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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
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【えほうまき】


 節分である。

 節分といえばそう、豆まき! ただ今庭で鬼のお面を被った爺が巡に追い掛け回されている。かわいそうに。どちらかというと巡の方が鬼だと思う、うん。

 ともあれ。節分といえばもうひとつ──恵方巻だ。〝節分の夜に恵方に向かって願い事を思い浮かべながら丸かぶりし、言葉を発さず最後まで食べきると願い事がかなう〟なんて言われている太巻き寿司である。

 今年の恵方は北北西らしいけど、ぶっちゃけ今までまともに願い事しながらかじったことがない。でも今年は受験生だし、ちょっと神頼みしたい気分だからやろうかな。


「恵方巻の材料って七つだよね」

「ええ。かんぴょう、きゅうり、だてまき、うなぎ、さくらでんぶ、しいたけに。でもうちはさーもんとしそもいれるわね」


 うん、ぶっちゃけ七つだけの恵方巻はこう、具材においしそう! ってわくわく感がない。生憎ワタシはまだまだお子さま舌。サーモンとしそは必須である。


「お母さん、巻くのワタシやりたい」

「ええ。おねがいね、どれみちゃん」


 竹のすだれをそのまま小さくしたような巻きすに焼きのりを敷いて、酢飯と具材を載せてからぎゅっと全体に圧力をかけるように巻いていく。最後まで巻き終えればまたぎゅっぎゅっと全体を(なら)して、巻きすをほどいてラップする。

 それを繰り返すこと数回。ワタシが作業を終えるころには大家さんもけんちん汁を作り終えていて、最後にふたりでタコときゅうりの酢の物を作って準備完了だ。

 そろそろ爺が腰をやらかす頃合なので、エントランスから梟のぬいぐるみを持ってくる。と、まさに天の采配とはこのこと。元王子と元巫女が爺を支えて管理人室に入ってきた。


「無茶しないでよ。もう八十近いんだから」


 言いながら五寸釘を梟のぬいぐるみにぶっ刺す。爺のいななきが上がって、やがて安らかな表情になる。ショックでご逝去あそばしてないか心配になる瞬間である。


「もっと安全な呪いに切り替えてかなきゃねぇ」

「魔法少女ちゃんがステッキを振るう様子は些かバイオレンスだからねっ」

「ステッキ言うなし」


 五寸釘を振るう魔法少女とか嫌すぎる。


「魔女さま、暴君さまのお召しものが汚れてしまったのですけれど、替えはございますか?」

「ありゃ、泥んこ! じゃあもうお風呂入っちゃう?」

「でしたらわたくしがお連れしましょうか? 時間外ですし、元王子さまもよけれ」


 AHHHHHHH、と元王子の奇声が元巫女の声を遮ってその先は聞けなかったけれど、うん。そうか……このふたり、一緒に風呂……入るのかあ。

 カッカッと熱くなった顔をそのままに、巡を元巫女に任せてキッチンに戻る。元王子もしれっといなくなっていた。巡がいるし変なことはしないだろうけど、うん。そうかぁ……もうそんな進んだんだぁ……。

 そりゃそうだよねぇ……考えてもみればあのふたりが付き合い始めてから既に一年以上経ってるのだ。いくら元巫女が初心(うぶ)でも進展しないわけがない。

 そうかぁ、そっかぁ……うん。

 猿のぬいぐるみに五寸釘突き刺してこよう。




 ◆◇◆




「もとおーじがね、やみのぱわーだー! ってーね、どげざしてんの」

「無様ねぇ」

「キミのせいだろう!? 酷いじゃないか。おかげで腸内環境はすこぶる健康だけどねっ」

「お通じがよくなったのですね。それはようございました」


 お風呂から上がってきた巡たちを迎えて、夕食と相成った。爺も腰痛から解放されたようで元気に日本酒を呑んでいる。早い早い。


「おじいさんとめぐるくんのぶんはきりわけてありますからね~」


 喉詰まらせ防止に爺と巡の恵方巻はカット済み。


「北北西……あっちね」


 さいはて荘はワタシの部屋が東にあって、管理人室が西にあるつくりになっている。つまり正門は北に、裏庭は南にあるって感じ。南側から大きく光が入り込んでくるつくりだけど、ベランダや縁側の屋根でほどよく遮っていていい感じである。

 ともあれ。北北西ということは表玄関のあたりを向けばいいってことだ。姿勢を正して、恵方巻を抱えて目を閉じる。

 受かりますように──は、なんか違うな。神頼みするものじゃないし。じゃあワタシの実力が十二分に発揮されますように。ワタシの努力が正しい形で実りますように。あと……あれ、願い事ってみっつまでだったけ? あれ、それは別のとこ? まあいっか。ええっと。最後のひとつ。

 ふと、鼻孔を柑橘系のすっきりとした香りが擽った気がした。

 …………。

 ……社長に、あいたいなあ。


「い、いただきまーす!」


 最後にふと脳裏をよぎった願い事に何だか気恥ずかしくなって、誤魔化すように大口開けて恵方巻にかぶりついた。

 同時に、表玄関からリビングへと通じるドアが開いた。


「ほう、マヌケ面で出迎えご苦労」


 大口開けて恵方巻にかぶりつくワタシと真正面から向き合う形になっていたというのに、社長は驚きひとつしないどころか相変わらずの無情緒すぎる声色で冷淡に言ってのけた。そしてカシャッとシャッター音が鳴り響く。


「にーちゃ、おかえーりー」

「ああ」

「おかえりなさい。おつかれさま、しゃちょうさん」

「ああ。変わりは?」


 恵方巻にかぶりついて硬直しているワタシをよそに、社長はスーツを脱ぎながら家族のなんてことないやりとりをこなしつつ、ワタシの隣に座る。

 座って、怪訝そうにワタシを見つめた。


「食わないのか?」

「ぱギュッ」


 いかん、変な声が出た。口を離して悪態のひとつやふたつ吐きたいところだが、口を離しては願い事が叶わない。恨めしげに社長を睨みつつ、もごもごと食を進めていく。


 ──びっくりした。


 ──いきなり願い事が叶うなんて、思わないじゃん。


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