【蝶野もろみの場合】
【蝶野もろみの場合】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
暴れ狂う鯱。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。
宝石のような目を持つ、とてもスタイリッシュで艶やかな猫のぬいぐるみを撫ぜているワタシに出入り口から声が掛かってきた。
「お~い、行くぞ魔女! 用意はできてんのか?」
「うん。画材もキャンパスも社長に用意してもらった。ブルーシートもあるし、新聞紙にタオルにエプロンに……うん、大丈夫」
「おう!」
元王子の金髪のような天然の煌めきはないものの、お蝶のさっぱりとした性質も相俟って太陽を強くイメージさせる明るい髪を頭頂部でひと纏めにして、お蝶がにかっと笑う。
赤色と白色のコントラストがお洒落な軽ワゴン車に荷物を積んで乗り込んで、シートベルトを締めながら何処に行くのかお蝶に問う。
「イ・イ・ト・コ・ロ❤」
「言っとくけど未成年よワタシ」
「ンな真似するかっての! おめーをホストクラブとかに連れ込んだらアタシが社長に殺される」
お蝶操る車は豹南町を離れて高速に乗る。うとうとしていた頃に車が速度を落として、がっくんと落ちた首を慌てて戻せば窓の外にはサービスエリアが広がっていた。
「着いたぜ、ここだ」
「え? サービスエリア?」
高速に乗って三時間弱、といったところだろうか。時刻は既に昼前──サービスエリアの中は多くの車で賑わっていて、白色を基調としたビーチハウスのような建物にも多くの家族連れが見える。サービスエリアにしては小奇麗で、少し視線を外せば海が広がっているのが見えた。
「アタシももう何年も来てなかったけどよ、随分お洒落になっちまってんじゃねーか」
「ここ、よく来てたの?」
「おう」
言いながらお蝶が駐車スペースに車を停めて、画材道具を背負い込んでお蝶の後を追って休憩施設に入る。土産物店やフードコート、レストランが立ち並ぶ一般的なつくりに留まらず、海を一望できる展望エリアにカフェ、展覧会と観光スポットとしても発展している明るい場所で気分が一気に浮つく。なんだか旅行に来た気分だ。
「かァ~、アタシん時はショボいフードコートしかなかったてぇのに」
「それって何年前?」
「十年前ってトコか。大家さんに出会う前の、成人してねー時代は何かあるたびに親父のバイクでここに来てたんだ」
お蝶の故郷はここにほど近い場所にあるらしく、グレていた時代は半年に一回のペースで通う場所であったようだ。大家さんと出会い、さいはて荘に来てからは一回も来ることのないまま、気付けばアラサーになっていたと笑いながらお蝶はサービスカウンターに向かって、あらかじめ連絡を入れておいたスケッチ希望者であることを伝える。テラス外の芝生の上にシートを敷いた上であれば構わないとのことであったので、その通りにする。
「わ~!! 海~! 山~! 空!」
果てしなく広がる大海原に、せり出した半島部分に聳える険しい山。それに、絹のベールのような雲がかかっている青空。真冬の寒空ではあるが、太陽が雲に遮られていないためかぽかぽかと温かい。潮風は冷たく、日光は温かい。相反した環境が不思議と心地よくて、自然と伸びをしてしまう。
「あン時は色んなモンが腹立たしくて嫌いで憎くて、軽蔑ばっかしててよ。人間なんざしょうもねえって思ってたんだ」
芝生の上にブルーシートを広げながら、お蝶がぽつりぽつりと語る。
「でも何よりしょうもねえのはアタシ自身だってたまに苦しくなった。そんな時にな、ココに来てた」
ここに来ると自分がちっせえって実感できて、何もかもがどうでもよくなるんだって言うお蝶にワタシは改めて果てしなく広がる青い世界に視線を向けて、大きく息を吸い込む。
「──そうだね。なんか、色々忘れられそうな景色」
「だろ? ──んで、どんな画材があるんだ?」
「色々。砂絵もできるよ」
「マジか。ん~、じゃあ水彩絵の具使うぜ。でも筆は使わねえ」
使い捨ての紙パレットに〝水色〟と〝白色〟の絵の具をぶちまけて水をたっぷりと含んだ麻の布で混ぜ込み始めたお蝶を眺めながら、自分も紙パレットに〝赤色〟〝青色〟〝白色〟〝黄色〟の絵の具をそれぞれ捻出して、たっぷりの白色に青色をほんの少し、黄色も隠し味程度に混ぜ込んでいく。今日の画材は巡も使う、小学生向けのオーソドックスな水彩絵の具。お蝶は布で、ワタシは平筆で。
「ほーれ! こうやれば一瞬で空だ!」
空色の絵の具をたっぷりと吸い込んだ麻の布を画用紙につけて薄く引き伸ばし、それがちょうどいい具合に白いベールが掛かった空を再現してくれてお蝶は満足そうに笑う。
ワタシは水をたっぷり吸い込んだ平筆でまず一滴、画用紙に空を落とす。それから画用紙をくるくると回して水滴が重力に従って画用紙の上を滑り落ちて行くのを調整しつつ、色を広げていく。水分が完全に紙に吸収されたらまた一滴、空を落として染み渡らせて。
ワタシに〝スタイル〟というものはない。
水彩画も油絵も砂絵もちぎり絵も、なんなら版画も彫刻もビーズ細工も何でもやる。それどころか平面に拘ることもなくて、立体的な絵を描きもする。〝佐々呉どれみ〟であったころは幼き天才画家以外に〝自由アーティスト〟なんていう呼称もあって、真のフリークリエイターとはこういうものだ! なんて記事を書かれたこともある。
今は天災画家・黒錆どれみ、スタイルを持たない画家って言われることが多いかな?
〝スタイル〟って何だろうと、いつも考える。でも、答えは出ない。よくわからない。
「ねえ、どうして布を使おうと思ったの?」
「ん? こっちのが楽だから。感覚的に描けるし」
うん、わかりやすい。お蝶の〝スタイル〟はとてもわかりやすい。とてもさっぱりとしていて型に囚われない自由なスタイル。
じゃあ、ワタシのは? ワタシも型に囚われないスタイル、と言えばそうなんだろうけど、でも違うと思う。確かに決まったスタイルはないし、型にも囚われていないけれど。でも、自由かと言われると首をひねる。
「アタシも自由ってワケじゃねーぜ?」
「え?」
「むしろ逆だ。アタシは自由になりたい。自由だって思われたい。だから、自由に囚われてんのさ」
人間の根底は変わらない。
続けてお蝶が口にしたそのひとことが、やけにワタシの心に残った。
「今はそういう自分も悪くねえって思えて、だから色々どうでもよくなったんだけどな」
言いながら、青色に染まった麻の布に黄色と白色を少し混ぜ込んで横一線に引き、水平線を描く。ワタシも空が染み渡った画用紙に水分を控えめにした青色絵の具で空と海の境界線を作って、そこに少しずつ水分を加えながら下へ下へ引き伸ばして海を作って行く。
「グレてた時のアタシについては簡単だぁな。自由にやるー! つって好き放題やっているつもりで、実際にはスレた界隈からなかなか抜け出せずにいた。スレていることを自由だと履き違えて、とにかく遊びまくっていると思われる生き方をしていた」
父親からの虐待や性的強要から逃れるために身を堕として、結局人に弄ばれる生き方に落ち着いていたとお蝶は自嘲する。中絶経験もあると聞かされてワタシはつい、筆を止めてしまう。
「そーゆーのが自由だって思ってたんだよ。アタシはとにかく、自由になりたかった。誰よりも自由だって思われたかった。弱い女だって思われたくなかった。だからとにかくあけすけな生き方を選んだ。それこそが選択肢を狭めている不自由な生き方だって気付かずにな」
そんで、それは今も変わってない──そう静かに紡ぐお蝶にワタシはつい、首を勢いよく横に振ってしまった。
「ワタシ、お蝶ほど自分に誇りを持って胸を張って生きている人間はいないって思ってるよ。そりゃズボラなとことかあるけどさ、でもお蝶は自分の在り方に引け目を少しも感じていなくて……すごく、すごくすごく強いって尊敬している」
「──……ありがとな。でもそう思われたかったからそう振る舞っているだけなんだよ」
お蝶。
蝶野もろみ。
関係性を重んじ、目標を大切にする快哉な女傑。けれど、人間の根底は変わらない。無遠慮なところは変わらない。
蝶野もろみはどこまでも無遠慮だった。
「昔となにひとつ変わんねえよ。あの頃のように自分を蔑ろにする生き方こそしなくなったけどな──でも、他人に弱いトコを見せたくねえって想いは変わんねえんだ」
強く、明るく、ざっくばらんで無遠慮な女。
そう在りたいから在っただけだと言って、お蝶は気まずそうに微笑む。
「本当は弱い女なんだって知られたくなかったんだ。だから必死に強い女作って、みんなにいい顔したくて、みんなに好かれたくて」
「…………」
海にせり出した崖と空の境界線を表すために平筆に浸した赤い水分がぽたりと空に落ちて、じわりじわりと張り詰めて行く薄氷のように広がって行く。
「昔と何も変わんねえ。それは確かだ──でもな」
ぽん、ともはや何色なのかわからなくなった麻の布を空に軽く圧しつける。すると、色とりどりの魚が空を自由に駆けている様子が一瞬で仕上がった。
「昔は大嫌いだったこんな自分も、今は悪くねえって思うようになってるぜ」
「……!」
「だっておめー、こんなアタシ知ってもアタシのこと嫌いにならねえだろ? アタシのこと大好きだもんなぁ?」
にかっと晴れ晴れとした笑顔を浮かべながらも少し照れ臭そうにするお蝶に、ワタシは面食らったように目を見張って──けれどすぐ、微笑んだ。
「うん。お蝶が実は性転換したおじさんでもワタシたちは嫌いにならないと思う」
「正真正銘女だからなアタシ。美女だからなアタシ。おじさん垂涎ものの美女だからなアタシ」
ワタシとお蝶は顔を見合わせて噴き出すように笑い合い、それからは絵を仕上げるべくお互い無言で作業を進めた。
赤いしずくを落としてしまった空は全体的に赤い亀裂が走ってしまっていたけれど、わりと味のある絵になっていたからそれはそのままで、海にも赤を混ぜていくことにした。画用紙だから水分を吸ってふにゃふにゃだけど、水分を吸えば吸うほど紙がぼろぼろになって色が落ちるのも利用して、どんどん完成度を高めていく。
ひゅうっと冷たい風が吹き抜けてきて、ばさりと羽織っていたストールが飛ぶ。あっ、と声を上げるよりも早く横から手が伸びてストールを掴む。
「ほれ、ちゃんとあったかくしとけ」
「──うん」
ああ、やっぱりお蝶はかっこいい。
快哉な女傑が〝作られた人格〟だと主張するのなら、ワタシのこの性格だって作られたものだ。季節に合わせて着る服を変えるように、行く先に合わせて服のテーマを変えるように人間は誰しもが何某の人格を作っていくものなのだと思う。
そしてふと、ああだからなのかと気付く。
人間の根底は変わらない。
どんなに着飾ったって、根底は変わらない。根っこの部分は変わらない。絶対に変わらない。でも、変わらないなりに生き方を整えていくことはできる。在りたい姿を思い浮かべて、そう在ろうと努力することはできる。そんな自分に胸を張れるようになった時──はじめて、根っこの部分を受容できるんだ。
「ああ。さいはて荘のおかげだよ」
さいはて荘。
みんなの、帰る家。
「アタシはずっと〝家〟が欲しかった──そして叶った。さいはて荘はどんなアタシでも受け入れてくれる。だからアタシはアタシの思うままに生き方を選べたし、アタシがどんな生き方を選んでもやっぱりさいはて荘は受け入れてくれた」
いってきますとともに別れを告げ、ただいまとともに腰を落ち着ける家。
いってらっしゃいとともに手を振り、おかえりとともに手を振ってくれる住民。
お蝶がどんな生き方をしていても決して崩れないその強靭な家に、お蝶はやがて自分自身に胸を張っていけるようになった。そうして気付けば、根底に潜む弱い自分のことも嫌いじゃなくなっていた。
「あっ破れた」
「げっ、こっちも」
話しながら作業を進めていたからか、水分を含ませ過ぎた画用紙の端っこがびりっと破けてしまってワタシとお蝶は思わず見つめ合ってしまう。
そして──やはり噴き出すように笑い合った。
「ふむ、アタシのなかなかイイんじゃね? タイトル〝大海原と青空の狭間を駆け抜けるカラフルな渡り鳥〟」
「そのまま! こっちは……んーと、タイトル〝忍び寄る夕顔〟」
お蝶の絵は全体的に色が薄くて、布で擦りつけるように描いたからか絵の具はとてもざらついている。色も細かく混ぜ合わせて調整するようなことをしていないからか、余分な混色がなくてとても透明度が高い。代わりに、布をぽんぽん押し付けるだけで表現した色とりどりの渡り鳥は虹のような鮮やかさを絵にもたらしていて、一気に世界観を明るくしているように見える。
一見すれば面倒臭いから布で大雑把に描いただけの、ざっくばらんなお蝶らしい絵だ。でも──大海原と空の間にきっちり境界線を作っていたり、大海原の海面の煌めきを表現するために布で絵の具ごと紙の表面をこそげ落としていたりととても繊細なところもある。
ワタシの絵はうっかり落としてしまった赤い絵の具を利用して、青空と大海原を背に夕顔が咲いているような感じにした。そろそろ夕暮れ時で、夕顔がゆっくりと花開こうとしているイメージだ。お蝶の絵に比べると混色が激しくて、透明度に欠ける。
「いんや? 魔女らしい絵だと思うぜ。転んでもタダじゃあ起きねえっつうか。元々青空だったのに夕顔を加えることにしたからって、空と海に橙色を足したり。臨機応変できてんなって感心する。案外図太いもんな、おめー」
「転んでもタダじゃ起きない、かぁ……じゃあお蝶の絵はさ、雑に描いているように見せかけたいけど丁寧にやりたい、っていう意外と繊細な乙女心が現れてる感じ?」
「意外とは余計だ、意外とは。アタシは砕けやすいガラスのハートを抱えている美女なんだ」
「にひひ、そうだね。お蝶と出会ったばかりのころなら強化ガラスでしょって言い返したけど、今なら意外とそうだよねって思える」
「だから意外とは余計だってーの」
おでこをデコピンしてお蝶が溌剌とした笑顔を浮かべる。この青空と大海原がよく似合う、晴れ晴れとした笑顔だ。
「んじゃ、片付けてメシでも喰うか? サービスエリアん中のカフェとかレストランとか」
「うん!」
ワタシとお蝶の描いた絵はそっと和紙で挟んで、絵画用のファイルに保管する。どうするかは決めてないけど、お蝶以外のみんなとも絵を描きたいから、それが溜まったらちょっと考えてみるかな。
外の水道を借りて画材を洗って、ブルーシートも畳んで車に戻してから再び、休憩施設の中に入った。昼食時だからかレストランもフードコートも混んでいて、カフェに小一時間ほど並んでようやく入れたワタシたちは早速昼食を注文した。
「昔はよ~、しょっぱいフードコートしかなかったからホットスナック買って海眺めながら食べてたんだ」
「ほっとすなっく?」
「え? 知らない? ほら、食べ物を売ってる自動販売機あるだろ──って最近見ねえなそういや」
「食べ物? アイス自販機とかカップヌードル自販機のこと?」
「いや、そういうんじゃなくて……マジか、知らないのか」
ひと昔前はサービスエリアやパーキングエリアにホットスナックという食べ物専用の自販機があって、あつあつほかほかのフライドポテトやフランクフルト、たこ焼きに焼きそばと色んな食べ物を買えたらしい。マジか。
「フライドポテトに塩を振りかけて食べながら焼きおにぎりモシャってたんだぜ」
「へぇ~。なんか楽しそうだね」
「最近はどのサービスエリアもお洒落になってきたからな~。殺伐としていた昔が嘘みてえだぜ」
殺伐……そうなのか。サービスエリアってなんか〝旅行に来た!〟感があってわくわくして好きなんだけど、現代っ子の感想なのかもしれない。
と、そこで注文したカツカレーとオムライスが来たので会話を一旦止める。ちなみにワタシがオムライスでお蝶がカツカレー。カフェらしくカフェオレも二人分注文して、贅沢に食後のデザートも注文しちゃって。んひひ、なんかいいなぁこういうの。
「カツうっす!」
「サービスエリアあるある。ねえお蝶、お蝶って高校行ってないんだよね?」
「ん? おう。中卒だぜ」
中学を卒業すると同時に夜のお店で働き始めて、父親のいる家にはほとんど帰らず男の家を泊まり歩いて狂ったように遊び回り、ヤバいことにも手を出しかけていたとお蝶は懐かしむように語る。
「改めてみなくともとんでもねぇアバズレだったなぁ。あのまま、大家さんに出会ってなきゃ間違いなく反社の女になってただろうなァ」
反社、反社会的集団。つまりヤクザとか暴走族とかの犯罪組織。下っ端の女だった時期はあるらしいけど、のめり込む前に大家さんに出会い、社長に父親ごと経歴を全部洗い流されて脱出することができたそうだ。
「でもまー、当たり前だけどやったことが消えるわけじゃねえし、今だってやってることあんま変わってねえな。元とはいえ王様誑かしてるし」
「誑かしてるって……ちゃんと好きなんでしょ、元国王のこと」
「……まーな」
珍しく、少し照れたように唇を尖らせるお蝶にワタシはつい笑って、可愛いと零してしまう。
「なーにが可愛いだ。可愛いおめーに言われたかねー」
「意味わかんないわよ、それ」
笑ってから、いつから元国王のことを好きだったのか聞く。お蝶は幾分か言い渋っていたものの、最初からだと答えてくれた。その答えは予想外で、つい驚いて声を上げてしまった。
「えぇ? そうなの? 全然わかんなかった」
「だろーな。元国王が大家さん好きなのはわかってたし、だから殊更、サバサバとしていて無遠慮な女を演じていた」
誰にも気付かれないよう、誰にも悟られないよう〝強い女〟を演じていたんだとお蝶は肩を竦めて、女々しいだろと自嘲する。
「……気のいい女だって見られたかったんだ。さいはて荘のみんなにもだけど、何より元国王にな。何だかんだ言ったってやっぱりアタシだって〝女〟だからなぁ」
「…………」
……なんとなくだけれど、お蝶の気持ちがわかる気がする。ワタシもつい、強がってしまうから。大家さんと元軍人の前でもついつい強がってしまうけれど、何より社長の前だと──女々しい部分を知られたくなくて、つい〝余裕あるオンナ〟を演じてしまう。
……まあ、社長にはすぐ見破られるし何回か瓦解して泣き喚いたけどさ。
「……んふふ」
「ん? なーんだそのアルパカみてえな半笑い」
「何よその喩えっ! んーん、ワタシとお蝶って似てるなあって思ってさ」
思えば、最初からワタシとお蝶はよく似ていた。
境遇も、大家さんとの出会いも、さいはて荘に来てからの変化も。細かく紐解けばだいぶ違うけれど、大枠で見ればワタシとお蝶は本当によく似ている。
「ひひっ、姉妹みてえだよな」
姉妹。
ああ、姉妹──確かに。ずいぶん前にも似たこと感じた気がするけれど、今はよりいっそう確かにそうだって感じられるかも。
ん? ああ、そっか。だからワタシお蝶に対してこんなに砕けた態度でいられるんだ。さいはて荘のみんなの中でも、お蝶に対しては気兼ねなく態度を、姿勢を、気持ちを崩せる。別に他のみんなと一緒にいると気が張り詰めるとかそんなんじゃないんだけど、なんだろう。お蝶といるとパンイチでもいっかって思う程度には気を緩められる。ならないけど。
──姉妹だから。
──ワタシにとってお蝶は、お姉ちゃんだから。
「お姉さまとお呼び」
「呼ばないってかそんなキャラじゃないでしょ。姉貴でしょ精々」
「せめておねーちゃん」
「おねーちゃん」
「うぇーい」
うん、気が抜ける会話だ。それがいい。
「うん。お蝶とワタシの関係をひとことで表すなら〝姉妹関係〟だね」
血は繋がっていない。戸籍も繋がっていない。けれど確かに、ワタシとお蝶は姉妹だ。
「にひひ」
「んふふ」
ふたりして悪だくみするような笑顔を浮かべて、食べ終えた皿を下げてもらってデザートに取り掛かる。ちなみにワタシはプレミアムジャンボストロベリーパフェ。お蝶はプレミアムロングチョコバナナパフェ。プレミアムってついてると何となくさらにおいしそうだよね。
「そ~だ、おねーちゃんがイイコト教えてやる」
「ん? うまっ」
冬だからかいちごのジューシーさが半端ない。サービスエリアのカフェだしあんまり期待してなかったのにコレは当たりだ。いちごたっぷりでうまい。甘酸っぱい。
「聞けよ」
「サーセン。で、なに?」
「特に何か特別なことをしてるわけでもねえのに社長がお前をじっと見つめてて、目が合うと気まずそうに目を逸らした時──それがキスの合図だ」
「何言ってんのよ!!」
まさかド直球に社長とのこと言われるとは思っていなくて、カッカッと熱が上がって顔が赤くなる。ああ絶対いちごと同じ色してる。
「結構マジで言ってんだぜ? もしもそーゆー時があったらすかさずブチュって、〝キス、したそうに見えたから〟って言ってみろ。一発でオチるから」
何がよ! やらないわよそんなの! ……、…………やらない! ……うん、やらない!
「元国王はコレで一発だ」
「生々しいわっ!!」
さいはて荘でカップルといえば筆頭は大家さんと元軍人の夫婦で、次点に元巫女と元王子のカップルが来ると思うんだけど……どっちも初々しいというか、あまあまでほのぼので見ていてンハァアアって砂吐きたくなる関係性なんだよね。でもお蝶と元国王はそういう平穏な感情が滅多に湧かない。普段は料理人同士! って感じの仲良さで、夫婦漫才しつつわちゃわちゃしているコンビってイメージが強いんだけど……そこから一歩、踏み込んだ空気になると一気に〝オトナ〟な関係性が露出するのだ。見ているこっちがどぎまぎしてしまう気怠い空気に心臓がもたなくなる。
一応好き合ってはいるみたいだし、付き合ってこそいないみたいだけどそれはお互いに素直になりきれてないだけっぽいし。ワタシとしてはいい加減落ち着くところに落ち着いて、空気を安定させろって言いたい。元国王が。元国王の〝大人の男〟モードが、心臓に。心臓に悪すぎる。
「やーん、魔女ってばや~らし~❤」
「お蝶にだけは言われたくないわよっ!」
まったく!
──そんなワケでワタシとお蝶は姉妹っぽくキャットファイトまがいのことをしつつ、お互いにデザートを食べさせ合ったのであった。
あの先生が言っていた〝他人の絵を見る〟ことの意味はまだ、ちょっとしかわかっていない。けれどとても有意義なひとときだった。この調子で、試験勉強の合間にみんなと絵を描いていけたらいいなあ。
《蝶野もろみ》
〝お蝶〟
──「家が欲しい」
◆◆重んじるもの:関係性
◆◆大切にしたいもの:目標
◆◆変わらないもの:無遠慮
【姉妹関係】




