【魔女の絵本⑪ ■■■■■■■■■】
【魔女の絵本⑪ ■■■■■■■■■】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
暴れ狂う鯱。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。
◆◇◆
そのおんなのこは、とってもかわいいおんなのこです。
いつだっておしゃれなふくをきているし、かみだってふわふわでかわいいです。
だいこうぶつはどーなつ!
もふもふとどーなつをしあわせそうにたべているおんなのこは、とってもとってもかわいいです。
きょうもふつうにしあわせなおんなのこは、とってもとってもとってもしあわせそうです。
◆◇◆
第一回さいはて荘家族旅行、三日目。
「もーもー!!」
雲ひとつない晴れ渡った快晴の下、ワタシたちは四国カルストに来ていた。四国カルストというのは日本三大カルストのひとつ、愛媛県と高知県の県境にあるカルスト台地のことである。夏真っ盛りではあるけれど標高が一四〇〇メートルあるからか、とても涼しい。
見渡す限りの青空。
見渡す限りの草原。
青色と緑色の境界線が、そこにはあった。澄み切った青空だから山脈のうねが明瞭に見えて、実に絶景である。
牧場もあって、牛が多数放牧されている。のびやかに草を食む牛を指差しておにく! と叫ぶ巡に少しひやひやしたというのはここだけの話だ。
「もーもーさんもっとみゆ!」
「もっと近くに行こうか」
巡を抱っこして牧場に降りていく元軍人を追って、みんなもぞろぞろと降りていく。けれどそんな中、なっちゃんだけは降りず楽しげに見晴らしを楽しんでいたので、降りないのかと問うたらなっちゃんは満面の笑顔を浮かべた。
「あたしが行くと、牛さんたちパニックになっちゃうから!」
違和感。
ざり、ざり、ざりざりざり。
青空がひずむ。草原がひずむ。境界線が歪む。なっちゃんが、歪む。
なっちゃんという存在がまるで、写真に貼り付けた絵のように。3DCGに紛れ込む2Dドット絵のように。背景と不自然に釣り合わない立ち絵のように。
なっちゃんの存在が、剥離する。いいや、剥離しているのは──瓦解しているのは、〝世界〟の方だろうか。
「〝距離〟は大切よねえ!」
ざりざり、ざりざり、ざりざりざりざり。
「そっか。あっちの移動販売車で自家製牛乳使った珈琲とかココアとか売ってるみたいなんだけど、何か飲む?」
「あ、じゃあココア欲しいなあ!」
「おっけ。ちょっと買ってくるね~」
「うん! ありがとねぇ!」
そう言って嬉しそうに笑うなっちゃんに、ワタシも笑顔を零す。そしてその時ふと見えた、なっちゃんの手に握られているスマートフォン。
その画面は、バグっていた。
「すぐ戻るから!」
「うん! いっぱいいい景色撮るのだぁ~」
心の底から楽しそうに、楽しげに、嬉しそうに、幸せそうにスマートフォンを構えるなっちゃんを横目に──ワタシは、駆け出す。
UNKNOWN。
【距離】




