぜ道から描こうと、黄緑と黄色、橙色に肌色、茶色と色んなクレヨンを使って画用紙の手前側を着色していく。


「ねーちゃ、くれよんおれた」

「はや! 力入れすぎよっ」


 新品よっ! これだから人外の血を引く幼児はっ。

 しょうがなくクレヨンの紙を剥いで、手が汚れてもいいから好きにお絵描きしちゃいなさいと言う。巡は大喜びでぽきぽきクレヨンを折り始め──折るな!!


「ぐーりぐーり」

「……結構考えたわね」


 ぽきぽきクレヨンを折り出した時は何事かと思ったけど、折って短くしたクレヨンをいくつも手に抱えて一度に塗りたくり始めた。おかげで緑色と黄緑色、深緑色がいい具合に混じり合って(くず)のつりがキレイに表現できている。

 でも、そういえばワタシもこういう手法をよく使う。物差しに絵の具をチューブから直接出して、そのまま紙面に引くとかね。ワタシの真似したのかしら。

 ……て、いうかそれ以前にワタシだってクレヨン粉々にするわ。おろし金で粉々にして湯煎して融かすのだ。溶かしたクレヨンはろう風にも口紅風にもできて、いろいろ使えるのだ。

 ……ワタシも大概よね。

 ……いつもならやりたいようにやる発想が湧くのに、今日は〝普通に〟クレヨンを使う思考でいたのは──……なんで、だろう。


「…………」

「くっずくずにしてやんよ♪」

「それはやめなさい」


 教えたのは元王子ね、絶対。


「めーはかたにーとらわれなーい」

「…………」


 ……型に囚われない。

 〝スタイル〟を持たない。

 ワタシは自分のことをそう思っている。でも、じゃあ──()()は?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………」

「ん、ねーちゃどーした?」

「んー……ちょっと、(おご)ってたかもしれないってなってるだけ」

「めーのあまりのてんさいぶりにうちのめされたか」

「アンタのその自信どっからくるのよ」


 じとっとねめつけるワタシの目に巡はきょとんとして、めーはねーちゃのおとーとだからとあっけらかんと返してきた。


「ねーちゃのおとーとだもん。そりゃてんさいよねー」

「…………っぷ、そうよね。ワタシの弟だもの、天才に決まってるわよね。ううん、天災か」

「めーがねーちゃくらいおーきくなったころにはせかいせいふくしてる」

「あっはは、本当にそうなってたらいくらでも大魔王の肖像画描いたげるわよ」

「まかせろ」


 まったく、我が弟ながら本当にカワイイヤツだ。可愛くて可愛くて仕方ない。

 …………。

 …………いや、ほんとにしないよね? 世界征服。今のワタシくらいってことはあと十三、四年くらいってことよね。…………どんな風に成長するのか、ちっとも想像できない。どうしよう、マジで世界征服したら。


「ねーちゃ、あのおはなつかっていーい?」

「ん? あら、菜の花ね。ちょっと待ってなさい、摘んでくるから」


 ついでに他の野花や野草もいくつか摘んで、巡とわけあいっこしながら使うことにした。のりやテープも持ってきてるから好きに使うがよいよ。


「あおいはなきれーねー」

「ネモフィラっていうのよ。花言葉は──〝あなたを許す〟」

「うむ、めーにぴったり」

「なんで?」

「めーはもっとつよくなるの。もっとつよくなって、もっともっとつよくつよく、つよくなって、そんでみんなをゆるすの」

「みんなを許す?」

「かーちゃはねー、つよいけどよわいから、さいはてそうのみんなしかゆるせないの。にーちゃもね、つよがってるけどよわいからさいはてそうしかまもらないの」


 でもめーはみんなをまもるの。

 だれよりもつよく、なによりもつよくなってみんなをまもって、ゆるすの。

 そのままでいいんだよって、ゆるすの。


 ──そう言って不遜に笑う巡が、何故か果てしなく大きな存在に見えてつい身震いしてしまう。

 大家さんはさいはて荘のみんなを許す。そのままでいいと、ありのままでいいと許す。

 それを見て育った巡は、みんなを許したいと思うようになった。みんながありのまま、あるがままでいてもいいと許せるように誰よりも強くなりたいと断言した。

 ここでようやく、ワタシは気付いた。

 危惧すべきだったのは()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと。人外である元軍人の血を引いた巡もまた人外に育つことばかり危惧していたけれど、そんなの些事だった。些事どころか、体にほくろが何個あるかってレベルでどうでもよかった。

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 大家さんは全てを許す。果てしなく許す。心地の良いぬるま湯でゆっくり溺死させるが如く、甘やかな許容でもつて総てを受容する。きっとさいはて荘に殺人鬼が来たとて、大家さんは手を広げて許す。何故ならば、()()()()()()を持っているから。()()()()()()()()()()()

 けれど、大家さんは体が弱い。あまりにも弱い。弱すぎる。だから、さいはて荘の中だけで()()()()()()

 でも巡は違う。大家さんと同じ無条件の愛情を注ぐ素質を持ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一体どういう風に成長するのか、これっぽちも想像できなかった。


「…………アンタってすごいわね」

「んー? ねーちゃもすごい」

「すごかないわよ。ホントのワタシなんてやりたいことも好きなことも何もわからない()()()な人間なんだから」




 人間の根底は変わらない。




 たまたま持ち得た才能に傾く形でぼんやりとやってみたいことを定めているだけで、突き詰めて本当にやりたいこと、好きなことは何かと聞かれると答えられない。絵を描くのは楽しい。楽しいけど、ワタシにとって絵とは命を削る作業だ。〝呪い〟の一環だ。だから、なんか違うのよね。今、こうやってクレヨンで絵を描いているのもワタシにとっての〝お絵描き〟とは違う。楽しくないワケじゃないけど、どこか身が入らない。

 結局、ワタシにとっての〝絵〟は〝呪い〟なのだ。呪いを込めて描いている時が一番、〝描いている〟って気分になれる。でも同時に、〝削られている〟とも感じる。

 呪いだから。

 ワタシにとっての絵は、呪いだから。




 人間の根底は変わらない。




 ワタシはどこまでも、魔女でしかない。

 呪うしか能のない、魔女でしかない。


「でもねーちゃ、めーのことすきでしょ」

「え? 何よいきなり。そうだけど」

「ねーちゃのしゅみはめーをめでること、それでいいの」

「何よソレ」

「にーちゃのほーがいい?」

「何で社長が出てくるのよッ!!」


 がなったワタシに巡はやれやれ、と肩を竦める。三歳児のくせに生意気よッ!!


「ねーちゃ、みとめるのもだいじよ」

「ホントに何歳児よアンタ!?」


 幼稚園でも既にボス状態って聞いたけど……これくらいの年頃なら幼稚園の先生とかを好きになってもおかしくないけど、そういうのいないのかしら?


「んー、むずいよねー。みんなめーのよめにできたらいーんだけどー。しょーらいてきにはおおくてもさんにんかなー。あとはわがこってかんじでめでるのー」

「〝全てを許す〟のレベルが高すぎておねーちゃんついていけてないわ」


 ホントどうなるの将来?


「……でも考えてみれば、半端ないわよね。アンタの〝()()()〟」


 幼稚園を既に牛耳ってることもそうだけど、さいはて荘のみんなとも忌憚なく接することができる。生まれた時から一緒とはいえ、あのなっちゃん相手にさえも少し身構えつつも普通に談笑してみせるのだ。

 出先でも、お店の人や通りすがりのおばちゃんおじちゃん相手に怯むことがない。とかいって無防備に近付くこともしない。来るもの拒まず去るもの追わず危うきに近寄らず本質を見失わず。

 ホントに三歳児かってくらい社交性のバケモノだ。いやホントに三歳児なんだろうか。十歳(とお)で神童、十五歳(じゅうご)で才子、二十歳(はたち)過ぎればただの人って言うから、これから落ち着いていって……くれるのかしら。


「でもねーやっぱりねー、めーはかぞくがいっとうすきよー」

「……そうね。〝()()〟が、一番ね。やっぱり」

「それでいーんやないのー? むしゅみでもさー。かぞくがいるんだしさー。たいしたことなくなーい?」

「……っふ、そうかもね」


 確かに、()()()であることなんて〝()()〟がいることの尊さの前にはちっぽけな悩みでしかない。だって。

 だって、〝()()〟はたとえワタシに絵の才能がなくたって、呪いがなくたって、魔女じゃなくたって愛してくれるから。


「うむ」

「ホントどこまでも尊大よねアンタ。社長に似てきたわねぇ……」

「いあ、これはねーちゃににたとおもう」

「なぬっ」


 そんなバカな、ワタシはそんなに尊大じゃ──あるけど。確かに尊大な自覚はあるけど。


「ねーちゃ、おはなくっつかなーい」

「あぁ難しいわよね。そういう時は絵にボンドして、はなびらぼとーって落とすと簡単よ」

「ほほー」


 巡の絵がだいぶ完成してきている。手前の田畑を菜の花と草で作って、クレヨンで築き上げたさいはて荘のバックに青い小花がちりばめられている。とてもかわいらしい絵だ。巡が実際に描いたのはさいはて荘だけで、それ以外の景色はほぼ自然のものを使って作っている。そこから、なんとなく巡のさいはて荘への愛着が窺えて、微笑ましくなる。


「さいはて荘、好き?」

「だいすきよー。めーのおうちだもん」

「うん。ワタシも大好き」


 当たり前のことを当たり前に言う。

 当たり前なんだから言う必要はないって考える人がいるかもしれないけれど、当たり前だからこそ口にしておくべきだとワタシは思っている。

 だって、無限に続く当たり前なんてないんだもの。


 六歳までは、甘やかしてくれる実の両親との暮らしが当たり前だと思っていた。

 十歳までは、虐げられて絵を描かされ続ける暮らしが当たり前だと思っていた。

 十二歳までは、大家さんや元軍人と家族になるなんて露ほども思っていなかった。


 当たり前は長続きしない。

 じゃあ、長続きさせたい〝当たり前〟ができたらどうすればいいのだろう?

 ワタシは、言葉にすることが大切だと思った。大好きだと、大切だと、みんなと一緒にいたいと──きちんと形にしていくことが大事だと思った。


「めぐるー、だいすきよー」

「しってる」

「生意気ねー」


 でもそこがカワイイ。

 何だかんだ言ったってやっぱり巡はワタシのカワイイ弟だ。

 ワタシと巡は血が繋がっていない。でも、やっぱりワタシの弟なのだ。ちゃんと、弟なのだ。

 ()()()()なのだ。


「にーちゃともきょーだいかんけー」

「そーねぇ。巡、社長のことホント好きよね。気付いたら兄ちゃん呼びしてたし」

「ねーちゃとにーちゃはきょーだいかんけーじゃないけどねー。めーとにーちゃがほんとーのきょーだいかんけーになるために、ねーちゃがんばるのよー」

「アンタ本当に三歳児!?」


 誰よ!! 誰がこんな風に育てた!?


「でーきた! さいはてそー!」

「おっ、鮮やか!」


 黄色い花びらと若葉色の野草で地面を(かたど)り、青い花びらと白い花びらで青空を模り──それらに埋もれるようにして存在している、クレヨンで描いたさいはて荘。

 コレが、巡の絵。

 コレが、巡のさいはて荘。


「こりゃ力作ね。帰ったら元王子に頼んでラミネートしてもらわなきゃ」

「ねーちゃのえもねー。さいはてそーがだいすきーってわかるよねー」


 ワタシの絵。

 クレヨンでまっとうに風景をスケッチして、花びらを色別に細かく分けてグラデーションにして、手前からさいはて荘へ向けて吹く一閃の風を舞い散る花びらで表現した。


「タイトルをつけるなら〝帰り着く場所〟ね」

「ほほー。ならめーは〝だれもしらないばしょ〟にするー」

「……アンタってホント……」


 三歳児とは思えないセンスだ。

 でも、本質を突いている。

 ここは誰も知らない場所。けれど、ワタシたちが帰り着く場所。ワタシたちの場所。()()()()()()()()()()()

 ふっとそう思う時がある。

 さいはて荘にいると本当に安心できる。安堵するのだ。ああ、ワタシたちはこの世界にいてもいいんだって、心の底からほっとする。


「さて、描き終わったし片付けておべんと食べよっか」

「うい」


 散らばった草花を自然に還して、描いた絵はボンドが乾くまで放置することにしてシートの上を綺麗にする。

 クレヨンやらボンドやら草花の汁やらで汚れ切った巡の手をウェットシートで綺麗にしてから、リュックを開けてバスケットを取り出す。バスケットの中にはささやかなフルーツサンドが入っていておやつにちょうどよさげだった。

 ふわりと、フルーツサンドから柑橘系の香りが立ち昇る。その憶えある匂いについ、ここにいないアイツのことを考えてしまって少し寂しくなる。ここ一週間、海外へ出張に行っていていないアイツのことを。今夜あたりには帰ってくると言っていたけど、今すぐにでも会いたい気持ちが──いや落ち着けワタシ! おかしいぞ貴様! 昔はあんなに意地を張って気のないふりをしていたというのに、最近の貴様は何だ! 気を抜けばすぐ乙女モードに入りおって!!


「あ、にーちゃ」


 どくんっと心臓が跳ねる。

 熱も上がって、涼しくて心地いい風だけではどうにもならないほど全身が熱くなる。どくどくと血潮が滾って、腹の奥がきゅうっと甘く切ない痛みを覚える。


「──帰ろうとしたらちんちくりんが蠢いていたから車を停めてみれば。こんなところで何をしている、どれみ。巡」


 鼓膜を揺らす、想い焦がれた声にぞくぞくと首筋が震える。零れそうな吐息を押し留めて、潤みそうになるまなじりに力を込めて堪えて、ゆっくり後ろを振り向く。


「ただいま」


 ──ああ。

 ダメだ、と唇を噛む。


 やっぱり、すきだ。


 うん、もうそれでいいや。




挿絵(By みてみん)

 《黒錆(くろさび)どれみ》

  〝魔女〟

 ──「絆が欲しい」

  ◆◆重んじるもの:社会性

  ◆◆大切にしたいもの:家族

  ◆◆変わらないもの:無趣味


挿絵(By みてみん)

 《黒錆(くろさび)(めぐる)

  〝暴君〟

 ──「力が欲しい」

  ◆◆重んじるもの:信頼性

  ◆◆大切にしたいもの:家族

  ◆◆変わらないもの:無抵抗




 【姉弟関係】


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