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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・冬
141/185

【くりごはん】


 綾松(あやまつ)高校体育館裏にて、ワタシはゆゆと語呂合わせクイズをやっていた。


「三角形の面積」

「鈍い海老さんシーッ」

「内接円の半径、円の面積」

「二分もあるなら固め、ABCマート」

「外接円」

「用ある上の階のえびのしっぽ屋」


 ──何の語呂合わせかって、数学の公式。休み時間の一分二分、こうやって語呂合わせテストしておくだけで知らない間に身に付いていたりする。


「あっ、大王といっちゃきたぁ~」

「おいーっす、ジュース買ってきたぜどれちん! ゆゆ!」

「どれみちゃんはアップルジュース、ゆゆちゃんはカフェオレだよね」


 あざとくてちょい腹黒な由良(ゆら)ゆら子にさっぱりとしててスタイリッシュな大々(おお)王子(おうこ)、そしてワタシと同じくらいちっこくて、照れ屋で真面目な伊々井(いいい)いいこ。通称、ゆゆに大王にいっちゃ。三人ともワタシのかけがえのない〝ともだち〟である。


「寒い、中入ろうぜ」

「そだねー。どれちゃん、お弁当持つよ~」

「ありがと。でも分けないわよ」

「けち!」


 お弁当制であるここでは図書室や自習室など、一部を除いて基本的にどこでも飲食していいことになっている。ワタシたちは基本的に晴れの日は外で、雨の日や風の強い日、暑い日に寒い日は教室か体育館で食べている。

 もう食べ終えたらしい男子たちがバスケで遊んでいるのを傍目に、ワタシたちは床に座り込んでお弁当を広げた。


「どれみちゃん、今日は栗ごはんなんだね。おいしそう」

「フフン! コレだけは絶対に交換してやんないわよ!」


 ──ああ、そうそう。

 いつからだったかは忘れたけど、いつの間にか〝どれちん〟〝どれちゃん〟〝どれみちゃん〟と呼ばれるようになっていた。昔は名前よりも苗字で呼んでほしくて、だから黒錆ちん黒錆ちゃん黒錆さんと呼ばれていたけれど……もう、苗字で読んで欲しいという強い気持ちはない。

 だって苗字を呼ばれなくたって、ワタシは確かに黒錆どれみなのだから。


「どれちゃん、うちのメンチカツとそのからあげ交換しよっ❤」

「イ・ヤ!! 上目遣いしたって無駄よ!!」

「え~ん、ゆゆががんばってはやおきして、つくったのにぃ」

「どう見ても冷凍食品でしょソレ!!」

「ゆ、ゆゆちゃん……私のはさみ揚げなら……」

「お、うまそーだな。オレの卵焼きと交換しようぜ」

「あっ! もぉ大王! うちがお誘いされてたのにっ!」


 わあわあ、わあわあ。

 騒がしくも和やかな会話を肴に、冷めきった栗ごはんを口いっぱいに頬張る。うん、冷めてもおいしい。元国王がマロングラッセを作るのに使った栗の余りをお蝶が栗ごはんにしたやつで、大家さんの作る栗ごはんとは味わいが違う。なんていうのかなー、大家さんのはごはんにお味噌とかつおの出汁がよく染み込んでいて、栗の甘さがよく引き立つ。対してお蝶が作る栗ごはんは醤油の味わいが深い感じだ。お蝶は定食屋だから、主菜を美味しく食べるためのごはんを強く意識してるんだと思う。

 結論、どっちも最高にうまい。


「んはー、しあわせぇ」

「相変わらずすげー顔だな黒錆」

「ん? あ、いおりん」

「コレ返す。ありがとな」


 (いおり)賢人(けんと)、通称いおりん。ワタシやゆゆ、大王と同じ豹南中学校出身のちょいインテリ系男子高校生である。社長がワタシの受験対策に用意したテキストをものすごく気に入っていて、新しいのを貰ってはこうしていおりんがコピー取りに来る。

 余談だけれどいおりんに彼女ができた時、ワタシを元カノだと思い込んでえらい痴話喧嘩に巻き込まれたのは記憶に新しい。そのあとなんか自然消滅したっぽいけど。

 そうそう、もうひとり──この高校にはいないけれど、同じく豹南中学校出身の坂口(さかぐち)(あつし)、通称坊主にも彼女ができたらしい。サッカー部のマネージャーだって。青春しておるのぅ。


「なーにババ臭いこと言ってんのぉ?」

「誰がババ臭いよ」


 ゆゆはこの通り可愛いからすぐ彼氏ができる。けど、すぐ別れる。そしてすぐ次の彼氏ができる。そんですぐ別れる。とんでもねぇ女だ。

 大王は気になる先輩がいるらしいけど、告白するつもりはないらしい。彼女がいるんだって。

 いっちゃはまだ恋愛のれも知らない感じで、好きな人はいるのかと聞いただけで顔を真っ赤にして慌てふためく。


「そ、それどれみちゃんにだけは言われたくないかなぁ。私たちの中で一番、恋する乙女していると思う、よ?」

「んなっ……だ、誰がっ! してないわよそんなのっ!」

「はいはいワロスワロス」


 半目で薄ら笑いを浮かべながら鼻で笑ってきたゆゆをとりあえず、つねる。


「……相変わらずだなお前ら。俺はもう行くぞ」

「あ、うん。またねいおりん」


 と、手を振るワタシに何かを思い出したかいおりんが(きびす)を返して面倒くさそうに腕を組んだ。


「そういや黒錆、春哉(はるかな)が今度の試合にお前に来てもらいたいってよ」

「ゲッ」


 思いっきり〝嫌〟という感情が顔に出てしまって、いおりんが苦笑する。春哉(はるかな)春哉(はるや)、いおりんの友だちで剣道部……なんだけど。何というか。何て言えばいいんだろう。何かこう……。


「ウザい」

「んぐっ」


 いや、流石にそこまでは──思っているけれど。


「どれちん何回フった?」

「……十回かな」

「まだ諦めてないんだあの男。ウケる~」


 まあ、うん。そういうことである。

 悪い人ではないと思う。でも、何というか。押しつけがましいところがあるというか。ワタシはちゃんと断った。好きな人がいるからって、ちゃんと断った。でも付き合っているわけじゃないならまだチャンスはあるとかなんとか。うん。

 ……ウザい。


「ま~片や社長でイケメンでお金持ちでオトナ! 片やフツメンで無駄に熱血で暑っ苦しくてはなたれのガキ! 勝ち目ないよねぇ~」

「ゆ、ゆゆちゃん!」


 今日も今日とてゆゆの毒舌は絶好調である。いっちゃが慌てて止めに入るけど、他のみんなは諦め顔だ。


「伊々井、お前だけが良心なんだからコイツらに染まるなよ」

「あ?」「ンだと?」「ちょっとどういう意味よ!」


 いおりんの聞き捨てならない台詞にゆゆと大王、ワタシがいきり立つけれどいおりんは無視した。いおりんのくせに生意気な!


「あ、えっと、えーと……だ、大丈夫! いおりん君みたいなツッコミができるように、がんばる」


 いっちゃはというと、頬を赤く染めてどもりながらも握り拳を作って笑う──お?


「俺みたいなツッコミって……ツッコミになった覚えねぇぞ」

「そ、そう? えへへ」


 ……ほーお?

 ……いおりんのくせに生意気な!!



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