【〷〷の絵本〷 さいしょのものがたり】
【〷〷の絵本〷 さいしょのものがたり】
高校一年生の秋というのは、思春期で神経質になりやすい多感な高校生が集う学校での半年間が過ぎ、定着した人間関係とうつろいゆく恋愛模様にセンチメンタルな心地になりやすい。
そんな精神的に参りやすい時期に──ワタシ、黒錆どれみは身体的に参っていた。
「待ぁあてぇええぇぇえ!!」
秋は夕暮れ。
夏の名残を麓だけに残して紅葉しきった山の向こうに沈みゆく夕陽から、さざ波のように夕焼けが打ち寄せてきている。寂莫とした感傷をもたらすその景色に、けれどワタシは浸る余裕がない。
何故か。
〝暴君〟を追っているからである。
「うっきょっきょっきょっ!」
たたんっ、と軽快に縁側を蹴って裏庭に降りた〝暴君〟は悪魔のような笑い声を上げながら俊敏かつ無駄のない動きで畑を駆け抜ける。畝に足を取られながらもぜえぜえと息を切らしつつ追うワタシに、その〝暴君〟は時折振り返っては悪魔のような笑顔を浮かべる。目元の泣きぼくろがよく似合う──まさに悪魔のような笑顔だ。
「こら! 待て! 待ちなさい巡!! せめて靴を履けっ!」
ワタシをおちょくって嘲笑っているこの悪魔は黒錆巡──通称〝暴君〟、夏に二歳の誕生日を迎えたばかりのワタシの弟である。
二歳児にしてこの動き、理由は言わずもがな。元軍人のせいである。父親が人外なら息子も人外になる。巡が生まれて二年──まっとうな人間に育てようと頑張ったが、無駄であった。無意味であった。
さすがは私の息子、と誇らしげに笑う元軍人のむこうずねを蹴ったというのは言うまでもない。効いてなかったけど。むしろワタシの方が足を痛めたけど。
「待ちなさい! 怒るわよ巡っ!!」
「ねーた、もーおこってゆ!」
「そうね!! もう怒ってるわね!! 待ちなさい!!」
「やーの! うっきょきょきょきょ!!」
コラァアアアァァァア!!
「……またやっとるのか」
そんな呆れとともに現れたのは、爺だった。いい日本酒でも手に入ったのかご機嫌な調子で木箱を抱えている。
「じー! おかー!」
「おう、ただいま。ワシに飛び付かなくなったのは成長じゃな」
そういえば去年は爺を踏み台にしてたわね。よしよし巡、ご老体を労ることを覚えたのね! 偉いわ! だから待ちなさい!!
「やーの! ねーた、おしょーい」
「カッチィィィン!!」
二歳児になってさらに身体能力が上がった巡はとにかく素早い。ちょろちょろと水を得た魚の如く、鯱の如く縦横無尽に泳ぎ回る。なので、最近は暴走状態の巡を捕まえられるのは元軍人だけになりつつある。あとはおこモードの大家さん。静かに、笑みを携えたまま怒る大家さん怖い。あ、社長の言うことも謎に聞くから、社長もかな。
「やれやれ、まさに暴君じゃの」
「騒がしいねぇ……おや、爺さんおかえり。また暴くんが暴れてるのかい」
浴場の掃除でもしてたのか、タオル片手に元国王がやってきて、巡が嬉しそうに名前を叫ぶ。
「だっこー!」
「はいはい、だっこね」
「っはぁ~……ああ、疲れた。巡、もう逃げないでよ。お姉ちゃんもーへとへと」
「ねーた、しょーじんあゆのみ」
「人間と人外を一緒にしてはいけません」
元国王の大きな体に抱っこされてご満悦な巡を見上げて、はふうと大きく息を吐いた。
「そういえば制服なんだね。学校だったのかい?」
「うん。部活があったの。美術部」
「ほォ。何か描いておるのか?」
「ううん……コンクール用の絵を描く必要があるんだけど、いまいちこう、インスピレーションが湧かなくて……悩んでるとこ」
美術部には一応ちゃんと参加しているんだけれど、毎回スケッチするだけで終わっちゃう。真面目にやれって顧問に怒鳴られて、このワタシに描けと命令するからには呪われる覚悟はあるのね、ってちょっと昔を思い出して淀んだ気分で問い詰めたら泣かせちゃったエピソードは、ここだけの話である。
それ以来顧問も何も言ってこなくなったから、気ままにスケッチしている。他の部員とも、そこそこ会話はする。ワタシって完全な我流だから基礎って習ったことなくて、だから他の部員が絵を描く様子は結構参考になる。
「コンクールかあ。テーマとかは?」
「全日本高校生絵画グランプリってヤツで、今年のテーマは〝青春〟」
「ありきたりじゃのぉ。ま、そんなもんか……」
「そ。だから描きたいってどーにも思えなくって」
最悪、適当な風景画を青春にこじつければいいんだろうけどさ。そこまでしたくない。
「おう、おめーら揃って何してんだ?」
と、ちょうど今帰ってきたらしいお蝶がスーパーの袋を片手に、にかっと気持ちのいい笑顔を浮かべる。
「おかえりお蝶。ちょっと巡と追いかけっこしてただけ」
「んで、追い付けたのか?」
「んなわけにゃーい」
「黙らっしゃい巡」
人外めが。
「そーいや風呂沸いてるか?」
「今掃除してお湯入れ始めたとこだよ。今日は……女湯が先だったね。入っていいと思うよ」
「そーかそーか。一緒に入るか元国王」
「入るわけないだろ」
「本音じゃ入りてぇだろ? ん?」
「そうだね。じゃ、時間外に入ろうか」
「う……」
「おおー、おちょーまっか」
「いつもやられっぱなしなぼくじゃないさ」
ふん、と軽く鼻を鳴らして気怠げな笑みを浮かべる元国王に、こっちまでどぎまぎしてしまってついそっぽを向く。
ちなみに、さいはて荘では十八時から二十時、二十時から二十二時の二時間交代制になっている。で、時間外もプレートをドアノブに引っ掛けて使用者の名前を書けば使える。元軍人なんかは畑作業の跡にシャワーをよく浴びに行っている。
「あ、おちょうさんおかえり! ごめんね、おかいものたのんじゃって」
「巡との追いかけっこはもう終わったのか」
ワタシたちの声が聞こえてか、さいはて荘の中から大家さんと元軍人が揃って出てきた。お蝶が大家さんにほれ、とスーパーの袋を差し出す。今日はさいはて荘のみんなで夕食の予定があるから、買い出しに行っていたんだろう。
「もとこくおうさんも、おふろそうじありがとうございます」
「いえいえ~。料理、ぼくも手伝うね」
「アタシもちっとシャワー浴びてから手伝うぜ」
「ほんと? ありがとう!」
「……それで、それが今夜の酒々か」
「おうともよ! 究極の清酒〝さゐはて〟じゃあ!」
取り寄せていたのがようやく届いたのだと、爺は感慨深げに木箱に頬ずりした。名前に惹かれたのはもちろん、滅多に手に入らぬ銘酒であるらしく爺は実に嬉しそうだった。こりゃ、今夜も飲んだくれ大発生するな。
「ただいまっ! やあやあみんな、ボクらの出迎えご苦労様っ」
「みなさま、ただ今帰りました。食後にいかがかと焼きぷりんを買ってまいりましたので、よければ」
示し合わせたわけでもないのに集まる集まる。いや、家なんだし当たり前か。
元王子と元巫女がデートから帰ってきて、プリンが入っているらしい紙袋を掲げてきた。なんでも、〝でぶになるぷりん〟なる、低カロリー志向や健康志向を一切捨てた究極のプリンなのだそうだ。こっちも究極かい。でも、こっちは楽しみだ。なんと一個六百円もするらしい。元巫女もまだ食べたことがないらしく、その顔は既にとろけていた。
「早く食べとうございます」
「よだれ出てるよホーリィガール」
「最高の酒に最高のデザート、こりゃ夕食も腕を振るわないとねぇ」
「そうですね。がんばりましょう!」
やる気満々! と握りこぶしを作る大家さんに元国王とお蝶が力こぶを作って応じる。これは夕食も楽しみで仕方ない。
「み~ん~な~! おっかえりぃ!」
部屋にいたのか、なっちゃんがぱたぱたと小走りでエントランスから出てきた。それにお蝶たちがただいま、と返す。
「あれ? 社長さんはまだ帰ってないんだねぇ!」
「もうそろそろだとは思うんだけど」
そう言いつつ、スマートフォンを取り出してメッセージアプリを起動する。ちなみに、なっちゃんと巡以外のみんなが入ったグループトークルームも作ってある。ほぼ元王子が喋って、それに突っ込む空間になっているけど。あと、スマホ初心者な元国王と元巫女の謎言語に突っ込む。
そっちではなく、社長との個人トークルームに入って今どこかって尋ねる。既読マークはすぐついて、〝あと一時間〟って返ってきた。
「だって」
「じゃあ、さっそくごはん作らないとねぇ」
「そうですね。あのね、きょうはもとぐんじんさんともとこくおうさんがうらやまでまつたけをとってきたの。だからまつたけごはんにしようとおもって」
「OH、ファンタスティック! じゃあキノコヘッドを取りに行かねばねっ」
どんな〝じゃあ〟だ。またおかしなの作ったのか。
「タケノコヘッドも用意してあるよっ」
「戦争でも起こす気か」
キノコとタケノコ、そのふたつには海よりも深い溝と空よりも高い壁があるのだ。ちなみにワタシは切り株派。
「じゃあ、帰るか。さいはて荘に」
「あーい!」
元軍人の穏やかな声と、巡の元気な声に導かれてワタシたちはそれが川を流れる水のように自然に、足並みを揃えて歩き出す。
秋は夕暮れ。
町まで自転車で三十分。バスはなし。町にはスーパーといくつかの飲食店があるだけで、スーパーに衣服類はあるものの年齢層が高めの婦人服が中心。都市部に行けば大きいお店があるが、町から電車で一時間揺られる必要があり。
そんな素朴な田舎町の郊外にぽつんと位置する、葛のつるに覆い尽くされてしまっている鉄筋コンクリートのアパート〝さいはて荘〟──ワタシの、故郷。
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
暴れ狂う鯱。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。
◆◇◆
これは、さいはて荘がまださいはて荘じゃなかったころの、さいしょのものがたり。
「ここに、いえをつくろう」
それは、かぞくもともだちもなかまもだれもいない、ひとりぼっちのおとこでした。
「どこにもいけない、どこにもかえれない、そしてどこにもいてはいけないだれかのための、いえをつくろう」
そのおとこには、かえるいえも、いくところも、いていいところもありませんでした。
「おわりをむかえたものたちのための、さいはてをむかえたものたちのための、いえをつくろう」
なによりそのおとこは、おわっていました。
「さいはてのためにあるいえ。さいはてのいえ。さいはて荘」
おわっているおとこは、おわってからのじんせいをあゆむべく、そしておなじようにおわってしまったものたちがくらせるよう、さいはて荘をつくりました。
「どうか、おわったものたちにすこしでもやすらぎがあらんことを」
それが、だれもしらないさいしょのものがたり。
◆◇◆
秋は夕暮れ。
朱色の紅焔が如く燃え盛る地平線がじわりじわりと、藤紫色と葡萄色の侵食を受けて夜に塗り替えられていく。
「──なんだ、俺様を待っていたのか? 健気だな」
「うん。おかえり、社長」
「……」
ワタシが素直に頷くとは思っていなかったのか、社長が面食らったように目を丸くする。フン、ワタシだっていつまでも素直になれない子どもじゃないのよ。
とん、とベンチから立ち上がって社長に向き直る。さくさくと、足の裏が落ち葉を踏みしめる音がやけに大きく、響く。
「ねえ社長」
「……なんだ」
「ワタシ、待つよ」
社長が手を取ってくれる日まで、待つよ。
「画家としても、クリエイターとしても、高校生としてもワタシなりにやっていく。ホラ、社長気にしてたでしょ? ワタシに自分を殺させたって。アレ、気にしないで」
ワタシだって、社長の隣に立ちたいから。
「社長の思うままに、ワタシを引き摺り上げて」
ワタシのためなんかじゃなく、自分のために。私利私欲で。我欲で。己の望むものを得るためだけの打算。アレを社長は謝罪していたけれど、これからもあのまま、どんどんやってほしい。
「大丈夫。ワタシが自分を殺すのは、他人にだけだから。──大丈夫。ワタシにはさいはて荘がある。友だちがいる。……社長が、いる」
だから、付き合うよ。
社長の打算に。
社長の、我欲に。
──そう言って、社長を見上げて少しはにかんだ。
「ワタシ、ワタシが思っているよりもずっと社長がすきだったみたい」
「──…………」
社長は、やはり何も言わない。何も返さない。
けれど切れ長の目がこれでもかってくらいに見開かれて、心なしか唇も少しわなないているように見える。
かと思えば、ぎりっと歯軋りをして思いっきり顔をしかめた。
……うん、わかりやすい。
「……お前は、本当に……魔女だな」
「知らなかったの?」
ワタシは黒錆どれみ。
──魔女である。
「だからね、ワタシもたまには我欲に走るからね」
「ん?」
我欲? と、社長がきょとんとするよりも早く、社長の胸襟を掴んで渾身の力で引き下げた。う、と小さく呻きながら体勢を崩して傾いた社長に、思いっきり背筋を伸ばして身を寄せる。つま先立ちになって、首筋もまっすぐ伸ばして顎先も精一杯上げる。
社長が、息を呑む。
「──、────」
唇に触れるのは、温かな人肌の感触。硬質で、骨張った感触。あたたかくて、すこしやわらかくて、けれどかたい。……かたい?
──と、そこで気付いた。
「……あ、届かなかった……」
魔女らしく社長の唇を奪うつもりが、ワタシの唇は社長の顎先にしか届いていなかった。なんたる失態。いや待て、おい。恥ずかしいぞこれ。かっこつけてこれって。
顔が火を噴いたかのように熱い。恥ずかしい。一発かましてキメるつもりが、外した。ヤバい。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
ううう、と気恥ずかしさに唸りながら社長から離れる。けれど、離れたにも関わらず社長は動かない。錆びたブリキ人形のようにぎこちない動作で両手を膝に置いて、俯いて。そのまま──動かない。
「……しゃちょ?」
「……、…………、っ……」
何やら、小さく唸っているようだった。唸りたいのはこっちなんだけどな。
と、思った矢先にがばっと社長の顔が勢いよく上げられた。真っ赤に染まった、社長の顔が。眉間にヒビを刻み込んで、歯をこれでもかって食い縛って、人を射殺せそうな憎々しげな目で。
「っ~~~~!! おま、えはァ……!!」
「な、なに……なによっ」
しばかれた。
パァンって、両手で頬を想いっきり張られた。前にもなかったかコレ? 痛い。けっこう……いや、かなり痛い。しかも離さない。両頬を思いっきり張って、そのまま両頬を挟んでいる。むにーって顔が潰れている。おいやめろ。やめろ!! 呪うぞ!!
「お前は、本当に、お前はっ!! 本当に──〝魔女〟だ!!」
キスされた。
とは言っても、ワタシの顔は潰れていたけれど。ひょっとこ顔になっていたけれど。ムードもへったくれもない、ただ押し付けるだけの口づけだったけれど。
眼前に社長の怒り心頭、という顔が迫ってきたかと思えば潰れた唇にあたたかくてやわらかくて、ほんの少しだけ乾いているそれが押し付けられて──ワタシは、腰が抜けた。
「ああくそ、お前には振り回されてばかりだ」
腰が砕けて立てなくなったワタシを抱えて、社長は盛大に舌打ちする。何度も、何度も、くそっと悪態を吐いては舌打ちして、ワタシに魔女めがって吐き捨てる。
でも、不思議なことにちっとも不快にならなかった。不快にならなかったというか──何も、考えられなかった。
くちびるの、感触だけが頭を占めていて。
夜の帳が下りつつある秋の逢魔が刻。冬の息吹が秋風を白く染めようとしているこの季節の夜は、とても寒い。
けれど不思議と、ワタシの体は熱が上がるばかりで凍える気配がない。そしてワタシを抱えてくれている社長の体も、ワタシと同じくらい熱くて、あたたかかった。
──それから、ワタシは描いた。
ワタシと社長は同じさいはて荘に暮らす〝仲間〟であり、〝家族〟であり。
ともに〝故郷〟を心の底から願っていて、〝安堵〟を追い求めてやまない。
社長の〝目標〟にかける想いと、〝戒律〟を決して破ろうとせぬ深い気概。
それに応えたいワタシの想い。〝幸福〟になりたいというワタシのきもち。
社長への〝愛情〟と、社長との〝距離〟をワタシの〝趣味〟で、かたちに。
想い胸に、ひたすら描いた。
絵を描く。字を書く。
紙を貼る。布を張る。
木を削る。糸を梳る。
石を彫る。土を掘る。
鉄を捻る。綿を捩る。
油を塗る。革を縫う。
花を切る。藁を伐る。
ありとあらゆる絵具で。
ありとあらゆる素材で。
ありとあらゆる道具で。
ありとあらゆる手法で。
ありとあらゆる表現で。
ありとあらゆる思想で。
ありとあらゆる概念で。
定まることのない思考を。
定まることのない感情を。
定まることのない時間を。
定まることのない関係を。
定まることのない願望を。
定まることのない呪いを。
定まることのない想いを。
ひたすら、社長への想いを描いた。
そうして土日祝日も学校の美術室に通い詰めて完成させた絵、〝さいはての恋〟は、無事全日本高校生絵画グランプリに提出され、無事落選した。
規定外の画材を使っていることが原因で、失格扱いであった。けれど、〝審査員特別賞〟なる新規の賞が新設されて、そっちを受賞した。授賞式にも呼ばれて、それがきっかけで天才画家〝佐々呉どれみ〟が天災画家〝黒錆どれみ〟として甦ったことを大々的に知られてしまった。
けれど、後悔はしていない。
「──別に知られたからってさいはて荘から出ていかなくちゃいけないワケでもないしね。窓口だって社長なんだからワイドショーとかおいそれと声かけられないもんね?」
「ああ。今まで通り、さいはて荘が俺たちの中心だ。ただ──少し、俺に付き合ってもらうようになるだけで、な」
「そんな気にしないでってば。そんなにワタシが自分を殺すの嫌なら、その分ワタシを甘やかしてくれていいのよ?」
「はっ、魔女めが」
全日本高校生絵画グランプリの応募作や受賞作を展示する展覧会にて、ワタシと社長は一枚のキャンパスを前に笑い合う。
目の前に広がるは、紅蓮。
燃ゆるような紅蓮の世界で、ひとりの少女がたったひとつの蒼い海を大切そうに、愛おしそうに、幸せそうに抱き締めている絵。紅焔のような紅葉が吹き荒れる中、少女は決して海の世界を離そうとしない。海。そう、海。それは深い深い、どこまでも深く──果てしない海。恐ろしい魚も美しい魚も、あたたかい海面も冷たい海底も、険しい岩礁も煌びやかな珊瑚礁も、何もかもが詰まっている海の世界。
少女は、心の底から幸せそうに腕の中の海を見つめている。
〝さいはての恋〟というタイトルにふさわしい絵になったんじゃないかと、思う。今年のコンクールのテーマである〝青春〟にも合致しているしね。恋もまた、青春。
「これからもよろしくね、社長」
そう言って社長の袖口をそっと掴む。決して社長からの応えはないけれど、それで構わない。
まだまだ、これからなのだから。
最果ての地に朽ちるは最廃ての荘。
最廃ての荘に住まうは最排ての者。
最排ての者に揺れるは最凡ての噺。
さいはての、ものがたり。
【まだ止まらない】
これにて「秋」の章は完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
次は最終章「冬」の章に続きます。
また、さいはて荘と対になっている小説、〝自分〟を巡る異世界渡航紀「自分図書館」も、よければどうぞです。
なっちゃんの正体についても別作品「憑訳者は耳が聞こえない」で触れていますので、そちらもよろしくお願いします。
短編集「椿冬華ワールド」にもさいはて荘の番外編があります。そちらも是非!




